ネイルがやめられない女の話

誰だって、好きにさせてくれ、と思うことくらいあるだろう。それを口に出してはいけないときもあるだろう。でも、思うことくらいはいいじゃないか、と思う。褒めてほしいわけでも、いやなるべくなら褒めてほしいけど、爪の色ひとつ思い通りにいかない世の中じゃ、必要とされていないわけじゃないのに、外れ値扱いされる人間がどうしても出てきてしまうのではないだろうか。

「梅田さんさ、いくら事務とはいえ、大学生じゃないんだから」

そのときの私ときたら、あー、いま思い返しても悔しいのだけど、ポカンとアホみたいな面を引っ提げてしまったのだ。いつもいつも、なにか言いたげな顔で、ろくに目も合わせず、歯切れ悪くもごもごと言葉尻を濁して、ろくに仕事の指示もこちらが確認しないといけない課長なのに。このセリフを言い終わった後の課長の顔、とても得意げで、初めて百点を取った子どものようだった。いつものナヨナヨした態度はどうした。たかがネイルひとつ、10歳下の女に物申したことがそんなに偉いのか。いつもなら、ムッとした表情の1つでも作ってやれたはずなのに。不意をつかれて、間抜けな顔をしてしまった。悔しい。間抜けな顔は、クマが目立つ。決して色気のある理由なんかじゃなくて、YouTubeの見過ぎで夜更かしが続いていて、ここ数日消えないクマが。ほのかに笑みをたたえていれば、涙袋でクマがごまかせる。女に対して、不意をつくことは、すごくデリカシーのないことだと思いませんか。

今日の課長はなんだったのだろう。うん、どうしたってこともないか。誰だって褒めてほしいのだ。えらいことをしているという確証めいた行動をすることは、だらだらとかピリピリとかしている日常のなかで、ものすごく重要度の高いことなのだろう。そして、なんでそんなことが大事かを考えることで、人生が豊かになるとは思えない。誰かに褒めてもらうためには行動を起こさなきゃいけない。それだけで、そうだから、私はあしたも窓際のプランターに水をやるのだろう。




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