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気になる人に根掘り葉掘り聞きたいシリーズ #1<ボッチンさん>

中野区大和町八幡神社の大盆踊り会、通称「ダイボン」に足を運んだことがある人ならきっと一度は目にしているはず。
緑色のモケモケや、花魁の茶釜、首の長い鳥など…

©︎湯本温泉
©︎湯本温泉
©︎湯本温泉
©︎湯本温泉

東京の住宅街の中に突如現れる異空間
夢の中にいるのだろうか…?と感じるような摩訶不思議な世界
ダイボンをダイボンたらしめている要素のうちのひとつは、妖怪たちの存在だと私は思っている。

私がダイボンに関わるようになったのは、岸野雄一さんから「のらぼんやりませんか?」とお誘いいただいた2017年。
その最初の年に、もはや一目惚れという勢いで妖怪のファンになった。

着ぐるみのクオリティや独自性、「映え」的なルックスの良さや存在感など目を引くところはたくさんあるけれど、私が一番惹かれたのは、妖怪たちが盆踊りをガチで踊るところ。
ただの賑やかしレベルではない、キレキレでガチ踊りの妖怪がうじゃうじゃいる…そんな盆踊り大会、最高に決まっている。

毎年少しずつ妖怪たちと交流を深め、首謀者であるボッチンさんと距離を縮め、2023年の年末に根掘り葉掘りと話を聞く機会に恵まれました。
その内容をここに記す!

▼ダイボンをご存知ない方はこちらの記事もあわせてどうぞ!

1.ダイボンとの出会い

まずは、ダイボンに関わるようになったきっかけについて教えてください。

ボ:井手健介くんのライブに妖怪で出たのが初めなんです。
※2017年ダイボンでの「井手健介と母船」
その時に暴れまくっちゃってすごい盛り上がったんですよ。ブルドッグかなんかを連れてきてる人がいて、それに絡んだら噛まれたりして、それを見ていた関さん(ダイボンの主催者であり大和町八幡神社の禰宜)が面白いねって、翌年からも妖怪だけで出てほしいと誘われて。

元々は、自分で演出して妖怪が出てくるコントをしていて、六本木の音楽実験室 新世界というライブハウスに年6回くらいのペースで出ていたんです。
井手くんとは共通の知り合いがいて、コントを見に来てくれて。その時に、妖怪で自分のライブに出て欲しいという話があって出ることになりました。

井手くんとの繋がりで言えば、「ささやき女将」のPVの衣装も作ったりしました。


なるほど、井手さんがキーマンなんですね。
2017から毎年妖怪で出演されて、今年(2023)で5回目ですよね。
毎年出ているけど特に紹介も説明もなく、ダイボンに行けばいつもいる謎の存在ですよね…

【ダイボンのあゆみ】
2016〜2019は2日間開催
2020はコロナで中止
2021は奉納盆踊りの配信 ※妖怪2匹のみ出演
2022は縮小開催(1日のみ) ※妖怪の出演なし
2023は4年ぶりの通常開催(1日のみ)

ボ:そうですね。関さんもあんまり触れてこないんですよね(笑)

謎のままが面白いという関さんの考えでしょうね。
ですが、妖怪ファンはたくさんいると思うし、知りたい人はいると思うので、今日はその謎の部分を色々とお聞かせいただきたいです。

妖怪は全部で何種類いますか?
すべてボッチンさんのオリジナルなんでしょうか。

ボ:俺はいつもファー星人をやっていて、あと分福茶釜、首の長い鳥、タイの妖怪、人参、根っこの妖怪、あと前までは淀川長治がいたんですよ。

いたいた!おじさんみたいな人いた!あれは淀川長治だったんですね。

ボ:コントで淀川長治をやってもらって、そのまま妖怪にしちゃったんですよ。面白いから。
あとうなぎ坊主と…全部で10体近くはいると思います。

妖怪の中の人はどんな人たちなんでしょう?かなりの個性派揃いのように見受けられますが…

ボ:自分が面白いと思った人をスカウトしてます。妖怪しませんか?と声をかけて。
たまたまですが、劇団関係かミュージシャンの人が多いですね。

妖怪は全部当て書きなんですよ。演者ありきで考えていて、その人のイメージで全部オリジナル。
妖怪それぞれにお話があって、それと造形をセットで作ってるんです。
一番こだわっているのは、仮装ではなく憑依してほしい、妖怪になりきってほしいと演者には伝えてやってもらっていますね。


ボッチンの妖怪シリーズより

【段ボールの付喪神】
東京都在住の舞台俳優 稲吉つよしさん(48)
お宝鑑定モノのTV番組を見ているとき実家の庭にあった古い物置の事を思い出しました。
その古い物置は、ひい爺さんの時代からあって南京錠が掛けてあり開かずの物置として放置されていたものでした。
「あの物置の中にひょっとしたらお宝が眠っていてTVに出れるかもしれない!」
そう考えた稲吉つよしさん(48)は、早速〝南京錠のこじ開け方″を検索してから近所にある実家に向かいました。

「時々、中から物音が聞こえるのよ、ネズミだと思うけど気をつけてね、つよしちゃん!」
と言う母の忠告を適当にあしらった稲吉つよしさん(48)は、早速南京錠をこじ開けました。
中には見たことのないような色に変色した半分野生化したような段ボール箱がバランス悪く積み上げられていました。
「あ!俺のお宝!」稲吉つよしさん(48)がその積み上げられた段ボールに駆け寄るとその振動に反応するかの様に段ボールが倒れかかってきました。
「あ!俺のお宝!!!」
倒れてきた段ボールを支えようと構えた稲吉つよしさん(48)でしたが、不思議な事に傾いた状態で段ボールがピタリと静止したのでした
「あ?俺のお宝?」
不思議そうに稲吉つよしさん(48)が首を傾げたその瞬間
積み上げられた段ボール箱がいきなり空中に浮かび上がったかと思ったら長い足と腕が生えていました。
「あぁ〜!ー!俺のお宝?!」
と声にならない声で稲吉つよしさん(48)が口をモゴモゴ動かしたその瞬間!
長い足と腕を生やした段ボール箱は稲吉つよしさん(48)を思い切り突き飛ばし、外の世界へ逃げるように駆け出して行きました。
遠巻きに一部始終を見ていた稲吉つよしさん(48)の母は「ネズミかと思ってたけど段ボールの付喪神だったのね」と嬉しそうに微笑みました。
母のその言葉を聞いた稲吉つよしさん(48)は、早速段ボールについてiPhoneで検索したところ「段ボール」は150年前から存在する事がわかりまた。
「150年も前からあるなら付喪神になってもおかしくないよな」と、納得する稲吉つよしさん(48)なのでした。

それから都内各所でウロウロする段ボール箱を目撃したと言う情報が時々流れることになりました。
安部公房の古い小説『箱男』の売り上げが最近少し上がったのはこのニュースの影響だと言われています。

※付喪神(つくもがみ)とは、日本に伝わる、長い年月を経た道具などに神や精霊(霊魂)などが宿ったものである。人をたぶらかすとされた。

段ボールの付喪神

このようなお話(設定)が各妖怪に存在するという。なんという豊かな世界…



2.幼少期のボッチン少年

子供の頃から妖怪がお好きだったんでしょうか?
幼少期の夢や、好きだったものを教えてください。

ボ:子供の頃は版画を作っていました。
幼稚園の時にもらった好きな絵本があって、「しまふくろうのみずうみ」という絵本なんですけど、最初それが版画だとは気づいていなくて。
3つ上の姉が学校から持ち帰った版画を家で友達とやっているのを見て、これが版画かと気づいて。
小学校高学年になって自分も授業で習うようになってからは、個人的にも版画をやるようになってましたね。
絵を描いたり、物を作るのが好きだったんですよ。

ボ:妖怪は子供の頃から好きだったけど、具体的にこれから影響されたとかは思いつかないですね。色んなところから影響は受けてるんだろうけど。

高校は工業高校に入って、卒業後は、地元の企業を勧められたんですけど、自分はちょっとしっくりこなくて。
物作りが好きだったからそういう仕事がしたいなと思って、舞台の大道具とかを作る会社に受かったので東京に来ました。

でもそこが大きい会社で、歌舞伎や宝塚など商業的なお芝居をやっているところだったので、分業制でひたすら一日中パネルを叩いてるみたいな…
そこで3年くらいは働いたんですけど、やりたいこととは違ったから辞めて、そことは真逆の小劇場に入って、裏方をやりながらちょい役で出る様になって。

最初の会社を辞めた後は、ぶらぶらしてバイトも色々しました。美術館とか歌舞伎町の喫茶店とか。
一番面白かったのが、高田馬場に「アクトミニシアター」というやばい映画館があって。
40席くらいしかなくて、劇場がフラットで座椅子なんですよ。
ふつうのマンションみたいな建物の1階で営業していて、上映する映画もマニアックな作品ばかりで。
ぶらぶらしてた時にたまたま見つけて、バイト募集してたから応募してみたんだけど、実はほぼ採用していないらしくて。
すごく映画好きな人が来ちゃうから、薀蓄とか語っちゃうのが気に食わないらしくて(笑)
俺はたまたま通りかかって面白そうだからと言ったら採用されて、1年くらい働いたけど、気づいたら潰れてました。


3.創作活動について

ボ:その後は、とあるテーマパークを作る大規模工事で塗装のバイトをしたり。
そこが美術塗装の現場だったから、美大生とか劇団をやっている人とか変わった人がたくさんいて、そういう知り合いが増えてどんどん変な方向に…

ボッチンさんが望む世界に近づいていったというわけですね。
その塗装の仕事をしつつ個人の活動もしつつ…という現在の流れになり…
「ボッチン」という名義で活動をし始めたのはいつ頃からですか?

ボ:「ボッチン」という名付け親も職場の人で、仙人みたいな人がいて。
その人と仲良くなって一緒に仕事してる時に、壁についてる「ボッチ(突起)」を塗ってたら、その仙人が「森くんのあだ名はボッチンにしよ〜」とか言い出して(笑)
それから「ボッチン」で定着しちゃったのでそれでいいかなと。
コントをやっていた時は「ボッチンと愉快で奇妙な仲間たち」という名義でやってました。

©︎ボッチン
©︎ボッチン

ダイボン以外で妖怪が集結する機会はありますか?

ボ:何回かあって、数年前に池袋の芸術劇場前の広場で、DJが音楽をかけてダンサーが踊るみたいなイベントに出てほしいと言われて妖怪で出たことはありますね。
あとはね、横浜の寿町でパレードをやったことがある。勝手に。

勝手に!?

ボ:まぁ勝手ではないんですけど(笑)
水族館劇場が寿町の真ん中に遊園地みたいなのを作ってそこで公演するという企画があって、横浜トリエンナーレの時だったんですけど。
で、自分はコマ撮りアニメーションも作ってるんですけど、水族館劇場の美術を手伝っていた御縁で、その場所でアニメの上映会をやらせて貰えるという話になって。

せっかくそこでやるなら寿町の人たちにも見てもらいたくて、妖怪でパレードをやって寿町の人たちを引き連れて見てもらおうと思ってやったんですよ。
軽トラを改造して、電飾をいっぱいつけて、エレクトリカルパレードみたいな曲を作って流しながら妖怪みんなでぞろぞろ行ったんですよ。
それでついてきてくれるかなという思惑だったんですが、「うるせぇよ」と怒られちゃって。浅はかでした。
結局そのままパレードして、戻ってきて、誰もついてこず、でも一応人はいっぱいいたので上映会をやって…という感じで、そういうことはやりましたね。


4.「鬼の右腕」について

塗装の仕事をする傍ら、劇団やコント、妖怪の他にもコマ撮りアニメーションや版画制作など多彩な創作活動をするボッチンさん。
現在もっとも力を入れているという、ボッチンさんが「鬼」として参加しているバンド「鬼の右腕」について教えてください。

ボ:知り合いが出ていたイベントに行った時に「鬼の右腕」が対バンで出ていて。
いかついバンド名なのに、全然いかつくない女性が4人出てきて、あれ?!と思って見ていたんだけど、演奏が始まったらめちゃくちゃかっこよくて。

それでファンになって毎回ライブを見に行くようになったらそのうち顔見知りになって、「右手が肥大化した鬼が演奏とは別にパフォーマンスしたら面白いんじゃないか?」とメンバーに提案したら、「そんな鬼の知り合いがいるならどうぞ」と言われて、なんとか鬼を連れてきたんですよ。
そしたら「ヤバいのがきた」となって、それから毎回ライブに出るようになって
しばらく活動してたんだけど、2013年のフジロックを最後に解散しちゃって。

▲初期の鬼はかなりグロテスクで怖い…
▼現在の鬼は白くてふわふわで可愛いです

ボ:解散してから10年くらい経ってから急に連絡があって「復活したいんだけどやりませんか」と。
初期の鬼は、かなりグロテスクで怖い鬼たちだったんですけど、再結成にあたってもっと神秘的な鬼たちを苦労して探し出して連れてきました。

【告知】
2024/02/02(鬼鬼の日)には自主企画のライブもあるそうです!


ボ:時系列としては、劇団で妖怪作ったりしてて、鬼の右腕を始めて、解散後コントをやるようになって、井手くんに誘われてダイボンに出て…という感じですかね。

バンド(鬼の右腕)をやる前の妖怪はクオリティが低くて、鬼をやり始めてからですかね。
ゴキブリコンビナートという劇団があって、ウレタンを使った化け物とかが出てきて面白いなと思っていたので、そこの美術をやっている人のところに行って作り方を教えてくれと。
そこから色々作れるようになりましたね。それまでは舞台とかは作れるけど、着ぐるみ的なものは作ったことがなかったから扱い方がわからなかった。

その教えてくれた人は専門的な勉強をした人なんですか?

ボ:その人は美大とか特殊メイクの学校とかで色々勉強してた人で技術がすごいんですよ。
めちゃくちゃ面白い人で、その人も妖怪で出てますよ。油絵博士という名前で…
こないだ(2023年のダイボン)は分福茶釜で出てくれました。
その界隈の、小劇場界隈の問題児みたいな人をスカウトしまくっているので…


5.最後に

ボッチンさんが興味を持っている人とかインタビューしてみたい人はいますか?

ボ:濱口祐自って知ってます?ミュージシャンなんだけど。
那智勝浦の人で、すっごい面白いんですよ。

濱口祐自
デルタ・ブルースからサティ、エリントンに至るまで熊野フィーリングたっぷりに演奏する異能のギタリスト。
80年代:遠洋マグロ漁船に乗りパプアニューギニアに行く。
勝浦漁港の古い民家を、自らの手で切り出した竹を使ってクラブに改造、12年間経営と演奏。

NIPPON COLUMBIA

ボ:バリバリの和歌山弁で気さくですごい面白い人なんですけど、ギターがめちゃくちゃかっこよくて、もし誰にインタビューしたいかといったらこの人にしてみたいですね。

昔、喫茶店か飲み屋をやってて、それも竹で全部自分で作った店で、名前が「竹林パワー」なんですよ(笑)
ネーミングセンスとかも含めて最高なんですよ。


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