婚活の箸休めにピロシキを
「引き寄せ」体質だ、とよく言われる。
確かに、霊的なものではなく、変わった人を引き寄せる確率がべらぼうに高い。
友人いわく私がちょっと普通ではないから、普通ではない人が近づいてくるらしい。
どういういきさつだったのかはもう覚えていないけれど、28歳の春の出来事だ。付き合っていた恋人と別れて、ひどく落ち込んでいたから時期は間違いない。その頃、東京オリンピックまでに結婚するという『タラレバ娘』と同じ目標を持っていたため、失恋ですっ転んだ瞬間立ち上がり、アプリに登録しなおした。
その東京オリンピックすら2020年には開催されないし、その後3年付き合った人とも別れるからあんまり必死に婚活しなくてもいいんだよ、と当時の私に教えたあげたい。
無理やり立ち直ろうとした私は、違和感のない人にはちゃんと返信して、仲良くなることを心がけていた。
そんななか、21歳の男の子にいいねされた。
若い、若すぎる。年上が好みにしてもおかしい。
「今度、僕の尊敬する先輩とかが集まるパーティーがあるんですよ。出会いは一期一会ですからね、これも何かの縁だと思うし、ぜひくらいさんにも来てほしいんです」と言われて、のこのこついていけば最後。
「これは商売とかそういうんじゃなくて、本当に自分が使ってよかったものをおすすめしてるだけなんです」とネットワークビジネスに勧誘されるにちがいない。
そんな妄想をしながらやりとりしているうちに、「ロシア料理屋でランチしませんか?」というお誘いが来た。
いつまでたっても「スパシーバ」と「ストラーストヴィチェ」しか覚えられなかったロシア語。なんのドラマだったか忘れたが、しょっちゅう藤原紀香がボルシチを食べるシーンがあるドラマがあったな、そういえば。
いや、どんな人であれ、初めて会うのにロシア料理というチョイスはどう考えたっておかしい。タイ料理ならまだしも。
ボルシチとピロシキ。
この誘惑に負けた。失恋して、婚活に疲れていた私は、面白い人に弱かった。
おまけに、メールで待ち合わせ場所をきめていると「じゃあ合言葉は、キリマンジャロの雪、にしましょう」などと言い出した。
(※キリマンジャロの雪という映画がある)
それまでになんの脈絡もなく突然である。彼なりのギャグだったのかもしれないが、危険な人だったらどうしよう、とこの時初めて不安になった。
待ち合わせ場所に行くと、背の高い痩せた青年がにこにこしていた。思ったより何倍も普通だった。
たわいない話をしながら、次から次に出てくるロシア料理を平らげる。
食べ終わると「花のアレンジメントの展示を見に行きたい」と彼がいうので綺麗に生けられたお花たちを見て、公園でおしゃべりをすることになった。
それまでの恋愛遍歴を告白しあったり、人生で一番やばいと思った瞬間を競いあったり、かなり長い間おしゃべりしたあと、急に彼は思い出したようにピロシキを差し出した。
さっきのロシア料理屋でいつのまにか買ってくれていたらしい。芝生に座って缶コーヒーを飲みながら、ピロシキをほおばる。
不思議な時間だった。
お互いに恋の予感があるわけでもない、この先ずっと友達でいるような雰囲気でもない、その瞬間が楽しい時間であったことだけは確かだ。
今の仕事好きなんで、頑張ります、といいながら彼は働いているお店の方向へと消えていった。
私の予感どおりそれっきり彼とは連絡もしていないし、会ってもいない。
くらいのパトロンになりたいという奇特な方がいらっしゃいましたら、よろしくお願いします。その際には気合いで一日に二回更新します。