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チェコアニメを有名にした靴工場の話

私がチェコ好きになったのは、チェコアニメを観たのがきっかけだった。可愛さの中に、陰鬱さが同居しているその雰囲気に強く惹かれ、こういう作品が生まれる場所ってどんなところなのだろう?と思ったことから、私のチェコ好きが始まった。

チェコアニメとゆかりのある地を調べていたとき、ズリーンという街のことを知った。アニメーション関連の展示を観たいと思って調べたら「履物博物館」の中にあるという。どうやらこのズリーンという街は、「アニメ」の街であるけれど、もともとは「靴工場」の街なのだ、という。え、なんで?なんでなの?気になりすぎてもう行くしかなかった。

ズリーンって…一体どんな所なんだろう?ちょっとコケる擬音みたいだけど。(ズリーン)

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幻想の魔術師「カレル・ゼマン」

チェコアニメの巨匠と言われる一人に、「カレル・ゼマン」(1910-1989)がいる。彼はアニメにとどまらず、実写とモーションアニメなど総合的に組み合わせた特撮の先駆者で、日本の特撮映画や、テイム・バートン、テリー・ギリアムらにも影響を与えたと言われている。彼の名前を知らなくとも、彼の編み出した魔術のようなアニメーション技術はきっと目にしているはず。

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そんな彼が実際にアニメーションを制作していたスタジオも、この街ズリーンにある。彼の足跡をたどりつつ、「チェコアニメ」と「靴工場」という一見無関係そうな関係も観て行きたい。

特徴的すぎるズリーンの街並み

ズリーンに到着後ほどなくして、この街は、チェコの他の街とようすがかなり違うぞ…ということがすぐにわかった。
だってズリーンの町並みは、バロック、アール・ヌーヴォー、キュビズム…さまざまな様式が混ざり合う他のチェコの町並みとは全く異なるからだ。

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同じ様式の煉瓦の建物がずらっと並ぶ。「レトロで可愛い町並み」というよりも、私の目から見れば、同じはんこで連続して押すみたいに、まったく同じ様式の建物がずらりと並んでいる。
実は事前に写真も見ていたけれど、実際に目にしてあまりにも他の都市と違うし、また街の規模が想像以上に大きくて驚いてしまった。

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建物は、徹底的に効率を重視した機能主義の様式で建てられている。それは、この街を発展させるに至った「バチャ」という靴工場の創設者、トマス・バチャの精神に基づいたものだ。

街全体の模型と実際の景色をみながらガイドさんがいう。
「かつてこの街はこの周辺くらいまでしかなくて。ここからスタートして」

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「そして、ここまで発展したんだ」

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模型ですら写真1枚ではおさめきれないくらい街がひろがっている。
1894年にバチャが創設されたころは人口3000人ほどだったが、30年後には4万人まで一挙に拡大し、現在は8万人ほどが住んでいるという。

靴とアニメのミュージアム「ズリーン履物博物館」

街に着いてすぐ「ズリーン履物博物館」へ。かなり大きな建物の中に、世界の履物とアニメについての展示がある。

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靴のコレクションは膨大だ。歴代のバチャ製品はもちろん、世界から集めた変わり種の履物もたくさんある。
写真だけだとサイズ感がわからないのが残念だが、こちらの2足は、バスケットボールのシャキオニール選手と、チェコで最大だった身長2m40cmの人(まじすか!?)の靴。

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明らかに実用に向かなそうな靴もありますね。

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徹底的に生産性を高めた「バチャ」

かつて靴は職人の手作りで作られる高価なもので、かなり生産数が限られ、人々も一生モノとして購入するようなものだった。

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そしてバチャは当時のそんな常識をまるっと覆し、1回に40名が機械の前に座って工程に関わる生産ラインをつくり、1日に約1400足の靴をつくることができるようにした。1足の靴に対し40名の目が入るのでその質も担保された。

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コマーシャル映像としてアニメを活用したバチャ

靴のみならずバチャは、飛行機や自転車なども含め多種多様な事業まで拡大した。靴をはじめとして事業の拡大に関わってくるのが、「広告」の存在。多種多様な広告ポスターも誕生したのと同時に、「コマーシャル映像」としての需要から、アニメーションが発展したのだった。

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バチャによって、チェコ国内やヨーロッパの近郊の国の中でもいち早く産業が発展したズリーンは、当時のヨーロッパで一番大きな劇場を持っていた。他にもチェコで一番大きなショッピングセンターもつくり、国内で初めてエスカレーターを導入するなど、最先端の動きがズリーンで見られた。

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履物博物館の一角にある、アニメーションのセットやキャラクター展示してあるコーナー。これは1時間くらい眺めていたい気持ち。

バチャは映画館も所有しており、そこで映画の上映前に、自社の映像を流すことができた。数秒のみのテレビコマーシャルとは異なり、映画館でじっくり座って見ることができる5分間のショートフィルムを流せるのだ。そこで自社の靴をよく演出して見せると、その後靴がよく売れたという。

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アニメーションのセット。ニクいディテールを見てるだけでたまりません。

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(左上にうつっているのは背後霊ではなくガイドさんです)

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毛糸で編まれたもの。これをアニメにするとは…これいかに…?
1コマずつ編んでたら狂気では…?

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チェコの人気キャラクター「ありのフェルダ」。
今思うとこの手足の仕組みであればモーションアニメで動かしやすそうだ。

タイムカードを打刻してまわろう

この博物館の楽しいしくみは、各エリアごとに打刻できるタイムカードがあること。カードを入れて、ガチャンと打刻。

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このタイムカードを元に給与が支払われる仕組みだが、この打刻が本人の証明になり、当時はズリーン内で、現金ではなくこのカードをもとにお店で支払いをすることもできたという。クレジットカードの元祖のようなもの!

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バチャの効率主義は次々と社会の新たな仕組みを作り、靴のみならず仕組み自体を世界に輸出していきました。なんと、移動の手間が省けるように、「自身の社長室をエレベーターにしてしまう」という発想まであったのだからすごい…。これは先駆的すぎて現代でもなかなか真似できていませんね…。

私は訪れられなかった「社長室エレベーター」とバチャの精神についてはこちらの記事がすばらしく詳しいです。

ズリーン履物博物館への行き方

場所はズリーン駅から歩いてすぐ。こちらの建物が見えたら「14番」のビルを探します。「ズリーン南東モラヴィア博物館」(Muzeum jihovýchodní Moravy ve Zlíně)の中の3階が履物博物館。その他のフロアも建築やアートなども合わせて見応えのある展示だそう。敷地も広いので、全てのフロアを見たら1日があっという間に終わりそう…。129Kcの入場券を買えば全フロア見られるそうなので、これはかなりお得。

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ズリーン履物博物館(Obuvnické muzeum ve Zlíně )
(ズリーン南東モラヴィア博物館内)
住所:Vavrečkova 7040 760 01 Zlín
料金:129Kc
営業時間:火ー日:10:00-18:00(月曜休館)

手探りでアニメーションをつくったカレル・ゼマン

冒頭に挙げた「カレル・ゼマン」は、ズリーンを知る上で知っておきたい人物のひとりだ。

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カレル・ゼマンの映画に出てくる「潜水艦」

カレル・ゼマンは、幼少時よりマリオネットを操り、人形劇をするのがとても好きだった。彼の両親の勧めで彼はビジネス学校への進学するが、このとき芸術を学ぶのではなくビジネスを学んだ経験が、ズリーンとの縁を呼んだとも言える。彼は当初フランスの広告代理店で働き、映画やアニメーションを研究しつつ、CMの制作に携わる。その後チェコ国内での会社の広告部門に勤める中で賞を受賞し、その功績がバチャの目に止まり、バチャのフィルムスタジオの仕事につくことになる。

しかし当時はアニメーションの学校など映像の技術を学ぶ学校もなく、バチャのフィルムスタジオも当時、誰も映像の専門技術や知識のある人もおらずかなり苦労したという。靴職人だった者や無名の俳優、監督…そんな人たちが集められ、誰しもが仕事をしていきながら手探りで学ぶしかなかった。

靴職人とアニメ制作の共通点=「集中力」

制作に長い時間や月日を費やすアニメーションの仕事と、靴職人たちは、どちらも集中力が必要という点が共通しており、彼らは根気強く細かな作業ができた。1950年代以降カレル・ゼマンは素晴らしいチームとともにさまざまなアニメーション作品を制作し、手探りで次々と新しい手法を生み出した彼は「魔術師」という異名がつくまでになる。

彼の作品を見たことがない人は、この2分弱の映像を見て欲しい。デジタルやコンピューターでの処理ではない時代に、いかにアナログで現実世界にない景色をつくるか。その手作り感あふれる仕組みを見ると、あ…なんか私もつくれるのでは…?と錯覚するくらいシンプル。って構造がシンプルでももちろんその仕上がりは到底真似できたものではないんですけどね。

この後ズリーンでは、カレル・ゼマンらが実際にアニメ制作を行なっていたアニメーションのスタジオの方へ移動し、モーションアニメの制作も体験!こちらはまた追って。

今回の旅のテーマは、主に「チェコの手仕事と文化にふれる旅」。
工房やギャラリー・博物館などを訪れた記録と合わせて、日本人にとってはあまりなじみのないチェコの地方都市について取りあげて書いていきます。

※情報はすべて2019年10月時点のものです。
今回の旅費宿泊費は一部チェコ政府観光局に負担していただいております。

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