見出し画像

AI大淘汰時代にこの先生き残るには? →飛脚の運転。順応性を学んで自分の最適を知っておくこと

イラスト研究者もっぷ イラストAIに対して、絵描きはこれからどうすれば良いのか

飯盒炊爨(はんごうすいさん)とAI話。


新しい技術の進歩が早すぎるため、その最新技術を時間をかけて極めても、数年経てばまた新しい効率的な技術があるので、負けてしまうのである。

わかるぅー!

今の50以上は逃げ切り世代でAI等の新技術を取り込まなくても既存の技術だけで定年になるだろう。
今の10代は、常に新しい技術に飲まれているため、古い技術に拘らずに柔軟に対応する世代になるだろう。

では30代40代という間の層はどうすべきか?
1985年生まれの38歳の自分はこう考えた。

技術を柔軟に取り込める手法を訓練しておく。

以前AIを絵師がどう見ているのか? を飛脚で例えた。
絵師が線画や塗りを丁寧にやることは、運転手の飛脚が体を鍛える事ではないか?|すきづきん@openAI狂 出版仲間募集中 (note.com)

カメラが出た西欧では、貴族を手書きで書いていた芸術家が大反発したとか。
蒸気機関車や車が出始めた時、飛脚はどう思っただろうか?
小型携帯が出始めた頃、電気交換手(手動で回線を繋ぎ変える仕事)はどう思っただろうか?
スマホ一つで文字をやり取りできる今、郵便の方々はどう思うだろうか?


結局、技術革新により職を失って淘汰されるのは自然な流れであり、「運転できる飛脚」が生き残ると思う。

飛脚は自分の足で、筋肉で、走るルート知識によってモノを届ける。
車を使った今の輸送は、筋肉や体力にはあまり依存せず、走るルートもgoogleマップ等でリアルタイムで表示してくれる。

モノを届けるという仕事に対しては、体力やルート知識は技術によって安く効率的に補うことができる。

その波にのまれた「運転しようとしない飛脚」は滅びるしかない。

ではAI絵やAI曲、AI動画やAI記事が出始めた今では、もう逆戻りはできない。
一度広まってしまった技術は、あとから「それ禁止な」と世界の法的制限をかけない限りは、不可逆に淘汰と創造は続いていく。

1811年のイギリスから始まったラッダイト運動、機械がヒトの仕事を奪うからと機械を破壊した過去がある。彼らと同じことが、AI登場によって起きるのだろうか?

絵の質だけで勝負してきて、AI活用によるツール時短を学ばず、ただ「AIは悪!」と批判するなら、自分は「運転しようとしない飛脚」だと解釈する。
現状を知りつつも、路線変更してAIにはできない絵柄や個性、漫画のストーリー性を新しく追いかけるのは「京都でエンタメとしての人力車」だと解釈する。
モノを運ぶのは以前のような手紙だけではない。
人に人力車に乗ってもらい、コチラ引いて走りながら景色や名所を解説する。
飛脚にとって、体力や地元の地域を生かした、生き残れる仕事を模索しているのだ。
彼らは、生き残れる。

そして、AI技術を取り込むやり方、いつでも最新が手に入ってそれを柔軟に吸収できる方法、またはそれに詳しい人の人脈を確保している、そういう人もいる。

飛脚の例では、技術動向を把握し、車、船、飛行機、列車などの「輸送の資格取得や欠点利点をすぐに把握して行動できる情報屋の飛脚」である。

この飛脚が一番、今の時代に生き残れると思う。
例え車で体力に依存しなくなっても、メリットデメリットをしっかり把握して免許をすぐとって、「車の飛脚屋」として開業するし、船や飛行機という海外への価値や技術進歩があれば、船舶免許をとって「船の飛脚屋」としてまた新しいビジネスを始められる。

俺は、そういう人になりたい。

AI技術に話を戻そう。今のAIの技術革新は想像以上に速い。1年、2年、いや半年で「驚くような改善と新技術」が出てきて、今までの常識が非常識に、その逆も良く起きるようになった。

その中で、2023年2月のAI技術知識が、2023年7月に「それが最効率」として残り続けるだろうか? いや厳しいだろう。

となると、常に新しい技術や動向の把握、判断と行動を強いられる。

その激流の中で、技術を取り込んで稼ぐという視点の一つ上、変化に順応できる最善手を見出せたら強いと思う。

この記事のまとめ! (てかタイトル)
AI大淘汰時代にこの先生き残るには? →順応性を学んで自分の最適を知っておくこと


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?