「むかしかつかない」
ナンバーワンしかいらない。とかいうコピーをとある大手スポーツメーカーが出していたような気がする。
ここ2,3年だろうか。アスリート、特に若いアスリートが「感謝しかない」とか「後悔しかない」と表現することが多いな、と感じるようになった。すごく感謝していることや、とても後悔していること、なんとしても周りの人に伝えたいのだ、という気持ちがとてもよく伝わる。だがしかし、どこかロボットの様な違和感を覚えていた。皆が同じフレーズを使ってして単調なのだ。年寄りぶって、若者よ語彙力がなさ過ぎないか?とか失礼なことを思ったものである。
振り返れば読まなくて良いくらいのありきたりな意見
だが、決して語彙力が足りないという問題だけではないと考えている。この「~しかない」という表現に限らず、全体的に特に若いアスリートの皆さんはインタビューでかなりそつがない、スマートな受け答えをしている。これはきっと無駄な炎上を防止するためで、教育が行き届いているのだろう。今の世間は名前も顔も出さずに他人を攻撃できるから、アカウントが好き勝手言いたい放題である。クレームという一種の文化は古くから存在するもので、他人を非難することに快楽を見いだすことは実は人間の本能として存在しているのではないかと思う。かつての様にはがきやら電話やらを使ってクレームを送ると、住所、筆跡、声など個人が特定できる証拠が残るリスクを大なり小なり負っていたのだろう。昨今はアカウント以外が世間にさらされることはほとんどなく意見を発することができるから、人を攻撃する発信に踏み切るためのハードルが下がっているようだ。プロ集団にかかれば足はつくようなので注意は必要だろうが。昨今は加えて、正しさ以外許さないような、それこそ「正義しかいらない」様な風潮があって、少しでも個性的な意見を発すれば「正義から外れた」と認識されて、知らないアカウントから袋叩きにされる。賛否両論意見が割れることもあるが、気持ち悪いくらいに多くのアカウントが同じ方向を向いているのを度々目撃している。だから、ちょっとした発信のつもりがすぐ炎上してしまってだ大きなダメージを食らってしまう。
この根底には、一つは生産年齢世代という輝いているはずの世代がもつ、現代社会に対する不満が行き場を失っているのだろう。何せ理不尽やら、人間性が尊重されないやら、頑張っても報われないのだ。だから、正義を求めて皆と同じ感覚だと確認することで、ひととして評価されている様に感じたいのだ。もう一つは、集団でいることの安全性が染みついているのだろう。「声の大きい人の言うことが正解だ」という風潮はおそらく紀元前からあったと私は考えている。最初に発せられた誰かの意見に同調しなければならない。なぜなら、次に出る意見が多数派になる保証はなく、少数派になってしまうと内容を吟味される以前に仲間が少ないために多数派のクレームや攻撃の対象にされやすいから、確実に多数派に属する必要があるからだ。正義を唱えていれば、それば誰からも否定されないからいつも多数派でいられる。自己防衛の手段なのだ。だから「正義しかいらない」様な風潮が蔓延したのだろう。結局いじめの解説になってしまった。
時を戻そう。アスリートの方々がこういった見知らぬひとやアカウントから無駄に叩かれぬよう、そして競技に集中できるように、適切な発言とは何かを教育される必要があったことは、現代に必要な自己防衛のための戦略なのだろう。若者にとっては、炎上という名のいじめは実感しやすい驚異であるに違いない。だから、教育を受けた上で、自らでもしかしたら無意識のうちに思い考え、かつご自身の誠意が伝わる表現として「~しかない」が普及したのだろうと推測する。若者の語彙力や思考力の低下が主たる問題だとは思わない。「ちょー気持ちいい」の様な、流行語にもなるような個性的な発言が最近出てこないのも、この自己防衛の結果と言えるだろう。だが欲を言えば、選手たちの考えをそのまま聞いてみたい。話題になるほど個性的でなくても良いから、どんな人なんだろうな、「またこの選手のインタビューを聞きたいし、頑張って欲しいな」と思わせるような、知性も感じられたらなお良いが、そんな心から発せられた言葉を聞きたい。なぜか?聞けて人となりを好きになれたら嬉しいから。スポーツ選手がスポーツ以外でも優れていると知ると尊敬できるから。理由なんて単純なものだ。
結局言いたいこと
こうして普及した「~しかない」を、かの大手スポーツメーカーもコピーとして採用したのだ、私の勘違いでなければ。私自身が使うことはないだろう、と根拠もなく思っていたのだが、ふと思いついた。それが「むかしかつかない」だ。私も、どこかのアカウントと同様に現実社会に対してしょっちゅう怒り狂っている。そんなときに、ふと浮かんできた。あ~、むかしかつかない!と心の中で思った瞬間に、あれ?と冷静になった。私も若者なのか?もしくは業界大手なのか?いやいや、そんなことではない。良いこと思いついた気がする♪そう思っているうちに、いくらかむかつきが減った気がした。
「むかしかつかない」と思う度に、最初に思いついた時のこの感覚を思い出してふと笑いたくなって、むかつきが少し減っている。とても良い習慣ができてうれしい。若者よ、真似させてもらったおかげだよ、あなたのように。どうもありがとう。
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