モテる構造を読んでの備忘録




女性はズボンを履けるが、男性はスカートを履けない。「女性に限られていることを男性にも可能にしろ」という主張はほとんどみられない。

仕事、収入ができる男性はモテるけれど女性はモテない非対称な構造が存在している。
低収入な男性を好きになる女性は少なく、低収入な男性が増大しているという事実を介して現代日本に困難をもたらす一因になっている。

男からみた男→力
男からみた女→美
女からみた男→男は気は優しくて力持ち
女からみた女→謎

男性に人気がある男性は女性にも人気がある。
女性に人気がある女性は男性にも人気があるとは限らない。

男性が不利であるというデータ。
平均寿命、自殺率、労災、過労死、ホームレス数は男性の方がかなり多いし、幸福度調査では女性の方が幸福度は高い。

女性が不利であるというデータ。
平均賃金は女性の方が高い。貧困率は女性の方が高い。管理職比率、国会議員比率などが女性の方がかなり低い。

こういう話をすると出てくるよくある批判
①多様性を無視しているのではないか。→少数の例をもってきて、全体的傾向にするわけにはいかない。
②レッテル貼りではないか→社会的制約を明らかにすることは自分の置かれている枠を明らかにすることでありそれがないと枠を飛び出せない。
パリの人が一番イキイキしていたのはパリがナチスドイツの占領下にあった頃だ。

性アイデンティティを求めるということは1つの欲求。マズローの欲求の段階説で言えば「所属欲求」
男/女らしいとされる規範に従えば、周りは自分を男/女らしいと認めてくれる。
人は男/女として周りからみられたいがために、男/女らしさの規範を利用するのである。

男は女よりも男である確信が揺らぎやすい。(男性は男性器を失うと女性になるのではないかというおそれを抱いているとフロイトは言う)
モンゴロイドはヨーロッパ、アフリカ系よりも身体的性差が少ない。

ジェンダーは社会的に作られたものだからそれをなくすべきという主張は無理がある。社会的に作られた性差は不利益以上のものを社会にもたらしている。全ての性差を、外性器の差に解消するのは事実上不可能である。男として認められたい、女として認められたいという欲求がある限り、性別のらしさ規範を無くすことはできない。

体が男性だけど心は女性で、女性として認められたいと思う心があるということは、性別のらしさ規範を無くすことはできないということである。

しかし現状の「らしさ規定」がそのままOKというわけではない。けれど、近代社会で問題になっている性差別は、単なる「らしさ規定」に合わない人がいるといった逸脱の問題ではない。

世の中には服装から行動パターン、性格まで男らしい女らしいという規範に溢れている。規範に反すると周りの人から変な目でみられるという制裁を受けてしまう。

女性は男らしさの要素を持ってもいいが、男性は女らしさの要素を持つことは難しい。ここに非対称性がある。女性が男性の領域へ進出することは許容、賞賛されることが多い一方男性が女性の領域へ進出することはなかなか許容されないし否定的に評価されることが多い。

感情というのは社会的に形成されるものである。

性的に親密になりたいと思う人を「好きな人」、性的に親密になりたくないと思う人を「嫌いな人」と言い換えてみる。

われわれは小さい頃から、このような人を好きになるのが好ましいという社会的規範の圧力にさらされて成長する。おとぎばなしからマンガ、テレビドラマの中まで。このような男性が素敵このような女性と恋人になるのがよいと刷り込みがなされる。その刷り込みにはバリエーションがあり人によってはその影響は異なる。そして一旦内面化されると個人の意志では変えることができないという意味で無意識の領域で個人の身体に刷り込まれる。本人は自然なこととして経験するが、その背景に社会的規範がある。これを身体化した性的規範と呼ぶ。

古来から多数の異性に求められる人(モテる人)敬遠される人(モテない人)は存在した。その基準は時代と共に変遷していることは確かである。

性愛対象として好かれる資質を「性的魅力」と読んでおくとらしさ規範は一般的な「性的魅力」を作り出すという規則が導き出される。

男性は仕事ができる人がモテるが、女性はそうでない。仕事ができる女性が、男性が男性であるアイデンティティを不安にさせる側面もある。

女性は成長する過程で、仕事帰りできる男性に魅力があるという価値観を感情として内面化する。

男は常に仕事ができなければモテないという世界に生きていかなくてはならない。男性のホモソーシャルな関係からも排除されがちでもある。現実に競争社会から降りて仕舞えば女性の性愛の対象にもされない。結婚できない。離婚率が高まる。そして男性からも男性として認められない。

男性としてのアイデンティティを保つためにサブカルチャーの世界でできることを追求する人々もいる。

女性は「スーパーウーマン症候群」
しかし、仕事ができなくてもモテることができる。
仕事ができなくモテなくても、女性同士の友人関係でアイデンティティを得るという道も残されている。

「仕事ができる」と「モテる」の折り合いをどうつけるかが現代社会の大きな課題になっている。欧米と日本では違う道を歩き始めた。
欧米人では女性も市場社会で活躍しなければ生活するのも難しいという状況が広がった。家事をしない女性は非難されなくなり、男性は仕事のできる女性を好きになり、男性は仕事ができなくても女性から求められる。

日本はいまだに女は金で男を選ぶ。

性自認形成の違い。

女性
女らしいこと 豊富に存在
アイデンティティ形成は容易「である性」
母と同じことをすれば良い

男性
男らしいこと 日常にみえない
アイデンティティに努力が必要か「する性」
親による物語や主にメディアから学ぶ

男性は女性に比べアイデンティティを得にくいが、反対に思春期ごろから男性は強い性衝動によってアイデンティティを得やすくなる。

男性同士は権力をめぐって、女性をめぐっての競争関係となる。

女性同士は思いやりと陰口のシステムてお互いの関係性が親密であると確認し合う。確認し合わないといけない。

女性は異性愛形成が難しい。チョドロウ理論によると女性は異性愛を形成する内在的な必要性はない。なぜなら親密性欲求は母親との間で満たされるから(男性は禁止される)性的対象を理想化する傾向が強いのもこの理由である。女性にとって心理的に不可欠なのはむしろ同性である男性は「素敵な人がいればいいけどいなくても構わない」存在。

男性:親密になりたい女性は性的関係も求めがち。 
女性:親密な相手に性的魅力を感じるわけではない。

メディアや現存している社会集団が男性同士、女性同士の規範を見せている側面もある。男性同士で弱みを見せ合い、弱い男性が女性からモテると言ったらモデルがドラマなどで描かれていけば変化していくかもしれない。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?