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凍猫案件

「それで自殺を?」
「お気の毒ですよ。ホントに」
優しさを演出する声で男は言った。
眼前の青年が恐ろしく整った顔立ちだからだ。
細い顎に桜色の唇。澄んだ瞳に長い睫毛が伏せられている。
「うちの娘が同じ学校なんですけどねぇ、凄いそうですよ。グランドピアノ買ってもらって音大目指すとか」

なぁーん
どこかで猫が鳴いている。

「袖河さんとは」
微動しなかった青年がようやく口を開いた。
「とても親しくされてたんですね」
「ええ、この会社に入ってからホントに良くして頂いて…」
男はここぞとばかりに善良さをアピールする。

フゥゥゥーギャーオ。  
また猫の唸り声。近所の野良猫だな。

「寒くありませんか?古い暖房なんで効かないんですよ」
「嘘でしょう?」
「は?」
「あなたも彼の死の原因のひとつだ。調べはついてる」

何処までも透明な瞳が、真正面から見据えてくる。
「いい加減な事言わないでください! だいたいアンタ、何の権利があって根掘り葉掘り聞いてるんですか?」

激昂した男は近付いてくる音に気付かなかった。
ガサッガサッガサ、散乱した書類を踏みつけるような音。
ガリッ・・・何かを引っ搔く音。
 
「世の中は二種類の物で出来ている。冷たさと暖かさ」
青年の息は白い。
部屋の温度が下がっている。
「温もりを奪ったものは罰を受ける」
「な、なに演歌みたいなこと言ってんだ!」
 
ドシュ
大型ナイフのようなものがパーテーションは四つに分断した。
巨大な前足が踏みつけるとガラスは粉々になる。ライオン?
違う、猫だ。顔だけで人の背丈ほどある猫。
「ひっひえええぇ!」
「温もりの塊だった生き物を、こうしたのはあなた方だ」

猫が左前足を上げる。おもちゃにじゃれつくように。
愛らしく見える左手は、床にへたり込んだ男を狙っていた。
鋭い爪を青年はいつの間にか手にしたナイフで流す。
「一度凍ったら、殺すしかない」
 
 

室内に白い風花が渦巻く。
薄汚れた事務所で、凍猫と青年は対峙した。
                 《続く》
 

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