アガットの鍵
「足痛くない?メローネ」
青年は少女に声をかけた。
黒い岩が転がる砂漠。
道無き道を進むには、頼りなさげな旅姿だった。
少女の小さな足は砂の上を歩くのもおぼつかない。
その手を青年が引いてゆっくりと進んで行く。
「もう少しで着くよ」
この場所から遠く離れた『透徹都市トラペン』
その学舎で笑っているのが似合うような、幼さを残す二人組。
強風が青年のマントをはためかせた。
砂と泥にまみれ、かっての白い色は失われている。
ひときわ黒く、険しい岩山の前。
「魔鉱石アガットよ。俺の声が聞こえますか?」
まるで近所の住人でも呼ぶような声である。
そこには黒い岩盤の内側。
人の内臓を思わせる色がぐねぐねと、蠢いている。赤褐色と、薄い赤褐色、白。
『呪われよ。汚らわしき熱の子よ!』
声が響く。
色彩に見合う、腐肉がぐじゅぐじゅと煮えているような声だ。
『“熱瑳師”が何故ここにいる?』
憎悪と怨嗟が空気を震わせても、青年は平然と微笑む。
隣に立つ少女も、異形の怒声に微動もしない。
「もちろん。全ての熱瑳師と、その都を滅ぼすためです」
『汚らわしい…!我をたばかるか?』
物を言う溶岩が、沸騰する。
『貴様はいくつの石を貶めた?』
意思のある鉱石。それに超常の高温を加え、存在そのものを変質させる。
そうして魔鉱石は初めて人の制御できる存在になる。
エンハンスメント――それを行う熱瑳師こそこの世界を支配する者。
『貴様らは我らを業火の熱に埋め、全てを奪う!色彩を!輝きを!そして我らの意思を‼』
「熱が、世界を良い方向に変えると。俺もあの人も信じていた」
青年の口調が変わった。重たい雨のような調子に。
藍色の瞳は淀んでいる。
そこには確かに絶望が、あった。
「その結果がこの子だ」
青年は少女のフードを上げる。
瞬きすることもなく、唇が開くこともない。生気が抜け落ちた人形がそこにいた。
「この子は無色透明な器。この子に宿れ。魔鉱アガット」
《続く》
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