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20世紀最後のボンボン  第一部 東京篇  第五章 西新宿そして四谷


20世紀最後のボンボン

第一部 東京篇

 

第五章 西新宿そして四谷

 

市ヶ谷の釣りぼり 写真はお借りしました。

         

 

月曜日が来れば、勤め人は働きに行く。

 

私もボンボンと一緒に電車に乗り、

 

それぞれの方向に向かった。

 

私は熊野神社にまず報告に行った。

 

私には何も迷いはなかった。

 

自分のマンションの部屋に着くと、

 

知り合いから留守電が山のように

 

入っていた。

 

 

当時、読売新聞の記者の知り合いがいたのだが、

 

彼女も独身で、お見合いを重ねていた。

 

彼女からの留守電にこたえる形で

 

家に連絡すると、午前中はまだ家で待機だったらしく、

 

珍しく朝、話が弾んだ。

 

「結婚することになった。」と私が事後報告すると

 

彼女は本当に驚いて、

 

「大丈夫なの?そんなに即決して。」というので、

 

「幼稚園の時から知っている相手でも、縁がなければ、

 

話は先に進まない。第一、結婚したら、

 

うまくいくか行かないか二つに一つだと思う。

 

うまくいけばそれでいいし、うまく行かなくても、

 

またいつものように家庭教師として働き続けるだけだと思う。」

 

と言い切ってみて自分でも驚いた。

 

家庭教師とか塾のブームは団塊の世代ジュニアの年齢から

 

考えて、最盛期はあと1,2年というところだった。

 

あとはパイが減ってくるのだから、小さい市場の中で

 

取り合いになり、

 

どう考えても教育産業に明日はなかった。

 

ただそれでも、バブルとは関係なく、景気とも関係なく、

 

教育という分野は不滅のビジネスであることに

 

間違いはないだろうが

 

現在のように、トップは時給で何万円も稼げる時代は、

 

終わることが目に見えていた。

 

 

「だれかその人の友達とかも一緒に会食とか

 

してからでも遅くないんじゃないの?」というので、

 

じゃ一緒にご飯を食べる?ということになり、

 

前の女子大時代の友達で、JALの客室乗務員に

 

なっていた女性も一緒に、四谷のイタリアンで、

 

4人で食事をした。今でいうアラサーの3人と

 

46才のボンボンで食事をするというので、

 

ボンボンは大はりきりだった。

 

ちょうどイカ墨のスパゲティがおいしいと聞いていたので、

 

何皿か料理を頼んで、4人でシェアして食べ始めた。

 

もし私たちが、20代前半で、あまりレストランでも

 

食事をしていなければ、イカ墨のスパゲテイのように

 

リスクを伴うオーダーはしないところだったろうが、

 

アラサーくらいになっていると、さすがに色のついたパスタでも、

 

あちこちに吹きこぼすことなく、

 

食べ終わる自信があるということだろうか。

 

cucina hidaさんより写真拝借

などと私が頭の中で、考えている間に、

 

ボンボンはいつもにもまして、鋭い口調で、

 

「しかし、新聞社のように男性ばかりのところで、

 

女性で記者であるというだけで、相当きついんじゃないか。

 

大丈夫なの?」

 

などといたわりを見せたり、JALの友達には

 

「僕は飛行機が怖いから飛行機のことはよく調べているから

 

誰よりもよく知っている。」

 

といって、いろいろ蘊蓄(うんちく)を面白おかしく、披露してくれた。

 

非常に和やかに四谷の夜は更けて、

 

帰り際に、私が記者の子に一応、チェックを入れるために、

 

私の男の子の友達にも会わせたほうがいいと思うか、

 

と尋ねてみた。

 

すると、彼女は

 

「こんなに素敵な彼を見つけたと見せびらかすのか?」

 

というので、それなりに好感を持ったんだなと思った。

 

私の友達と話すボンボンを見ることで、さらにボンボンは面白い人だと思った。

 

人はどういうふうに結婚する相手を決めるのか

 

千差万別だと思うが、

 

たいていは共通の友人がいたり、仲人がいたり、

 

あるいは学校時代の知り合いだったり、

 

であろう。けれども、どんなによく見ているつもりでも、

 

自分と一緒にいるときがその人のすべてではないし、

 

それに予期せぬ状況が起きたときには予期せぬ対応を

 

するのであるから、相手の行動を予想しようと思っても、

 

自分の行動すら予想できないのではないかと思うのである。

 

私がその時考えていたことは、自分がその相手に対して、

 

愛情はもちろんだが、興味を持っているかどうかだった

 

ように思う。

 

私たちは毎日、ボンボンの家で、それこそ合宿のように

 

ずっと話し合っていた。これまでのこと。

 

そして、これからどうしていくかということ。

 

4日で結婚を決めたのは、その後、ゆっくり知り合っていけばいいのだという

 

双方共通の思いであった。

 

ボンボンは過去に二度離婚をしていた。

 

それも一応、私に確かめてきた。それでもいいかと。

 

私は「数字の3が好きだから、3回目の妻というのは

 

理屈に合っている。」

 

と返した。これにはさすがのボンボンも

 

こんな若い奥さんをもらうからにも僕も責任が重大だから、

 

頑張ると誓っていた。

 

ボンボンは私のことを若いと言ったが、私はあまり年上の人と

 

結婚するのだという違和感はなかった。

 

というより、結婚自体があまり現実味を帯びていなかったので、

 

年上も何もなかったかもしれない。

 

それでも食卓で、お互いの祖父母の話になった時に、

 

ボンボンのおじいさんは

 

江戸時代に生まれたかと私が無邪気に尋ねると、

 

自分はそんな年寄りじゃないと烈火のごとく怒り、

 

かわいいなあと思ったことを覚えている。

 

 

第六章 ざくろ

 

つづく

 

 

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