ハルヒSS『涼宮ハルヒの決闘』

 青々とした牧草が風に吹かれ波打ち、糸杉の緑の枝先が爽やかに揺れる昼下がり。
    ちちちちぴっぴっぴっ。涼しげなキビタキの鳴き声を追えば、空にはぽっかりとシュークリームのような白い綿雲。
 どこからどう見ても美しき日本の春の高原風景にしか見えないが、実はここは開拓時代の西部の荒野なのである。
 ほれ、それが証拠に、びゅおおおおーと突風の効果音が唐突に鳴り響き、右手から砂煙をあげてタンブルウィードがガサゴソと……おい、転がってないぞ。糸でズルズル引きずってるのが丸わかりじゃねぇか。あ、分解した。

 ま、いいか。

  諸々のツッコミを完無視してカメラは大空へとパーンアップし(またか、とか言うなよ)、かき鳴らされるギターの音色とともに、キンキラキンにデコレートされたド派手タイトルが青い空に浮かび上がった。

ミラクルシェリフ☆ミクル危機一髪!
~狙われたツルヤ牧場~ 黄昏の決闘!

 センスの欠片もない即物的俗物的末法ネーミングセンス。 
 そして前回から何も成長していないカメラは澄み切った春の青空から、下方の木製看板へとその視点を移す。そこに白ペンキで書かれている文字は──

『ようこそ!鶴屋牧場"どんぐりファーム"へ 営業日 不定休 開園時間 AM9:30~17:00』

  ──きっかけが某集団の某名誉顧問がお持ち込みになられた御雑談であるかどうかは定かではない。
(県北のほうに、あたしん家の牧場があってねっ)
(牧場?)
(そうそうそう、ちっちゃい牧場だったんだけど、親父殿が今度それを観光牧場に改造してさ、また一儲けしようって画策してんのさっ)
(へぇー)
(んでんで~、オープン前に皆で遊びに行かないかい? お昼のバーベキューぐらいならご馳走出来ると思うよん)
(行く行く、もちろん行くわ。来るなと言われても来ちゃう)
(ニャッハッハッ、因みにこれがパンフレットの見本さんだよ)
(ふむふむ立派な牧場ね、色々遊べそうだわ……乳搾り体験にジンギスカンにBBQにチーズ作りにポニー乗馬体験、動物の餌やり、ん? このコスプレ衣装貸出ってのは)
(お目が高いねハルちゃん。牧場で遊んでる間、カウボーイの衣装ぽいのをレンタルしようって企画だよ。男女子供用各種取り揃えてるにょろよ)

ピコーン☆

 思いつかなくてもいいコトを思いついたハルヒの脳内100W電球の点灯音が、このようであったかどうかは定かではない。
 希代の自称敏腕プロデューサー殿は、SOS団員によるコスプレショートムービー制作計画をプレゼンし、爆笑と共にスポンサーは了承し、副団長は笑顔で頷き、文芸部員は活字を追い、主演女優は机に突っ伏し、雑用係は頭を抱えたという何時ものパターンが繰り返されたのかどうかというのも、また定かではない。
 更に我が人生の脚本を執筆中の天にまします三文小説家は、このマンネリ具合について一度俺と腹蔵なく話し合うべきだろうと、俺が思ったかどうかも定かではないので、もういい忘れろ。
 益体もない回想は傍に置いておいて、再び目の前の映像へと話を戻せば、カメラは鶴屋牧場の営業時間を、視聴者が少々不安に感じる程度の長さで写し続けた後、唐突に牧場の外れの小高い岡の上へと、その視点を移すのであった。
 そこには三人の怪人物が立っている。
「ふっふっふ、あれがツルヤ牧場ね」
 カウボーイハットに青いネルシャツ、黄色のネッカチーフというまぁなかなかにサマになっている格好の女ガンマンは、極上の悪人顏で──ちょうど俺が売店で買ってストローを差しこんだばかりのパック牛乳を横から奪い取る時のような──涼しげなそよ風にむかって呟いた。
 これが、北高のお騒がせ集団の首領そっくりの女、その名も西部に轟く『SOS強盗団』のリーダー『カラミティ・ハルヒ』その人である。
「たんまりと溜め込んでいるのでしょう。我々が有効に使って差し上げることにしますか」
 黒マントに黒バンダナの優男が、微妙に現実とシンクロしてなくはなかろうか?とふと不安になるような台詞を吐いて、リーダーに微笑みかける。
 こいつは西部一の早撃ちと西部一の口三味線で名を馳せる西部一の説教強盗にして『SOS強盗団』のサブリーダー『イツキ・ザ・ライトニング』。無駄にかっこいいネーミングは無駄にナイスガイな男に相応しい。「……」
 大仰なウォーボンネットを被り、手斧を両手からぶら下げた──なんでこんなのも用意してあるんですか鶴屋さん──ネイティブアメリカン風の少女はコクコクと頷く。
 彼女はハルヒに付き従う謎のインディアン少女、『リーディングスノー(読書するユキ)』。二丁トマホークと恐るべき呪術を駆使する『SOS強盗団』の最終兵器である。
 おお、何という凶悪な一味であることか。
 一旦引いたカメラはカンラカンラと高笑いするハルヒとその愉快な仲間達を大写しした後、ゆっくりと脇にずれ、彼等の背後の立木の横に潜む男を映し出した。「こ、これはたいへんだー。はやくマダム・ツルヤにし、し、しらせないとー」
 棒読みにもほどがある。このいかにもやられ役といった顔の男は、紛れもなく間違いなく否応なくやられ役、ツルヤ牧場の牧童タニグーチだ。
 無料バーベキューと朝比奈さんの美貌に釣られてノコノコとやって来ているので、『映画撮影参加がタダ飯の条件とか聞いてねえぞ』と言われても知ったこっちゃねえし、超監督に手酷くこき使われようが同情する気は欠片もねえし、むしろ金払え。
 というわけで(何が『というわけで』なのかはさっぱり分からんが)悪名高い賞金首『SOS強盗団』に狙われていることが判明した『ツルヤ牧場』。
 果たしてオーナーの『マダム・ツルヤ』の運命や如何に。
 危うし『ツルヤ牧場』!
 暗転の後、カメラは鶴屋牧場のあちこちを映し出しはじめる。あーほらそこ、尺稼ぎとかスポンサーへの配慮とか、不穏な単語は口に出すんじゃない。
 赤い三角屋根のログハウスは事務所兼セントラルホール。木の柵が連なる牧草地。生キャラメル工房。ホルスタインのどアップ。『ポニー乗馬体験 コース一周 500円』の看板。クローバーをモグモグやってる羊。連なる牛小屋。お土産屋さんとレストラン。燻製小屋とピカピカの機械で生み出されるソーセージ。……西部劇は何処行ったんだろうな。そしてポニテのアルバイト女性が乳搾りする後ろ姿をカメラは捉え……ふむ、これはなかなかのナイスポニーテール。
(……ちょっと、いつまで撮ってるのよ)
(……)
 一転して陽光燦めく屋外のバーベキュースペースへカメラは移動する。ここでは折しもツルヤ牧場の人々が、パーティの真っ最中であった──
 炭火の熱気が立ち上るなか、素人目にも上等とわかる見事な霜降り肉が波打つ鉄板の上に広げられ、煙を上げる。当然カメラは神速ズームイン。トングでひっくり返せば見事な焼き色。
 あー腹減ってきた。
 分厚い一枚がヒョイと箸で持ち上げられ、とろりと滴る肉汁が黄金色の光を放ち、小皿の上で和風ソースをつけられた後、パクリと口中に消え、
「んー!旨い!やっぱり"ツルヤ牧場の春のBBQセット お得な4500円コース"は最高だねっ!」
 白のブラウスに革スカート、黒い前掛けにワークブーツ姿のどっからどう見ても牧場の女主人、『マダム・ツルヤ』は満面の笑みで、宣伝文句を高らかに述べ上げる。
 商売上手なお人だ。
「マダム、こちらもどうぞ」
 ワイングラス(中身は鶴屋牧場謹製オリジナル葡萄ジュースだが)を笑顔で後ろから差し出す、燕尾服の男の名はクニキーダ。ツルヤ家の執事であり、やられ役であり、人数合わせの我が友人である。
 牧場到着以降のこいつの目線の動きを追っていれば、無料飲食が撮影参加の主目的で無いことは明らかではあるが、うん、まぁ良かろう。普段(試験前とかは特に)世話になってるしな。多少は恩を返せたというものだ。「ありがとうクニキーダ。……ぷくく」
 この状況が楽しくて仕方が無いといった鶴…おっとマダム・ツルヤはグラスを受け取り、愉快そうに眦を下げている。
 常日頃は何やら飄々として、俗っぽさを母親の胎内に置き忘れてきたような所もある我が友人は、少し緊張した面持ちで直立不動。何だかんだで付き合いも長い俺もあまり見たことがない挙動を見せている。
 ふむ、こいつにもこんな一面があるのだな。
「ツルヤさ~ん、クニキーダさ~ん」
 ♪テロリロリ~~ンという何処ぞのネットで拾ってきた能天気な音楽と共にご登場遊ばしたのはメイド姿の究極メイドにして神メイドのクイーンオブメイド、我らがヒロイン『ミクル・アサヒーナ』嬢。
 銀のお盆の上にティーカップとポットを載せ、芝生の上をトテトテと歩く様子はいきなりスローモーションに変わり、その柔らかそうな御髪や、ふくよかなお胸や、今回短めのスカートの裾など、いろんな所が揺れまくる様子を、カメラマン兼編集の俺の独断によって映し出された後、ぼてっ。こけた。
 超監督のドジっ子メイド演出はお約束通りである。「あははははは大丈夫かいー? ミクルー?」
「だだだ大丈夫ですっ」
 元気いっぱい立ち上がるミクル。その健気さに涙が出てくる。
 ここで解説が入るのだが、現在、ツルヤ牧場の一メイドさんに身をやつしてはいる彼女は、実は連邦政府より派遣された大統領直属の特捜シークレット保安官、その名も『ミラクルシェリフ☆ミクル』その人なのである。
 わーそれはすごいなー(棒)。
 何故保安官がこんな所にいるのか? とか、何故メイドさん修行をやっているのか? とか、そもそも特捜秘密保安官って何? とか、そういう疑問を持ってはいけないのであって、あくまで脚本の意図を探ろうとすれば、自称一流脚本家兼演出家のお方によって、
(いーのよそういう設定とかは何か適当で)
の一言と共にメガホンが飛んでくるので注意されたし。
 ところで。
 先ほどから画面の端々に、さっきまで丘の上にいたはずのSOS強盗団の面々や、牧童タニグーチが、バーベキューに舌鼓を打っている様子が映し出されている気がするのだが、これは適当カメラマンが適当に撮り集めた映像を、これまた適当演出家が適当編集屋に丸投げした弊害なのであって、鑑賞中の諸君に置かれては、是非ともナマ暖かーい適当な眼差しで、適当に気にしない振り、適当に見て見ぬ振りをして頂きたい。
 言い換えれば「もっと薄目で鑑賞しろお前ら」ということである。
 さ、スクリーン上のストーリーに話を戻すとしようか。
「たいへんだー!」
 おや、さっきまでマダム・ツルヤの後方で仔羊のリブをガジガジやってたはずのタニグーチが駆け込んで来たぞ。
「マダム! あのSOSごうとうだんがぼくじょうのはずれにー」
 棒読みなんとかならんか。
「「「な、なんだってー」」」
 びっくりした様子のマダム・ツルヤ、クニキーダ、そしてミクルに、ガーン、という効果音が重なる。
 演出が昭和だ。
「ふはははは! 団欒はそこまでよ!」
 こちらも一分前、バター醤油をたっぷりと塗られた熱々のトウモロコシにかぶりついてたはずの、カラミティ・ハルヒとその一味が、三人の後ろに早くもご登場した。
 展開早いな。
 ここは薄暗い曇り空に砂混じりの風と出来れば稲光も欲しいところではあるが、あいにく背後は長閑過ぎる高原風景で、ついでにピーカン。
 緊張感皆無。
「ふふふ、怪我をしたくなければ、サッサと金目のものを置いてこの牧場をあけわたすのが宜しいかと。命は一つきりしかないのですよ」
 憎々しげなセリフを、似合わぬ爽やかスマイルで言い放つイツキ ・ザ・ライトニング。
「……」
 寡黙なインディアンガールはその横でコクコクと頷くが、同時にもぐもぐと頬っぺたを動かしている。
 長門、飲み込んでから撮影に参加しろ。ギリギリまで肉を食い続けやがって。
「此処はあたしの父上が必死に開墾した思い出の土地! 悪党に渡すものは、うちの特製レバーソーセージ(税込380円)一本分だって有りはしないにょろよ!」
 そ、そうですね。
「しゃらくさい! ならば鉛玉を喰らいなさーい!」
 非道の賞金首カラミティ・ハルヒはガンホルダから、ぬらりと黒光りするデザートイーグルを抜き放ち……(おいちょっと待て、一旦カットだ)
(はん?)
(それ前作で使ったやつの再利用だろ? ハルヒ、西部劇でオートマチックはどうよ。リボルバーは無かったのか?)
(無いわ。つーかこれしか無いにきまってるでしょ。アンタ買ってくる?)
 撮影再開。
「喰らいなさーい!」
 ドキューンズキューン! 指の動きに全く合ってない効果音が挿入され、カメラは銃口から一転タニグーチへ。そしてタニグーチの胸に仕込んだ、爆竹をバラしただけの少量の火薬と血糊がぱぁんと……

どばあん!
「ほぎゃッッッッ!!」

 爆発が牧童役の乳首上に発生し、後ろに倒れ込む、というより吹っ飛ぶ谷口。白いシャツの上には小火も発生。
 ……火薬が多すぎたようだな。おい特殊効果担当、どうなってる?
(モグモグ)
 長門、そろそろ鉄板前から離れなさい。すでに牛一頭分は平らげてるんじゃないか? しおらしげにお粥をすすってた、以前のお前を懐かしく感じる。
「あっち!あっつぅぅぅぅ!!」
 命に別条はなかったようなので、そのまま撮影は続行された。
(このまま回すのよキョン!)
鬼だ。
 映画監督やってれば一度は口に出したい台詞だが、お前、それ単に言いたかっただけだろ。
「ああっタニグーチ! 何てことを!」
「きゃー」
「あっはっは、次は貴女よ!」
 容赦無き映画の鬼、じゃなくて外道の悪党カラミティ・ハルヒの銃口は、次の獲物マダム・ツルヤを捉え、残酷なる弾丸が女傑に風穴を開けようとした瞬間、
「マダム危ない!」
 立ちはだかるクニキーダ。ぱぁん。血飛沫が飛ぶ。よし、今度はマトモだ。
 ゆっくりと崩落ちる執事。
「クニキーダ!」
 駆け込んだマダム・ツルヤは倒れる忠実なる執事の頭を抱きかかえ、ちょうど膝枕の態勢になった。
 羨ましいなこの野郎。
 チッ、という舌打ちが背後で聞こえ、振り返ればさっき無慚な死を迎えた牧童が仏頂面。
 気持ちは同じだな我が悪友よ。
「しっかりするんだよ! こんな所で死んじゃダメっさ!」
「うう……貴女が無事で良かった……」
 がくり。
「クニキーダー!」
(熱演ね、中々やるじゃない)
 などとつぶやく超監督。おいおいお前の目玉は節穴か? 奴が今、頭部の全神経を集中して牧場主の太ももの感触を愉しみ、鼻孔を全力解放して助演女優兼スポンサー様の薫りを吸引中である事ぐらい見抜け。……何か話が違うぞ。鶴屋さんに対しては人間として尊敬云々とかいう話では無かったのかよ。
(後でヤツに蹴り入れていいか? キョン)
 俺の分も頼む。
「さあこれで僕たちが本気であることがおわかりですね。貴女も怪我をしないうちに、牧場の権利をお渡しなさい」
「……面倒臭い。いっそまとめて始末するべき」
 ずい、と前に出る外道共。危うしマダム・ツルヤ。「ま、まちなさーい!」
 小鳥の囀りのようなエンジェルヴォイスの叱声が飛び、
「誰だ!」
 悪役三人組が振り返る。
 さっきまでマダム・ツルヤの後ろにいたはずのメイドさんが、背後のベンチの上に仁王立ちしていた。ででん。
「これ以上の乱暴狼藉はこのあたしが許さないのです! か、覚悟なさいっ」
「誰よアンタ」
「へ、へんしーん!」
 変身?
 ピッ、と指を天に向け、そう叫んだミクルの両サイド(カメラ外)にハルヒと長門がささっと移動しスタンバイしている。
 何をする気だ?
 二人がクイッと何かを引っ張る動作をすると、メイド衣装がハラリと落ち、麗しき下着が露わとなり、後に残るはサタデーナイトフィーバーみたいなポージングでベンチ上に立つ豊満なる肉体、じゃなくてミクル・アサヒーナ特捜秘密保安官。
「⁈ わきゃっっっ!」
 この上なく驚愕の表情で彼女はしゃがみ込み……
(カット。おいハルヒよ、どういう訳だこれは)
(……みくるちゃんを変身させようと思ってね)
(ほう)
(しつけ糸を引っ張ったら、あのメイド服がばらけるように仕込んどいたのよ)
(で?)
(下に保安官衣装を仕込んどくのを忘れてた)
(アホかお前)
 朝比奈さん泣いてるじゃねぇかお前のグッジョブじゃ無くてうっかりミスのおかげで朝比奈さんの女神の如き妖艶なる姿態と清楚にして可憐なレモンイエローに花柄とレースの付いたブラとおパンツが白日の元に晒され見ろスケベ野郎とムッツリ野郎ががっつり握手交わしてやがるし取り敢えずゲンコツと3時間の説教で
(あー皆休憩しよっか、ウチの特濃ジャージーミルク製ソフトクリーム自家栽培ブルーベリーソース掛け(税込650円)の試食会といこっかねー)
(わーい)
(あ、スンマセン)
 おお、これは。甘ーい。旨ーい。
 一心不乱にソフトクリームを舐めていると……えーと何だったっけ。
 まぁいいや。撮影再開。
「プリティシェリフ☆ミクル! け、見参、です……」

 刮目せよ! これが特捜保安官ミクル・アサヒーナだ!

 ピンクのチャップスにホットパンツ、胸元で縛りあげたTシャツの上から同じくピンクの革チョッキとテンガロンハット。ごついガンベルトにはデザートイーグルが落とし差し。アメリカの安ポルノ雑誌から抜け出てきたようなトンデモ衣装は、朝比奈さんが着てるからまだしも、一般人が着たら大惨事だ。
「ふふふ。先ずここは僕にお任せを」
 進み出るSOS強盗団の副団長兼三百代言が、得意の舌先三寸を振るおうとしたその時、
どきゅーん。ばたり。
 ミクルの銃口が火を吹き、あっさり退場する説強強盗イツキ・ザ・ライトニング。
 すまんな、展開を早めた。具体的にはお前の台本のA4コピー紙3枚分にわたる長広舌シーンをカットさせてもらった。通して見るとテンポが悪かったもんでな。(……)
(どした?)
(いえ何も)

「次は私の番」
 続けて静かな闘志を燃やすネイティブアメリカンの戦士、リーディングスノーが一歩前に出、手斧を持った両手を前に突き出す。
 ぶんぶんぶんぶんぶんぶんびゅおおおおおお!
 ブルース・リーのヌンチャク捌きにも勝るとも劣らぬ、鮮やかなトマホーク演舞。これは只者ではない。
 果たして、顔面蒼白のミクルは、如何にしてこの技に対応するのであろうか。危うしミラクルシェリフ!
 現地民少女はそのまま斧を地面に落とし、懐から『星がついた棒』を取り出した。
 ……そっちかよ。
「喰らうが良い。我がスー族の秘術を」
 ぺかーぺかーと、安っぽい効果音とフラッシュが入り、"スターリングインフェルノ改2"から、未知の大自然パワーが発揮された。伝説の戦士シッティング・ブルもあの世で泣いている。一体何が起こるのかと思えば、リーディングスノーの背後から黒いお顔と白いモコモコ毛皮の羊が現れ、口をもぐもぐさせながら、ミクルの方へ進んで行くではないか。
 おお、なんということであろう。彼女は動物を自在に操り、敵にけしかける事が出来るのだ!
 おい、この展開どっかで見たぞ。
 羊は怯えるミクルの方へ5、6歩進み、そのまま足元の草を食みはじめ、なが…リーディングスノーの星付き棒にケツをぶっ叩かれ、メーと一声ないて再び前進。
 そのままミクルの横をゆっくりと通り過ぎ(あれ?)、牧草地へとその姿を消した……。
「……」
「……」
「……」
「……無念。しかしこれも祖霊の意思」
 渾身の呪術に失敗し、屈辱に打ちのめされたネイティブガールは羊の後を追い、牧草地へ消え、そのまま物語からも姿を消したのである。
 ……何がしたかったんだろう?
「ふふふふ、あたしの出番ね」
 股肱の配下をあっさり倒された、悪党一味の生き残りにして敗残の将、カラミティ・ハルヒの最後の悪あがきが今始まる。
「いよいよ真打ち登場と、そういいなさい」
 ナレーションに返答するな。
「抜きなさいシェリフ」
「……降伏する気は無いようですね」
 睨み合う美少女ガンマン二人。かたや西部の大悪党、かたや正義の保安官。風が彼女等の間を吹き抜ける。
 いよいよ、いや早くも最終決戦の始まりだ。さっさと終わらせようぜ。
「!」
「!」
 二人が同時に銃を抜き放つ! 鳴り響く能天気な電波ソング&ミュージック! 遂に観客待望の美少女二人によるガンアクションシーンが始まったのである!
 誰も待ってはいやしないが。

♪ミ・ミ・ミラクル☆ ミクルンルン☆
♪ミ・ミ・ミラクル☆ ミクルンルン☆

 向かい合って拳銃を持った手を激しく打ち合わせるミクルとハルヒ。演出家はガン=カタを企図しているのだろうが、傍目には女の子二人が『せっせっせーのヨイヨイヨイ』とやってるようにしか見えない。

♪素直に「好き」と言えない私
♪勇気を出して(Hey shoot!)
♪鈍感なキミにミクルンガンは
♪狙い撃ちなの

 かと思えばいつの間にか距離をとり、激しい銃撃戦が開始されたりもする。白い鳩がいないので、あろうことかニワトリの放し飼い現場で。
 メンドリに追いかけられて鶏糞の上を逃げ惑うミクル。『これは貴方のオマージュです』と聞いたら、ジョン・ウーが熱々のワンタンをぶつけてきてもおかしくは無い。

♪東からやってきたプリティガンマン
♪いつも貴方の事、考えてる
♪夜はひとりサボテンとおしゃべり
♪あの人はきっとデッドorアライブ

 マトリックスばりのバレットタイムをやろうとするも、家庭用ハンディビデオカメラで出来るわけがない。ポージングをキメる女優二人の周りを、ぐるぐる回らせられるカメラマン。もちろん観客の目もぐるぐる回る。

♪Come On! Let's dance!
♪Come On! Let's dance! Baby!
♪ハイヨーシルバー走り出したら

 ぴゅんぴゅん。ふわりふわり。なんと飛んで来るハルヒの銃弾をエージェント・スミスばりに避けまくるミクル。まるっきり長閑な草原の上で阿波踊りを踊っているようにしか見えないが。
「あいたっあいたたたっ」
 ……あー、諸君らは何も聞こえなかった、イイね。

♪Come On! Let's dance!
♪Come On! Let's dance! Baby!
♪Go West! Special Generation
♪「百発百中、貴方のハートも狙い撃ちなんだから!」

 そうして飛び交う銃弾、かんしゃく玉と爆竹を浪費した弾着、飛び回るハルヒに、こけまくるミクル、牧場オリジナルキーホルダーを掲げ、笑みを浮かべるマダム・ツルヤ──などといった魅惑の映像を、主演女優熱唱主題歌にのせてつなぎ合わせた、一種の苦行とも言えるハイスピードバトルシーンは、ようやく終盤をむかえることになるのであった。
 やっとか。

 びゅおおおおお。
 冒頭の突風SEが再び使い回され、丘の上には再び睨み合う女ガンマン二人。ツルヤ牧場を所狭しとさんざ暴れまわった両名は、どうやらクイックドローの早撃ち勝負で決着をつける気になったらしかった。
 最 初 か ら や れ 。
「……」
 黙って右手に摘まんだ小石を、ミクルに見せるハルヒ。小石を掌の上に転がし、そっと目線を上にやり、うなづき合う。どうやら投げた小石が地面に落ちるのを合図に、二人同時に銃を抜き放つらしい。
 呼吸を測り、睨み合う夕暮れのガンマン。
 風が吹き抜け、牧草が揺れる。雲は西へ流れ、木々の先は宿命の対決に怯えたように揺れている。
 ポンと上に投げられた小石。
 緊張の一瞬。
 二人の横顔がカットイン。
 コツン。
 小石が地面に落ちた瞬間、ハルヒは拳銃を抜き放ち、ミクルにピタリと照準を合わせたが、ミクルの方が一瞬早……ベルトに引っかかっておりますので、しばらくお待ちくださいね。
 お待たせしました。
 おお、これぞまさに神業。引っかかったモデルガンを大慌てで引っこ抜き、宙に跳ね上がった回転し続ける銃を二度三度と空中お手玉し、ジャグリングの世界チャンピオンとてこうはいかぬ、という神技をご披露した後、しゃがみ込んだミクルは「あわわ」とか、今時朝刊の新聞4コマ漫画キャラですら言わぬセリフをのたまいつつ、何とも言い難いビミョーな表情で撃たれるのを待ちわびる悪役ハルヒに、その必殺の弾丸をたたきこんだのである!
「うっ」
 と、ハルヒが呻くと同時に胸元の(かんしゃく玉に電極ぶっ差しただけの)チャチな発火装置が作動。ぱん、という音とゆっくりと崩れ落ちるカラミティ・ハルヒ。「まさか……このあたしがやられるなんて……流石ね、ミラクル☆ミクル」
「す、涼宮さん」
 セリフ間違えてますよ、朝比奈さん。まあどーでもいいですけど。
「……ふふ、悪党の最後なんてこんな…ものか」
がくり。
「うう……涼宮さん。貴女はあたしの永遠の……グスン」
 だから名前間違えてますって。つーか、いつの間にライバル→友情モードみたいなフラグ立ってたんすか。
 ハルヒのそばに駆け寄り、地獄に落ちた極悪非道の賞金首の手を取り、目に涙を溜めているエンジェル朝比奈さん、いやミラクルミクル。
 どうやら本気で哀しくなってしまわれたらしい。朝比奈さんらしいというかなんというか。ハルヒは眠っているように静かな顔つきで、横たわっている。何だろう、このデジャヴ。この表情、最近どこかで見たような……あ。
 ──これはあの時だ。あの春の部室。SOS団のいつもの面々と、呼びもせぬのに我らが城に闖入した彼奴等が、一同に会したあの春の日。
 教室の外にハルヒはちょうどこんな……。目をつぶり穏やかな顔で死の演技を続けるハルヒを、ファインダー越しに見ていると、ゆっくりと心が濃紺の絵具で塗りつぶされていく。心臓に痛みが走る。小さなトゲで刺され続けているような。雀が啄ばみ続けているような。そんな痛み。
 俺は……
 耐えられなかった。
(ハルヒ!)
 何も考えられず思わずカメラを投げ出し、ハルヒに駆け寄る。そのまま俺は華奢なハルヒの身体を抱きかかえ、その少し開いた形の良い桃色の唇を、俺の唇でふさ(こいずみぃぃぃぃ!!! なに妙なナレーション追加してんだこの野郎!!)
(おっとバレましたか)
(ほらキョン黙って試写会に集中しなサイヨ///)
(お前もわけわかってねぇくせに、顔赤らめてるんじゃねぇよ!)
 ……エンディングである。もうはげしくどうでもいいから、とっとと終わらせよう。
 夕暮れの牧場。ポニーにまたがったミラクルシェリフ☆ミクルと、彼女を見上げるマダム・ツルヤ。
「行ってしまうのかい? ミクル」
「ええ」
 隠しきれぬおっかなびっくりを、健気にも耐えに耐えながら、ミクルはうなずいた。
「正体がばれてしまった以上、あたしはもうここにはいられません。次の街とまだ見ぬ悪党がおひゃっ」
 ポニーのパカキョン号(命名ハルヒ)が身じろぎしたので、暫くお待ちください。
「……悪党があたしを待っているのです」
「せめて『鶴屋牧場オリジナルとろうまキャラメルプリン(税込450円)』を食べてからでも」
「ごくり」
 ……何故鶴屋家があんな豪邸にお住まいなのか、俺は今日一日でその理由の一端を垣間見た気がする。
「い、いえもう行かないと」
 マダム・ツルヤの引き止めと誘惑を振り切って、ポニーを進めるミクル。
「え、えーと」
(みくるちゃん、手綱をこう……)
「こ、こうかな」
ひひーん。ぽくぽく。
「わわっ。わっ。わっ。」
「ミクルー、またいつか戻ってくるんだよー。……ぷひゃひゃひゃ気、気をつけてぇあはは。あははははははミクルー」
「は、はいー! わっ。お、落ち」
 バランスを崩したミクルから目を逸らすように、またもパーンアップしたカメラは、美しい夕暮れと連なる山々を映し出す。そこにマダム・ツルヤの爆笑に被さるように流れ始める物寂しげなエンディングミュージック。
 そしてスタッフロール。

□キャスト

ミラクルシェリフ☆ミクル:朝比奈みくる

(あー終わった終わった)
(連日の編集作業、お疲れ様でした)

カラミティ・ハルヒ:涼宮ハルヒ

(俺のGWが丸々これで潰れたからな)
(今回は大きく前回と違ったことがありましたね)

イツキ・ザ・ライトニング:古泉一樹

(そうだな。妙な事件もおきなかった、と)
(いえそうですなく、涼宮さん御自身が出演したことですよ)

リーディングスノー:長門有希

(ああ)
(前回は製作者としてだったのに、今回はやられ役とはいえ表に出てこられました)

タニグーチ:谷口

(お前らを好き勝手に動かすより、自分でも参加した方が楽しいって気付いたのかもな)
(なるほど)

クニキーダ:国木田

(ま、ほかにも色々あんだろ)
(と、いいますと?)

馬:ポニーのパカキョン号

(朝比奈さんも今年は受験生として忙しいだろうし)(全員で遊ぶ機会も、今年はそうそうなさそうですね)

マダム・ツルヤ:鶴屋さん(友情出演)

(ハルヒから朝比奈さんと鶴屋さんへの、エールみたいなのが、この映画だよ)
(ふふ)

□スタッフ

企画:
脚本:涼宮ハルヒ
演出:

(邪推だけどな)
(いや、面白い見方だと思いますよ)

編集:涼宮ハルヒ/キョン

(エンディングのシーン、見ててそう思ったんだ)
(ところで)

撮影:キョン

(ん?)
(今回、涼宮さんは出演しましたのに、貴方は出番がありませんでしたね)

音楽:涼宮ハルヒ/キョン

(出てくれって言われても勘弁だけどな)
(どうしてでしょうね)

特殊効果:長門有希

(知らねーよ、ハルヒに聞け)
(察するにですね)

VFXスーパーバイザー:涼宮ハルヒ

(ほぅ、分かるのか?)
(これは涼宮さんの独占欲かと)

タイトルデザイン:渡橋泰水(友情協力)

(あん?)
(去年、僕たちは島に合宿に行きましたね)

ガン=カタ指導:森園生(特別協力)

(酷い目にあったな、お前らの所為で)
(船中、涼宮さんが貴方の寝顔を写真に撮りましたね)

その他雑用:キョン

(あったかな? そんな事)
(あの写真、現在どこにあると思います?)

協賛:鶴屋牧場"どんぐりファーム"

(……)
(……)

制作:SOS団

(ねーよ)
(ふふ)

超監督:涼宮ハルヒ

THE END

自作SS集です。楽しんでいただけたら幸いです。