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がんじがらめのヴィオレッタ ~香坂怜キャラクターストーリー8話までを読みながら

iPhone/Android向けソーシャルアプリゲーム「金色のコルダ スターライトオーケストラ」(スタオケ)には、主人公(コンミス、朝日奈唯)との交流を軸に各メインキャラクターを深掘りする「キャラクターストーリー」が実装されている。全15話のうち、これを執筆している2023年1月時点では7話あるいは8話までが公開されているが、これを読むには当該キャラクターのカードを集めて親密度パラメータを一定水準以上満たす必要がある。
 先日、スタオケのメインキャラクターのひとりである香坂怜のキャラクターストーリー第8話を読んで大変衝撃を受けたために、本記事をしたためてしまった。彼女のキャラクターストーリー未読の現ユーザーは、ストーリー内テキスト・スクリーンショット等のネタバレに十分ご注意願いたい。もしも香坂怜というキャラクターのことをなにも知らない状態でこの記事に辿り着いたという方は、どうかこのページを離れる前に彼女のことを知っていただきたい。

 筆者はこれまで百合と呼ばれる女性同士の同性愛を扱ったジャンルに縁遠かった上、女性学にまつわる諸々の知識に詳しくない。そのため、その道に詳しい方が見れば見当外れなことを書いているかもしれない。その際は平にご容赦を願うのと、Twitterのリプライ等で穏やかにご教示いただければ幸いである。

香坂 怜という女

 「金色のコルダ スターライトオーケストラ」は、女子高生の主人公(デフォルトネーム:朝日奈唯)がスターライトオーケストラ(通称スタオケ)のコンサートミストレスとなり、一度挫折を味わった高校生たちを仲間に加え、「世界一のオーケストラを作る」という夢を目指す物語だ。

 香坂 怜は、メインストーリー3章で加入。スタオケの本拠地である星奏学院の音楽科3年のチューバ奏者で、数少ない女性メンバーである。主人公(朝日奈)は星奏学院普通科2年なので、学科は違うが先輩にあたる。公式プロフィールで提示されている趣味は「オペラ鑑賞」、特技は「華道」だ。淑やかで華やかなお姉様だが、ミステリアスな雰囲気も漂ってくる。

 ちなみに、メインストーリーで描かれている主人公との出会いのシーンはこんな感じ。こんな典型的なラッキースケベ今どき見ねえぞ。

「あなた(主人公)目当て」と嘯きながらスタオケに加入した香坂(彼女がどのような経緯で主人公を知ったかについてはいまだに明かされていない)。物語開始時点よりも前、香坂が高校2年生だった前年度には、スタオケのライバルにあたるグランツ交響楽団に所属していたが退団させられた過去がある。
 メインストーリー序盤から「優秀な演奏家をカネに物を言わせて引っ張ってくる」という悪役ムーブをかましているグランツに所属していたのだから、その演奏技術が優れていることがうかがえる。だが演奏家たちが常にポジション争いを繰り広げ、天才ヴァイオリニスト月城慧がコンサートマスターとして強権を揮うグランツの気風に、香坂は馴染むことはできなかった。やがて彼女は月城に退団を宣告され、オーケストラに所属することなく過ごしていた。

 そんな香坂は、主人公(朝日奈)がコンミスとして率いるスタオケでは、のびのびと自由にふるまえるという。彼女は主人公と過ごす時間について「息がしやすい」という表現をしている。裏を返せば、主人公と過ごしていないときは「息がしづらい」と感じているわけだ。

期間限定イベント「組曲 禁断のレチタティーヴォ」

 スタオケリリース後半年間を経て、香坂が初めて実装されたイベントが、2021年9月に開催された期間限定イベント「組曲 禁断のレチタティーヴォ」である。香坂が単独でフィーチャーされたイベントで、彼女の内面に触れるストーリーが初めて展開された。
 なお本イベントは2022年夏に同内容で復刻。このイベントに参加していないユーザーでも、現在はアイテム「ストーリーキー」を消費することでイベントストーリーを解放できるようになっている。

 主人公(朝日奈)と香坂はふたりきりで宮崎は青島の海を堪能し、その後熱帯植物園を散策する。温室の美しい花や蝶を愛でながら、「虚飾でもいいから、あなたに憧れられるような美しい蝶でいたい」「醜い姿は見せたくない」と語る香坂。彼女は”我かくあるべし”という理想(美しい自分)が確立しており、その理想からかけ離れた現実(醜い自分)が露呈すること――「他者の期待を裏切ること」をひたすら恐れているのだ。

香坂の語る「本当の自分」とは……?(「組曲 禁断のレチタティーヴォ」第10話より)

 本イベントの課題曲「日の光は薄らいで」はオペラ「マクベス」を出典とする歌曲。この「マクベス」冒頭部で三人の魔女が歌う「綺麗は汚い、汚いは綺麗(Fair is foul, and foul is fair)」という詞をスタオケメンバーの三上から教わった主人公は、「美醜は表裏一体」ということに気づかされる。
 イベントストーリー終盤、菩提樹寮に戻り、主人公の前で腹の虫の音を鳴らせてしまった香坂。「みっともない」と赤面する彼女に対し、主人公は「どんな香坂でも好き」とつぶやいて眠りに落ちてしまう。それは、「本当の自分」のあり方が他者を裏切ることを恐れる香坂を救う言葉だったのだ。

 女性同士あるいは男性同士の間で繰り広げられる恋愛表現を、一般的な男女間の恋愛とは異なる秘めるべきものという意味で「禁断」と表現する事象は、文化史、特にサブカルチャーの歴史を見れば枚挙に暇がない。とはいえ2020年代にもなって香坂と主人公の関係性(本イベントの段階ではまだ恋愛まで踏み込んではいないかもしれないが)を「禁断」と表現するのは、一見して時代錯誤に感じる人も多いだろう。しかしこれがミスリードであることは、イベントストーリーを一読すれば理解できるはずだ。
 香坂自身が隠しておきたい内面を露わにするという、本人が望まない行為であること。そして、ラストシーンで香坂が母によって禁じられていた食べ物を口にしてしまったこと。イベント名に冠した「禁断」はこれらのダブルミーニングである。

この"禁断の味"にまつわるエピソードがとてもかわいいのだ(「組曲 禁断のレチタティーヴォ」第10話より)

キャラクターストーリー

 香坂との親密度パラメータを上げることで「親密度報酬」として開放されるキャラクターストーリーでは、主人公(朝日奈)は香坂の内面に少しずつ触れていくことになる。順を追いながら見ていく。

彼女を取り巻く人々 ~第1話より

 メインストーリーでは見ることのできない香坂の普段の生活が、第1話からフルスロットルで提示されていく。すなわち、菩提樹寮の門限が有名無実化しているのをいいことに、性別を問わず後腐れない相手を取っ替え引っ替えして夜遊びを楽しんでいるというものだ。公式のキャラクター紹介ですでに“スキャンダルの女王”の異名が出ているにもかかわらず、こうして実際に提示されるのはなかなか衝撃的である。

香坂に振られた男子生徒が掌を返して彼女を罵倒する(キャラクターストーリー第1話より)

 こうした香坂の素行を否定的に見る人も当然いるだろうが、少なくとも主人公(朝日奈)はそうではないようだ。おそらく友人以上の関係性を結んでいるお相手たちと“朝帰り”した香坂に対し、むしろ「大人っぽい」と憧憬を寄せる様子が描かれている。これに先んじて、香坂が主人公の髪にマーガレットを一輪添えて「白はいいわね」と思わせぶりな口調で語る第1話冒頭は、“大人の世界を知るミステリアスな女性”としての香坂と、“いとけなく純粋無垢な少女”としての主人公との明確な対比が示されていると言える。

 また、香坂の婚約者・長谷川も第1話で登場する。ゲーム内の用語集では「海外のブランドスーツに身を包み、高級な車に乗る、キザな人物」とある。婚約者を送るためと理由をつけて菩提樹寮の女子棟(男子禁制)に入ってくるあたりからも、公のルールや香坂の意向よりも我欲を優先する男だということがわかるだろう。キスされた手の甲を必死に拭おうとする香坂の様子から、婚約者とは言いつつ彼女が長谷川のことをよく思っていないのは明白だ。香坂はしょっちゅう実家の母からの電話を受けている様子が描かれることから、長谷川は香坂本人ではなく母が決めた婚約者であることも推察できよう。
 婚約者の存在が明かされたことで、香坂の奔放な恋愛関係が、おそらく期限つきのものであることに気付かされる。現時点では因果関係があるかもわからないが、母に婚約を決められたことで、「自由な恋愛を楽しめるのはいまだけ」と考えてああなった可能性も考えられる。

呪縛の姫君 ~第2話から第7話まで

 第2話から第7話まで、さまざまなアプローチがなされるものの、香坂と主人公(朝日奈)の物語は一貫して“解呪”を通じて関係を深めていく様子が描かれる。香坂はその生育歴から、既成の社会通念にまつわるさまざまな思い込みに縛られているのだ。
 第2話、ランチの最中に香坂の左手薬指に長谷川から贈られた婚約指輪がはめられていることを指摘すると、彼女は憂鬱そうに「(本当は外したいが)サイズが小さくて外れない」「呪いの指輪のようなもの」と語る。主人公が石鹸水を使って婚約指輪を外してやると、香坂は「まるで呪いが解けたみたい」と驚喜する。

 第3話から続く第4話では、主人公が香坂がひた隠しにしていた意外な趣味を主人公が知ってしまう。「禁断のレチタティーヴォ」で表現された通り、常に他人の視線を気にする香坂は、理想からかけ離れた“現実の自分”を他人に知られてがっかりされることを強く恐れている。赤面し「イメージじゃないわ」「きっと幻滅したでしょうね」と大いに恥じ入る香坂(カワイイ……)に対し、主人公は秘密の趣味ごと香坂を受け入れることを告げて安心させる。これも解呪の一種であろう。これ以降、香坂の趣味は、香坂と主人公の共有する秘密となる。

 第5話の舞台は、スタオケの活動の一環で訪れた宮崎。香坂は休暇の日に気の進まない帰省をするが、主人公は彼女を驚かせ喜ばせようとしてオペラ「椿姫」のチケットを取り、彼女の実家の最寄り駅である清浜駅まで足を運ぶ。主人公と約束もなしに再会したことで、香坂はひどく心動かされたような様子を見せる。
 中学生時代、とある人と駆け落ちの約束をして裏切られた過去を持つ香坂にとって、その約束の場となった清浜駅は”呪われた場所”である。第2話の待ち合わせのシーンで「待つのは苦手」と言っているのも、待ち続けた相手に裏切られた経験から来るトラウマ(=呪縛)だろう。清浜駅における主人公の登場は、またしても香坂の呪いを解いたことになる。

 主人公と香坂がショッピングを楽しむ第6話では、香坂が寮のラウンジで主人公を待つ場面から始まっている。これは香坂にかかっていた「待つこと」の呪いを前話で主人公が解いたためだ。
 お揃いの腕時計を色違いで買おうとする主人公に対し、香坂は「時計は基本的に贈答品で自分で買うものじゃないと親から教わった」「時計の贈り物は『相手の時間を束縛する』『同じ時を歩みたい』『離れても一緒』という意味があるから、気軽に買うものではない」として躊躇う。もっともらしく聞こえるが、これもすべて"親から教わった思い込み(呪縛)”である。
 だが主人公の情熱に絆された彼女は、「私と特別な関係になる覚悟はできていて? きっといばらの道よ」と語り、色違いの時計をお互いに贈り合うことに賛同する。

 第7話は、待ちに待った「椿姫」の公演当日。ドレスと化粧で美しく装いながら、香坂は母との思い出を語る。香坂は母から「女の子はみんな、お姫様。いつの日か素敵な王子様と結婚して素敵なお嫁さんになる」と言い聞かされながら育ってきたのだ。香坂の確固たるジェンダーロールはこの母によって植え付けられたものであることがよくわかる場面である。"お姫様"としてふさわしい美貌・教養・ふるまいを身につけ、財力と社会的地位を併せ持つ男性、すなわち”王子様”と結婚することこそが女の幸せ、娘の幸せであると信じてやまないのだ。

「素敵なお嫁さんになる」といまは思えないからこそのこの表情である(キャラクターストーリー第7話より)

 さて、化粧と着替えを終えて出かけようとするふたりを寮の前で引き留めたのは、長谷川である。長谷川は「お姫様ふたりに夜道は危険だろう? 王子様がついていてあげないと」と彼女らを車に乗せようとするが、ふたりは拒絶する(ここで主人公の発言として「こんな王子様なら必要ない」の選択肢を選ぶと、長谷川の「か弱いお姫様がずっとひとりで生きていくつもりかい?」というセリフを引き出すことができる)。さらに主人公はとある手段で長谷川を退散せしめたのである。
 香坂は大笑し、「姫だろうが王子だろうが覚悟が大事なのだわ」と語る。みっともなく撃退された”王子様”(長谷川)よりも、機転と覚悟によって障害を退けた"お姫様"(主人公)の方が何百倍もかっこいい。そこに、性別は関係ないのだと。この気づきは、香坂の中で根を張る"お姫様と王子様の幻想"を解いたことになるのだろう。
 その証拠に、メイクの終わり(長谷川に会う前)の香坂は主人公に対し「あなたは私のお姫様」と告げていた。だが長谷川を撃退した後のラストシーンでは、「お手をどうぞ、私の大切な人」と言って背を差し伸べているのだ。ジェンダーロールに基づいた”お姫様”という言葉を主人公に対して使うことをやめ、よりニュートラルな"大切な人"という言葉に置き換えたのである。

 香坂はたびたび実家の話をするが、その主体は母のみで、父の話は出たことがない。
 香坂は高校入学時から実家を出ており、つまり母と物理的な距離を2年以上取っているわけだが、その言動を見るに、母の絶大な影響から逃れられていない。主人公を通じて香坂を見るユーザーからすれば、何千キロも離れている母にどう思われるかを気にする彼女が、まるで幻影に囚われているようにも感じられる。われわれユーザーは、香坂から伝え聞く話でしか彼女の母を知ることができない。そしてその印象は「香坂を美しい淑女として育て上げたよき母」の面と「封建的な家庭観と良妻賢母思想で香坂を呪縛する毒母」の面の両面を持ち合わせている。「マクベス」の「綺麗は汚い、汚いは綺麗」ではないが、どちらも香坂の母というひとりの人物の持つ多面性であり、香坂が母に対して感謝をしつつも割り切れない感情を持つのは、無理からぬことであろう。
(香坂母子間の複雑な感情のやりとりについては、「Secondo viaggio 第3章 シーグラス・ディヴィジ」イベントストーリー内で触れられている。このイベントストーリーは後日解放され、ストーリーキーなどのアイテム消費なく読むことができるようになるので、そちらもご覧いただきたい)

永遠への祈り ~第8話より

 香坂が、自分の相棒にあたるチューバについて語る場面。香坂はその外見やふるまいから「フルートっぽい」と言われることが多かったようだ(わかる)。それでもあえて香坂がチューバを選んだのは、彼女自身が「あたたかくて、優しくて… 聞いていると、誰かにそっと包みこまれている心地がする」「伸びやかで柔らかいこの音…。許されているような心地になる」と表現するチューバの音を愛しているためだ。
「金色のコルダ」シリーズの文脈においては、原則として、各キャラクターとその楽器の奏でる音は不可分の関係にある。それゆえ、香坂がどんなに本当の自分を覆い隠したとしても、チューバの音に表れる「そっと包み込む」「許されているような心地になる」という、言わば“包容力”こそが彼女の本質なのだろう
 そして主人公(朝日奈)は、香坂のチューバの音色を褒める。ここにも「金色のコルダ」シリーズの文脈が適用されるので、香坂の音に魅力を感じている主人公は香坂の人間性の本質に魅了されていると言っていい。

 香坂と主人公が、公園で「乾杯の歌」を二重奏する場面。チューバを奏でながらも、香坂は主人公のヴァイオリンの高らかに歌い上げるような音色に聴き惚れ、「ずっと聞いていたい」「この瞬間が永遠に続けばいいのに」と願う。まさにこのとき、香坂は恋に落ちたのだ。

 演奏を終えた香坂は、自らの恋心を朝日奈に告げる。そして彼女の最も重大かつ繊細な秘密を主人公(朝日奈)に明かす場面。彼女がこれまでのキャラクターストーリーで見せてきた不可解な部分――自己開示に対する極端な恐怖心、他者の期待を裏切ってしまう「本当の自分」の正体がこのエピソードでようやく判明する。

(キャラクターストーリー第8話より)

「女の子はみんな、お姫様。いつの日か素敵な王子様と結婚して素敵なお嫁さんになる」――そう言い聞かされた育ってきた香坂が、自分が異性を愛せないと気づいたとき、彼女はどんなにか絶望しただろう。周囲、特に母の期待に添えない己の性的指向(=本当の自分)を誰にも相談することができず、ひとり孤独に、果てしない自己嫌悪を繰り返したのではないか。”スキャンダルの女王”の異名は、母の言うとおりの自分になろうと「男性を好きになろうと努力した」結果の産物ではないのか。
 そして、その上で駆け落ちを思い立つほど好きな相手(おそらく女性であろう)と出会えたのに、その人に裏切られた彼女の心の傷の深さは計り知れない。それでも主人公(朝日奈)によって少しずつ癒した心を開き、ふたたび人を愛そうと首をもたげる彼女の姿が、いとおしくなくてなんだというのか。

 ちなみに、この第8話を読んで情緒をめちゃくちゃに乱された筆者のツイートが以下。

 というわけで、どうにかして彼女を幸せにしてあげなければという気持ちが掻き立てられた結果、二日間にわたって日常生活に支障が出た。
 どうかこの香坂怜という女性が多くの苦しみから解き放たれて、彼女の望む愛を得られるまでの物語を、見届けたい。それまでサ終なんか絶対にさせない……と一ユーザーとして改めて強く思った次第である。

「椿姫」そして「乾杯の歌」

 キャラクターストーリーでも語られている通り、香坂は幼い頃からオペラに親しんでおり、中でも好きなのがヴェルディの「椿姫」である(実際に5話で主人公が公演チケットを取り、7話で観劇に行く様子が描かれる)。
 ヴェルディの「椿姫(La Traviata)」は、小デュマの小説「椿姫(La Dame aux camélias)」を原作としており、人物名や演出など多少の変更点はあるが、基本的なあらすじは変わらない。

  • パトロンに囲われながら豪奢な生活を送るパリの高級娼婦ヴィオレッタ。あるとき出会った青年貴族アルフレードと熱烈な恋に落ちる。

  • アルフレードとの愛に生きることを決めたヴィオレッタは、高級娼婦の生活を捨て、郊外でアルフレードと幸せに暮らす。

  • アルフレードの父が二人の身分違いの愛に強く反対する。ヴィオレッタは悩むが、アルフレードの将来のために彼と別れる決意をする。

  • ヴィオレッタはアルフレードを振り、パリに戻って高級娼婦として返り咲く。真実を知らないアルフレードはヴィオレッタの裏切りに激怒する。

  • アルフレードは怒りのままに人前でヴィオレッタを面罵するが、ヴィオレッタはアルフレードを愛するがゆえに離れたことを語れない。さらにアルフレードはヴィオレッタのパトロンであるドゥフォール男爵に決闘を申し込んで勝利する。

  • ヴィオレッタは肺結核が進行し死の床に就く。アルフレードがヴィオレッタのもとを訪れ、愛を確かめ合いながら彼女を看取る。

 これを見て香坂の人間関係を思い出してみると、どうもヒロインのヴィオレッタが香坂に、パトロンのドゥフォール男爵が長谷川に相当するらしいことが窺える。香坂のイメージカラー「ロイヤルパープル」が、ヴィオレッタ=ヴァイオレット=菫色に近似した色なのも、ここから来ているのだろう。
 長谷川が香坂に心底惚れている風な様子はなく、むしろトロフィーワイフのように彼女を扱っているのは、パトロンと高級娼婦の関係性だからと考えると納得がいく。長谷川にとっての香坂は、愛する婚約者ではなく、自身の財力や社会的地位をほかの男に誇示するためのアクセサリーなのだ。

 一方、キャラクターストーリー第3話・第8話で登場した「乾杯の歌(Libiamo, ne' lieti calici)」は、「椿姫」の第一幕に登場する歌曲だ。ヴィオレッタの邸での宴に招かれたアルフレードが、他の貴族に薦められて美声を披露し、やがてヴィオレッタも加わって、華やかかつ高らかに歌い上げる。この「乾杯の歌」の中で、ヴィオレッタは愛の刹那性を歌う。

Godiam, fugace e rapido è il gaudio dell'amore;
(楽しみましょう、ただひとときの愛の喜びを)
È un fior che nasce e muore,né più si può goder.
(咲いては枯れゆく、二度と楽しむことのできない花よ)

「乾杯の歌(Libiamo, ne' lieti calici)」より

 娼婦であるヴィオレッタは、アルフレードとの恋に落ちるまでは、永遠の愛を信じることができない。いずれ永遠の愛を誓うことになるはずの長谷川を愛せず、ならばせめて彼の妻になる前に多くの男女と刹那の愛を楽しもうとする香坂の姿と重なる。

 第3話で「乾杯の歌」が採り上げられたときは、レコードで音源を再生したのみに留まっている。演奏家たちがそれぞれの楽器で奏でる音楽こそが恋愛感情の動向を示す鍵となる「金色のコルダ」シリーズの流れを汲んでいるからには、第8話で「乾杯の曲」を香坂と主人公(朝日奈)が初めて二重奏する場面の方がより重要である。ここで主人公のヴァイオリンの音色に香坂が聴き惚れるのは、ふたりの間に真に恋が生まれたことの暗示だろう――ちょうど「椿姫」の第一幕でヴィオレッタとアルフレードが恋に落ちたように。

 余談であるが、ヴィオレッタは原作小説では「マルゲリータ」という名で登場する。マルゲリータ=マーガレットである。キャラクターストーリー第1話で香坂が主人公を「白いマーガレットがよく似合う」と褒めそやしていたのは、主人公とヴィオレッタのなんらかの共通項を示唆するものかもしれない。なおマーガレットの花言葉は「心に秘めた愛」、特に白の場合は「信頼」を示す。

 さて、ヴェルディの「椿姫(原題:La Traviata)」には原作小説があると書いたが、小デュマの書いた原作小説は「椿姫(原題:La Dame aux camélias)」である。La Dame aux caméliasはフランス語で"椿の花の貴婦人"を意味するので、”椿姫”が適切な日本語訳であることがよくわかるだろう。だがヴェルディのつけたタイトル "La Traviata" は、イタリア語で、直訳すると「道を踏み外した女」「堕落した女」となる。
 キリスト教になじみの薄い日本人からするとピンとこないが、保守的なカトリック教国であるイタリアで "La Dame aux camélias" をオペラ化するにあたっては厳しい検閲に晒される必要があったようだ。高級娼婦のような"堕落した女"に幸福な人生を歩ませてはならぬという宗教的・政治的強制力が働いた結果、ヴェルディ版「椿姫」は ”La Traviata” として世に出た(とはいえ、日本語では原作小説と同じく「椿姫」のタイトルで親しまれることとなる)。
 香坂がヴィオレッタ役に配されているとしたら、彼女は「堕落した女」「道を踏み外した女」である。原題の「道を踏み外した女」の"道"とは宗教・倫理といった社会道徳であるが、香坂はいったいなんの規範を逸脱しているのかというと、”母の教え”が最も適当な解になるだろう。最も正しいと信じてやまなかった母の教えに沿えず、母の望む幸せな結婚ができないことが、彼女の抱く後ろ暗さと深く結びついている。

 今回公開された第8話は全15話中のちょうど折り返し地点であるが、「椿姫」のストーリーラインが根底にあると考えると、おそらく今後は「第三者(長谷川? 前の駆け落ち相手?)からの横槍」「裏切りと不本意な別れ」が描かれるであろうことは間違いない。ヴィオレッタとアルフレードの恋が満ちるときにやってくるのは、娘(アルフレードの妹)の良縁のためにふたりを引き裂こうとするアルフレードの父だ。
 その純愛がどんなに人の心を動かしたとしても、高級娼婦ヴィオレッタは「道を踏み外した女」の烙印を押され、薄暗い屋根裏部屋で死なねばならなかった。彼女を取り巻く保守的なキリスト教社会がそのように要求したからだ。だが21世紀、令和の日本に生きる「道を踏み外した女」香坂怜に、世界はもっと光ある未来を与えることができるはずなのだ。彼女にかけられたいくつもの呪いを、主人公(朝日奈)が解いてきたのだから。

香坂にとってのスタオケ

 さて、「あなた(主人公)目当て」でスターライトオーケストラに入団してきた香坂にとって、スターライトオーケストラはどのような居場所なのか。香坂の私生活での不品行ぶりが垣間見えるキャラクターストーリー第1話を読んだとき、「他のスタオケメンバーたち(すべて男子)とはどういった関係になるのか」「サークルクラッシャーのような存在にならないか」と危惧したユーザーもいたのではないだろうか。
 だがキャラクターストーリー第8話で判明した通り、香坂の恋愛対象は女性に限られ、他のスタオケメンバーに恋愛感情を含む絡み方をすることはない。そして男子たちも基本的には主人公(朝日奈)を好きになるよう設計されたキャラクターであるというメタ的に都合のよい点もあるが、香坂に対し一定の距離を保ちながら尊重している様子がうかがえる。これは「金色のコルダ」シリーズがもともと女性向け恋愛ゲームタイトルで、主人公以外の女子キャラクターが攻略対象の男子キャラクターと絡むことを忌避されることからくる配慮と思われる。

凛の香坂に対するイメージ(「組曲 禁断のレチタティーヴォ」第1話より)
香坂のオペラ趣味について、拓斗は「期待を裏切らない」と感心する(「組曲 禁断のレチタティーヴォ」第2話より)

 いずれにせよ、男子たちから無駄な恋愛感情を寄せられず、それどころか好きな女の子(主人公)を巡るライバルとして対等に扱ってもらえるスターライトオーケストラは、香坂にとって居心地のよい場所なのではないか。

すべての女性のための物語として

 「金色のコルダ スターライトオーケストラ」を開発しているのは、株式会社コーエーテクモゲームスの開発部門のひとつで女性向け恋愛ゲームを多数制作してきたルビーパーティーである。「金色のコルダ」シリーズもまた女性向け恋愛ゲームタイトルであり、コルダの世界観を継承するスタオケもその流れを汲んでいる(ただしジャンル名は「育成シミュレーション」であり、恋愛は含まれていない)。
 ルビーパーティーはその制作する女性向け恋愛ゲームに「すべての女性に贈る」という文言を付して発売してきたが、その内容はいずれも「女性主人公がある目標達成のために努力する中で、男性キャラクターと恋愛する」というものであり、女性の同性愛については触れてこなかった。女性キャラクターがいても、彼女らは女性主人公と永遠の友情を結ぶにとどまっていたわけだ。PSV「金色のコルダ3 フルボイス Special / AnotherSky」トレジャーBOXの予約特典で円城寺冴香が恋愛対象として登場したことはあるが、あくまでもサブキャラクターであるし、初登場から何年も経過してから提供されたおまけ要素であった。

 つまり、「友愛」ではなく「恋愛」の関係を明確に主人公に求める女性メインキャラクターとして創られたのは、香坂が初めてなのだ。なお、ルビーパーティー制作のゲームに男性キャラクターが何十人と存在するが、香坂のように性的指向そのものについて苦悩を抱えるキャラクターは彼らの中にいなかったことを申し添えておく。

 難しいのは、描き方によっては、香坂のストーリーが単なる消費コンテンツになりかねなかったところである。若く美しい少女たちがお互いに友情以上の特別な感情を抱き合っていてエモい! ハッピーエンド!だけで終わっては、非当事者が同性愛の美しくおいしいところだけを切り取って楽しむのみになっていただろう。それではあまりにも不誠実である。音楽の苦しみと喜びの両面を描いてきた「金色のコルダ」シリーズである以上、女性が女性に恋する、その苦しみと喜びの両面を、香坂の物語では描かなければならなかった。
(かといって、筆者もどちらかといえば非当事者に寄った立場であるので、当事者である同性愛者の女性に「これは単なる消費だ」と言われてしまえばそれに反論するすべを持たないのではあるが)

 ただし、女性向け恋愛ゲームのユーザーの一部には男性同士・女性同士を問わず同性愛に対し強い忌避感を持つ人々も存在することから、そもそも香坂の実装が失敗に終わる可能性もあった。ゆえにスタオケ運営は、香坂の実装について慎重に事を進めていたようだ。というのも、2021年2月のアプリリリース当時、香坂のカードはメインストーリー3章クリア後に自動的に配布される恒常Nカードのみで、「組曲 禁断のレチタティーヴォ」開催までの半年間一枚も追加されず、イベントキャラクターとしてピックアップされることもなかったのである。運営は香坂に対するユーザーの反応を約半年間観察し、満を持して彼女の実装に踏み切ったことがうかがえる。
(異性愛者の)女性向け恋愛ゲームを制作して25年以上になるルビーパーティーとしては非常に大きな転換点であり、個人的にはルビーパーティーブランドのファンとして、この挑戦を真摯に受け止めたいと思っている。なにより、香坂の物語を読むことができて本当によかったので、香坂の実装を求めてアピールしてきたユーザーたちにも感謝したい。

 以上、香坂怜と彼女にまつわる物語について長々と書き連ねてみた。女性同士の恋愛に嫌悪感を持たない人、逆に興味がある人は、スタオケの世界に飛び込んで香坂の物語をたどってみてほしい。

※2023/03/03 修正:香坂の母に声優が当てられていないと書いていたが、エンドロールに名前が書いてあるのを発見したので該当部分を削除した。キャストの方に大変な失礼を働いたことをお詫び申し上げたい。

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