スイスイ
【危惧】「ていねいなくらし」が横行してる。
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【危惧】「ていねいなくらし」が横行してる。

スイスイ

わたしは、ドリップコーヒーを飲む。
粉の入ったフィルターにお湯を注ぐだけでできる簡単なやつである。

このインスタントなコーヒー嗜好に「ていねいじゃないな」と感じる人が、この日本にひとりはいる気がして、それに危機を感じてこれをかきはじめている。

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「ていねいなくらし」が流行りはじめ数年経っている。
バターを使わないおかしづくり、蚤の市でえらんだ一点ものの器、DIYで直した家具、量産されていないなにか、せわしくない時間の過ごしかた。つまりはこだわった衣住食。
"ほんとうに"「ていねいなくらし」をしてる人をわたしは尊敬する。
そこでいう"ほんとうに"「ていねいなくらし」をしてる人というのは、わたしがおもうに、どこをていねいにして、どこを雑にするかどうかを、自分で"ていねいに考えて"暮らしている人のことだ。この人たちは、わたしのようにドリップ珈琲を飲んでいる人をばかにしたりしない。なぜなら、どんな選択にしろそこにはこだわりぬいた背景があるかもしれないことを彼らは知っているから。

一方で昨今、フォーマット化された「ていねいなくらし」のコスプレをしている人が少なくない。自分はどう生きたいか、なにを雑にしてなにをていねいにしたいか、なにも考えず、<ていねいなくらし関連の本を出してるひと、もしくは#ていねいなくらしタグで有名なインスタグラマー、あるいはその人たちと親密につながっているひとたち>が、"たどりついた暮らし"を完コピして「ていねいなくらし」を装うひと。

DEAN&DELUCAのエコバックが流行ったとき同じバッグを持ったひとをわたしは危惧しない。流行に乗ること自体は愚かなことではなく「(ダサいと思われるよりは)流行りに乗りたい」という感情は、モテという名の子孫繁栄方面の発展希望に関連して生理的な欲求でさえあるから。

わたしが危惧しているのは、"流行にのって「ていねいなくらし」なコスプレをしている人たち"それ自体ではない。コスプレをしているにもかかわらず、自分が本当にていねいなくらしをしている、と"思い込み"、それ以外の価値観の人を排除する、そんな無自覚コスプレイヤーに対して、である。

自分の考えだと"思いこんで"誰かの真似をする人は愚かだ。
本質から自分で考えていない分、そこにたどりつくまでに至った経緯がその人には当然すっぽり抜け落ちていて、結論しかない。だから自分と違う結論に至っている相手と出会ったとき、枝葉が別れる前に戻って思考しなおしてみることもできない。

<ドリップコーヒーはていねいじゃないくらし!>
<豆から挽くコーヒーこそていねいなくらし!>
以上!

そんな答え合わせシート思考でいたら、生命として生を終わらせるそのずっと前にある意味おわっている。

洗濯物は干さずに乾燥機をつかうことも多い。味付けにウェイパーをつかうことも多い。息子のようちえん入園に必要なものは全部既製品を買った。蚤の市ではなくIKEAでみつけた皿を使っている。てざわりの悪いセーターも着ている。あげたらきりがないくらいわたしのくらしは「ざつ」な選択をしているものが多い。だけど、こどもとの会話にとても時間をかける。言葉遣いに細心の注意を払う。約束には何があっても遅れない。万が一遅れてしまう場合は1分すぎる場合も連絡する。家族や友人への発見や感謝を余すところなく伝える。靴下は100%インパクトのあるものを履く。息子に嘘をついたりごまかしたりせず伝わる言葉を模索し粘り強く話す。

それら「ていねい」が守れるように、1日に何回も飲むコーヒーは、時間がかからずかつ、香りがいいものとして小川珈琲のドリップパックを選んでいる。

誰が悪いというわけではない。ただ、自分を「ていねい」だと思い込みながら「ざつ」に生きているひとはそれに気づいたほうが幸せに生きられると思う。とにかくわたしは、これからも「ていねいに」くらしたい。

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エッセイスト。書籍「すべての女子はメンヘラである」/作品集はマガジン『ベストアルバム』(無料)/月額マガジン『君の日常と混浴したい』連載中/経歴や依頼条件は「仕事依頼」noteに/お仕事連絡はsuisuiayaka@gメール✉️/