愛の《終わりはじめ》のこと
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愛の《終わりはじめ》のこと

スイスイ


保険のため「ノンフィクションです」とは断言しませんが現実の記録です。


愛には「終わりはじめ」がある。

とずっと思ってる。終わったどの愛にもある「終わりはじめ」とは要するに自分で振り返ったとき「あ、いま思えばあのタイミングから(恋愛関係である二人のあいだの何かが)終わり始めたな?」と感じる【目印】を指す。

たとえば個人的かわいい例を出すなら。
セックスに数字を持ち出したとき。セックスに機材を持ち込んだとき。あるいはセックスに貸し借りが発生したとき、食事中に相手の咀嚼音が耳につくようになったとき、相手の元恋人が幸せそうにみえたとき、とかとか!

そんなふうに色々愛を終わらせながら「終わりはじめ」のバリエーションを重ねつつ、完全に愛をわかった気になりはじめてた26歳のある夜。突然発生したある相手との「終わりはじめ」でそれまでの全説が薙ぎ倒され「それ」が唯一の答えになってしまった。そんな超個人的な話を書く。


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相手はUくん。はじまりは2003年。出会ったのは夏。場所は名古屋駅すぐの予備校。Uくんも私も高校3年生。通っていた高校は別々。出会った日のUくんは細身の真っ赤なパンツに透け感のある赤い髪、ちいさな頭、うすく茜色がついたレンズのメガネ。くたっとした革靴と革鞄。おしゃれとかおしゃれじゃないとかの次元を一つ超えて「NANA(矢沢あい)の(世界から飛び出してきたような)人!」という印象だった。

(シンプルに気温的に)かなり灼熱な午後だった。その夏わたしは色々あって無差別的に知らない人に声をかけることに抵抗がなくなっており、その日も予備校自習室で、ふたりきりになったUくんに「そのパンツ、レディースですか?」と声をかけたのだった。「え、いや??メンズです」それが最初の会話だったけど、彼のパンツがレディースかどうかなんて全然興味なかった。

そのまま少し話して、自習室を出てすぐの非常階段に移動した。なんとなく好きな小説や音楽の話を始めたら3時間半経っていて、おでこから背中まで汗でぐしょぐしょで、それでも何も気にならなくて(だって、18歳だったのだ!)手のひらまで湿りだしたころには西日が深まってた。
好きなバンドや小説名を口にするたび叫びあった。相手が発するぜんぶが自分の愛するものばっかりで、本や音楽について同じ熱量で話せる相手に初めて会った。山田詠美や桜井亜美や村上春樹やエゴラッピンや上原ひろみやナンバガやgo!go!7188について語り合える男子校生が存在することを知らなかった。

日が落ちきる直前、ふたりで非常階段をかけおり名古屋駅のひろいコンコースを猛ダッシュで突っ切り、当時できたばっかりだったタワーズの展望台にエレベーターであがって夜景をながめながら「付き合おう!」となった。いま思えば奇跡みたいな青春だけど、どこか達観していた18歳の私は「このさき大人になれば別に、このくらい趣味のあう相手は現れるよね?」と思ってた。35歳のいま私から教えてあげたいのは「二度と現れないよ」ということ。


その夏、予備校に通いつつ週に何度も彼の家で過ごした。高台の上の上の上の高級住宅街にあるその家は、現代アートみたいな迫力の白い立方体で、半地下のガレージには見たこともない外車や何に使うかわからない工具が並び、広いリビングには色とりどりの海外雑貨がきれいに飾られて、家中に暖かくていい匂いがしていた。センスと愛情がつまった生活がまぶしかった。当時Uはファッションも音楽も70年代のUK文化に夢中で、彼の部屋の真ん中にどんと置かれたベッドのまわりには海外のコレクションやポスターが張り巡らされていた。

私が何を言ってもニコニコ肩をすくませて「へへっ」みたいに笑うUは、強めのファッションに反して柔らかで弱めの性格だった。それまで女の子たちと仲良くなっても友達以上になれず、まともに付き合うのは私が初めてだったらしく、童貞だったUと処女じゃなかった私はセックスばかりした。あの頃もっといろいろ話せばよかったのかもしれないけど、とにかく私たちは一応受験生で、それなりに切羽詰まった夏に出会った18歳で、梱包材のプチプチみたいに何も考えず時間を潰すことに夢中だった。


付き合って2ヶ月、いきなり私が振られることになる。Uが高校の軽音イベントにゲスト出演(?)すると聞き、私ははじめてライブハウスというものに入った。暗く激しいそこは田舎の進学校生である私には危険すぎて(たぶんタイトロープだった)フロア端で固まるわたしをよそにステージに飛び出したUは岩崎宏美の「タッチ」を歌い(めちゃくちゃ良かった。Uの歌声はベンジーなのだ)その日いちばん会場が沸いた。そんなスター性のある人と知らなくて、その日一瞬で私たちの立場は逆転した。18歳なんてそんなもんで、物足りないと思ってた彼氏の値打ちが高そうだと気づいた瞬間手放すのが怖くなる。ライブ10日後には「ちょっと重いかも」と振られた。

ショックではあったけど、Uに出会った時点で予備校講師だった恋人に振られ11キロ痩せていた私にとって、それは20本折れてた骨が追加で5本折れたようなもので、その後も懲りない私は予備校内で恋をしつつ(なぜなら予備校講師である元彼に見せつけるため!)また振られて傷ついたまま受験本番に突入。入試会場で壁倒立をしつつ気持ちを紛らわせながら、地元名古屋の私立大学に入ることになる。


そうして2004年春。入学式。
着物やスーツの新入生たちが写真撮影をしまくるなか、別れてから連絡をとっていなかったUが私の目の前で固まってた。誰にも殴られたりしてないだろうに殴られたように歪むすごい顔だった。あとから聞くとそれがその後何年も続くことになる(Uにとっての)泥的な日々のはじまりで、Uはその日入学式にコスプレみたいなマーメイド型のセットアップドレスと赤いピンヒールで参加していた私の格好をみて再び「恋に落ちた」らしかった。理由が服だろうが、相手が平凡な私だろうが、恋に落ちるときは落ちるしその落ち先が異常に深い場合もある。

(ここが中間地点です。一回休憩するなら今です。)

大学に入って一ヶ月。Uの猛烈なアプローチで私たちはまた付き合うことになる。が、華奢なのに勢いでアメフト部に入ったUは「毎日遅くまで練習したあと自転車で50分かけて私のバイト先に来て、店から10分もかからない私の家まで送る」というハードな生活をはじめる。一方でわたしは軽音楽部に入ってしまい、軽音学部に入ったということは陰湿な部内恋愛を繰り返すという意味で(※諸説あり)まさにそうなり毎日Uに家まで送ってもらいUからの暖かなメールや着信をたびたび無視しつつ、別の人(軽音の先輩)を好きになる。

入学式から8ヶ月経った冬だった。
Uに「別れたい」と伝えて、その2時間後にはその先輩と付き合い、その人と別れてからは後輩と付き合い、数珠繋ぎに陰湿な恋愛を繰り返す。

そんなふうに(まさにNANAにおける奈々のように!)私がつぎつぎ別の人と付き合う一方で、Uは誰とも付き合わず、ひたすらマッチョになっていく。もう一つ変わったのはUが免許を取り、左ハンドルの巨大な車を手に入れたこと。

彼氏に会えない夜、私が連絡するとUはすぐ寮やバイト先に来てくれて、真夜中の高速を飛ばしてふたりで海に行ったりした。Uはどうみても私のことがずっと好きで、だけど私は毎回助手席や砂浜でそれには触れないまま、彼氏への不満やUの好きなところを話し続けた。

私が誰と付き合っているときも、誕生日になった瞬間一番にメールをくれるのはUだった。当日一緒に過ごすことはなくキャンパスでプレゼントを受け取るだけだったけど、毎年私が好きなブランドのカバンやアクセサリーや私が好きなチーズケーキを届けてくれた。その後も私はUを呼び出し、そのたびUはニコニコ喜んで来てくれた。


そんな日々が続いた大学3年の秋。
キャンパスのメインストリートを正門に向かって歩いていた私の前に、知らない女の子が現れた。私と同い年か一個下くらい。その子は私の顔をみて突然「もうUを解放してあげて!」と叫んだ。あれは夏か、冬だったかもしれない。とにかく「こんな不快な気候のなか、この子は何を言ってきてるんだろう??」とかなり苛ついたことだけは覚えてる。その子はずっと何か言ってたけどよく聞き取れなくて、だけど私はちゃんと相槌を打ちつづけた。

あのとき彼女が使った「解放」の対義語はなんだったんだろう。
それが何なのかとっくに分かってたはずなのに、当事者である私とUはそれからも随分わからないふりで会い続けた。どんどんマッチョになるUの身体と、どんどん化粧が濃くなる私だったけど、関係はずっと変わらず近くて遠かった。音楽や小説や服について語り合い、暇な真夜中には私からの連絡を受けすぐ迎えにきてくれて、海か山に行ったり何時間も国道を走ったり、手をつないだり窓を開けて熱唱したりした。


大学4年になると私は、Uの親族が経営するクラブでホステスのバイトをするようになる。Uはたまにボーイとしてフロアにいて、目が合うとあきらかに心配してきて、ほんとーーーーーーーーーーーーーーーーーにうざかった。その頃は一緒にいてもUの好意自体面倒くさかったし、わたしが助手席で脈絡なく不機嫌になる率も高くなってた。私がどんな態度を取ってもUはニコニコ肩をすくめて「だいじょうぶ?」「なんか飲み物買ってこようか?」とか言うのだ。その底なしの優しさに、ほんとうに底がないのか??ないとしたらつまらないし酷い!と謎に憤るわたしはなんとか底を目指し彼の限界を探り続けてた気がする。


思えばそのころずっと『だから私を嫌っていいよ?』と思ってた。
彼に対する私の全行動、枕詞がそれだった。


大学卒業と同時に、私は上京して、Uは関西で働きはじめた。
だけど引き続きメールをしたり、同じタイミングで帰省するときは地元で夜中に会った。私が関西まで行ったこともある。社会人になって何年経っても私には常に彼氏がいたけど、私とUはいつも二人きりでご飯を食べたり海に行ったりした。途中「彼女ができた」とUから聞いたこともあったけど、私に会うとUはその子のことを「全然好きじゃない」と言い切って、どこが嫌なのか事細かに教えてくれるからそのたび私の心は温かくなった。


そうしている間に、わたしは長く付き合っていた彼氏にプロポーズされて結婚することに決まる。入籍予定日までは数ヶ月あり、Uにも一応報告しようと思って、久々に会うことになった。その頃はお互い仕事が忙しくて会うのはだいたい1年ぶりだった。Uの車で真夜中、いつもの海に辿り着いた。

何十回と来た砂のうえだった。いつもどおり並んで座って、何気ない話題が延々つづくなか「結婚することになった」って何度か言い出そうとしたけどなかなか言えなくて、まあ言わなくてもいいかな、と思いはじめたとき、Uが突然「彼女と結婚することになりそうなんだよね」と言ってきた。は?と私が強めの声で返すと、

こないだふたりでハワイにいったとき、プロポーズしたんだよね、と続いた。は?ハワイ?ていうか、彼女ってあの好きでもなんでもない彼女?と私が被せて質問すると、いや、まあそうだったんだけど、一年前に彼女から一回振られそうになったら逆に好きになっちゃって、この人と結婚したいなと思って、こないだハワイで、プロポーズした。
と、青く黒い砂浜のうえの猛烈に尖った磯臭い風のなか、風車みたいな大きな白いものが遠くにまわるのがぼうっと見えるなか、ちかくの国道からバイクのエンジン音がぶわぶわ響くなか、Uは私にそう言った。

あー、え??そうなの?と声をだす私にUが、そっちも結婚するんでしょ?前からそう言ってたじゃん、と言ってきたから私が最後の最後の砦として「いや、わたしは結婚しないかも。だからUもしなきゃいいじゃん」と言うと「いやーもうプロポーズしちゃったしなあ」と眉を下げてゆるやかな声で答えてくる。


そのとき私は、久しぶりに、ほんとうに久しぶりに、Uと付き合ってすぐの高校生のときの、Uの家から帰るときの、自転車二人乗りで、ものすごく急な坂をくだる景色を、思い出した。


Uのお母さんが帰ってくる直前に家を出ようとするといつも夕焼けの真っ只中で、Uの自転車の後ろにまたがって、Uの背中にしがみつき、Uの肩に顎をのせる私の視界には、みたこともないほど巨大で真っ赤な夕焼けがえげつなく広がり、街のぜんぶを呑もうとする勢いだった。下にみえるアピタも木々もそのへんの家全部もみんなみんな同じ真っ赤で、私たちもそこに食べられにいくような勢いで、とんでもない急勾配を一気にくだりはじめる。Uはブレーキをいっさい使わないから、すごいスピードになる。私の甲高い叫び声とUの雄叫びみたいに楽しそうな声は夕焼けの赤に混じって夏のぬるく冷えだした空気と、どこからかきた緑の匂いとかとひとまとめに混ざり絵の具みたいにぐしゃぐしゃになって、そのなかにまっすぐ線を引くように自転車は駆け降りる。どこかにぶつかったら即死するような風速で落ちてく私たちは無敵で、あのときわたしは確かに「この景色だけは大人になっても忘れない気がするな」と、たしか、そうだ、いまおもえば、唯一わたしたちに上下関係がなかったあの夏のはじめ、シンプルに大好きだったUの背中で、腹の底から声をあげながら、目が乾いてどんどん滲んでく視界のなか、思ったのだ。


あの景色をなんで忘れてたんだろう。
あんなすごい景色、忘れるわけなかったはずなのに。なんで。


そう思いながら引き戻された私の意識は寒い砂浜の12月で、あの夏からはもう8年も経ってた。すごく遠いところにきた。かなり一緒にいた。だけど8年間、一度も思い出話をしたことがなかったなあと気づいたのは、その極寒の砂のうえでUが思い出話をはじめたときだった。あんなところにいったよね、とか、Uにあわせて私も色々話しだした。山や海だけじゃなく、焼き鳥もいったし、付き合ってるとき色んなラブホもいったし、Uが常連だった古着屋さんにも二人でよく通った。服もたくさん交換したし、浴衣でプリクラも撮ったし、別れてからも公園とか県外のイオンとか、別れたあとか前かわかんないけど万博もいったよね、とか思い出して喋りあって、そしたら、波がさわーーーーーーーーーーーーーーーーとしずかになって、そのとき会話の最後の最後で、風まで全部おさまった砂のうえで、私の方にしっかり顔を向けてUが、こういったのだ。


「あのころ、俺のこと都合よく呼んでただけだったよね」と。


怒った表情じゃなかった。歪んでもいない。雲ひとつない清々しすぎる笑顔だった。なんの気負いも迷いもなく心から思いきり自由に笑うと人は、こういう顔になるんだ?っていう笑顔、そんなふうに彼が笑うのをわたしは初めて見た。それで、そのとき私は、時間がとまるその砂浜で思った。

あーーーーーーーーーーーーー、なるほど。
笑えるようになったときに終わるんだ ??って。


愛の終わりはじめの話です。覚えてますか?これは「愛の終わりはじめ」の話でした。〈セックスに数字を持ち出したとき。セックスに機材を持ち込んだとき。あるいはセックスに貸し借りが発生したとき、食事中に相手の咀嚼音が耳につくようになったとき、相手の元恋人が幸せそうにみえたとき、とかとか!〉とかそんなんじゃねえのです。そんなことじゃなかった。愛がほんとうに終わりはじめる合図とは、執着とか失敗とか服従とか依存とか束縛とか支配とか、そういう乾かない傷口みたいな日々のこともぜんぶまとめて遠目に眺めることができて、そのぜんぶを手放しで、笑っちゃえるような状態になることでした。だから私を嫌っていいよ?ねえ、私を嫌っていいんだよ???!?!私を嫌っていいよ?!ねえ?!?!!!!!!!!!!って、たとえば私がその肩をつかんで暴言を吐こうが砂浜に押し倒そうが泣こうが脱ごうが謝ろうがぜんぜん、なにも届かないところに君は行こうとしてた。いつの間に?


それまで8年欠かさず続いていたUからの誕生日おめでとうメールは、つぎの誕生日から来なくなった。Uと奥さんが、ハワイとかグアムとかちゃらちゃらした、量産型夫婦みたいな新婚旅行先にいってくれたらまだ私も笑ってられたけど、facebookにアップされた行き先はメキシコだった。いや、メキシコなんて行きたかったんだ??見たことない瓶ビールと裸足で映るUがまぶしかった。Uがどこに行きたいか、どんな食べ物が好きかなんて、もうずっと知らなかった。おかしいな?おかしすぎるんですけど。おかしいよね!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!



こうして、彼にとって泥みたいな8年が終わった。
あの夜からなんとさらに9年ちかく経つ。昔は8年もわたしのこと好きでいてくれた人がいるなんて相当長いと思ってたけど、そんなこともなかったのかもしれない。この9年はあっというまで、だけど私にはずっとあのえげつない夕焼けの赤が忘れられなくて、直接見てもいないメキシコの空まで消えなくて、そのぜんぶを真顔で眺めながらこれを書いてます。長いな。長くなるな。もしかしてその8年は、私にとって80年とかになるのかな。笑う。




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※この文章は、誰に頼まれたわけでもなくPRでもなく、書きたくて書いたエッセイです。そしてこれは【2021-22 秋冬】に発表しつづけようとしている新作エッセイシリーズの2作目です。なぜ今シーズン新作をnoteに発表しまくろうと思ったかは1作目に書いてあるので読んでね。3作目は12月公開予定です。


〰〰【2021-22 AW エッセイ集『だから私を嫌っていいよ?』】〰〰

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スイスイ

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スイスイ
エッセイスト。書籍「すべての女子はメンヘラである」/作品集はマガジン『ベストアルバム』(無料)/月額マガジン『君の日常と混浴したい』連載中/経歴はプロフィール↓に/お仕事連絡はsuisuiayaka@gメール✉️/こないだの創作大賞受賞したのは「愛の《終わりはじめ》のこと」🍰⚡️