Sui

スイと申します。小説を書くのも読むのも好きです。よろしくお願いします。

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『しゃべるピアノ』☆彡

「おーい!今日は弾かないのかい?」 部屋の隅から、古びたアップライトピアノが声をかけてくる。 何年もほったらかしにされていたことに業を煮やしたのか、ある日突然しゃべり始めたかと思ったら、毎日自分を弾くようにとうるさく言ってくるのだ。 俺が無視していると、ピアノはさらに声を張り上げた。 「聞こえないのかな?もしもーし!」 しぶしぶピアノの前に座り、楽譜を開いた。子犬のワルツを弾き始める。ずっと調律していないせいで、微妙に音程がずれている。 「また同じ曲?」 うんざ

    • 読書感想文:昇りつめた幸福の先に、落ちていくこと以外の何があるのか

       ぶ、分厚い...。  書簡形式...え、大河小説?うそやろ。こんな厚みの分、手紙のやり取りようせんやろ。  思ってたのと違うかも。ネット注文にありがちなやつだ。  買ったのがネットじゃなくても、かわいらしい表紙に騙されていただろう。  通勤のお供にと買った「ののはな通信」を私は電車で読むことはなく(それどころか分厚いと思った本を一日で読破した)思考を根こそぎ持ち去られ、何日もぼんやり過ごすことになった。  「ののはな通信」では、野々原茜(のの)と牧田はな(はな)の高校生

      • 『株式会社リストラ』▽■

        まさか。自分がリストラなんて、考えたこともなかった。 だって、うちはブラック企業なんだ。 万年人手不足、残業は当たり前。 それでも、家族のために頑張ってきたのに。 我慢して勤めていたはずなのに。心が追い付かない…。 気が付くと家の前だった。どんなに動転しても帰れてしまう自分に笑えた。 何があっても、家族が俺の帰る場所なんだ。 妻の反応は案外あっさりしていた。休暇だと思って休んだら、と。 家族のために身を捧げていた自分が認められていなかったのかと落胆したけど、妻

        • 『数学ギョウザ』

          河辺の授業は退屈だ。出欠確認が終わるや否や居眠りの体制に入っていた俺は、数学の授業でおよそ耳にしたことのない単語に睡眠を妨害された。 「えー、下に凸な二次関数のグラフですね。まず頂点の餃子を求めます」 河辺はいつもの単調さで、餃子、と黒板のグラフに書き入れる。 生徒に退屈と言われ続け、渾身のギャグをかましているんだろうか。全く面白くないぞ、河辺。 「おい、デラ。あいつ何言っちゃってんの」 前の席の小寺を小突く。 「は?」 てっきり笑いを噛み殺していると思ったら、

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        『しゃべるピアノ』☆彡

        • 読書感想文:昇りつめた幸福の先に、落ちていくこと以外の何があるのか

        • 『株式会社リストラ』▽■

        • 『数学ギョウザ』

          『空飛ぶストレート』○○

          振りかぶって、勢いよく投げる。 届け、と願って。 霞のような雲のはりついた、薄いブルーの空を目指して、紙飛行機が飛んでいく。 「信くん、なにしてるの」 町外れの丘の上の公園に信を見つけて、文香は声をかけた。小さな公園には、2人のほかに誰もいない。 信は文香を一瞥すると、黙って紙飛行機を上へと飛ばした。重力に負けてそれは、音もなく地面に落下する。 「学校来ないからみんな心配してるよ」 答えず、信は紙飛行機を拾い上げた。 「ねえ」 「これが届いたら、行く」 まだ

          『空飛ぶストレート』○○

          『アナログバイリンガル』◇■

          あなたを一目見た春間に確信しました。私はあなたをとても恋していると。あなたのかわいさはちょべりぐ。友人に聞いても、あなたの美しさはわかりみだと言います。我々の小意地には数多の困難があろう。けれど我々なら大丈夫。私の愛をなかったことにしないでおくれ。あなたの返事がノーなら、私はぴえん。 『書きあがりました、旦那さま』 代筆業者はそうテレパスすると、手紙を主に差し出した。 『この恋文で、わが愛は実るだろうか』 『ええ、きっと。親しみを表すためにカジュアルな言葉も織り交ぜて

          『アナログバイリンガル』◇■

          『コロコロ変わる名探偵』★☆

          ひまわり保育園ひよこ組には騒動が絶えない。 本日は一番小さいゆうちゃんが、頑として昼寝を拒否して泣き続けている。かけた布団もすっとぶ大暴れだ。 騒ぎを聞きつけたアヒル組の面々は、今日もまた出動する。 「おひるねしないとおやつたべられないよ」 まもちゃんが冷静にたしなめるも、 「やんや」 とゆうちゃんは譲らない。 「おうたうたおっか?」 「ぶう」 すーちゃんの申し出に、ゆうちゃんは顔をそむけてしまった。 「おしっことか」 「うえーん」 けいちゃんの推測に

          『コロコロ変わる名探偵』★☆

          『1億円の低カロリー』□■

          「なあ、低カロリー持ってる?」 「んー、ない」 「お前でも持ってないかあ」 「メルカリに売ってんじゃね」 「えー、中古ぉ?」 「新品未開封ないの?」 「今見るわ」 「どうよ」 「なーい」 「いいじゃんか、中古で」 「げー、180キロカロリー1億円だって」 「ぼったくってんな。ばら売りないの」 「ない。いや、あるけど単価くっそ高い」 「じゃあ諦めろ。週末浜松行ってドンキで買えよ」 「浜松かよ」 「ところでさ」 「うん?」 「これ、何の遊び?」 「お前のノリのいいとこほんと好き」

          『1億円の低カロリー』□■

          『金持ちジュリエット』◇◆

          ロミオが棺を覗き込むと、ジュリエットはただ眠っているようだった。頬には赤みが差し、豊かな金髪はつややかだ。 しかし彼女が目を開くことは二度とないのだと悟り、ロミオは絶望した。 「愛しい人、今すぐ君のもとへ!」 ロミオは懐から短剣を取り出すと、自分の胸に突き立てた。 血しぶきを浴びるジュリエットの白い肌。 棺に覆いかぶさるように倒れたロミオの胸からどくどくと血があふれ、ジュリエットを赤く染めていった。 鮮血がどす黒く変わったころ、ジュリエットは目を開けた。 「ああ

          『金持ちジュリエット』◇◆

          『君に贈る火星の』○゜●

          ねえ、聞こえるかい? 私ですか、だって?そうさ。 そんな怪訝な顔しないでおくれ。同じ太陽系の、お隣の惑星の仲じゃないか。 最近、君の地表は灼熱のマグマも落ち着いて、雨が降り始めたみたいだね。そのうち海ができるだろう。今の私みたいに。 反面、私はどんどん大気を失って、冷え始めている。全てが氷に覆われるのも、時間の問題さ。 おっと、愚痴じゃないよ。 私の地表には、近頃やっと生命が出現してね。それを君に託したい。まだ単純な作りだから、自転にのせて送り出せば、生き残って君

          『君に贈る火星の』○゜●

          『違法の冷蔵庫』▲▽

          「山本君、今日はこの冷蔵庫の整理をお願い」 バカでかい業務用冷蔵庫を前に、先輩司書の水野さんは何でもないように言った。 図書館に整然と並んだ書架の間に、当然のようにある冷蔵庫。 口をぽかんとあけた僕の顔を見て、ちょっとほほえむと水野さんは冷蔵庫を開けた。 ひんやりした空気と一緒に、古い紙の匂いがあふれ出る。中には本や冊子、新聞などが入っていた。 「全部、事件の記事や資料、大きな事件のドキュメンタリの本よ」 水野さんは冷蔵庫から新聞を一部とって広げて見せた。五年前の

          『違法の冷蔵庫』▲▽