【SUISEI WORKS🪐】HOTEL SHE, × 泊まれる演劇で挑戦する唯一無二の宿泊体験づくり｜泊まれる演劇の舞台裏Vol.3　事業戦略編

株式会社水星のエンターテインメント事業部が展開するホテルに滞在しながら鑑賞・体験する没入型の演劇作品「泊まれる演劇」。日本で唯一無二の宿泊型イマーシブシアターとして、これまで、累計13作品、のべ10000人以上のゲストを動員。これまでの演劇や宿泊体験の枠に留まらない新しい体験として今、大きな注目を集めています。

今回は全3回にわたって、「泊まれる演劇」を特集。最終回となる今回は、ビジネス視点で見る「泊まれる演劇」について。「泊まれる演劇」の経営戦略・事業戦略について、水星代表の龍崎と同事業の発起人でありプロデューサーの花岡さん、COO大籠さんの3人が語りました。

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龍崎翔子
代表取締役CEO / ホテルプロデューサー
1996年生まれ、水瓶座。東京生まれ京都育ち。東京大学経済学部卒業。2015年に株式会社水星を設立後、2016年に「HOTEL SHE, KYOTO」、2017年に「HOTEL SHE, OSAKA」、2021年に「香林居」、2022年5月に産後ケアリゾート「CAFUNE」を開業。そのほか、ホテルの自社予約SaaS「CHILLNN」の開発・運営や、観光事業者や自治体のためのコンサルティングも行う。

大籠亮介
取締役COO
福岡生まれ北海道育ち。北海道大学経済学部卒業。富士フイルム株式会社にて、商業用刷版の日米のSCM業務や在庫管理システム開発のプロジェクト進行等を経験後、水星に参画。入社以降、水星の運営する各施設の開業推進、マネジメント業務を経験すると共に、経営企画やバックオフィス構築を担う。2020年にプロデュース事業部を発足し統括、2021年4月よりCOO、2022年4月より現職。

花岡直弥
エンターテイメント事業部マネージャー・泊まれる演劇プロデューサー
1993年奈良生まれ、慶應義塾大学SFC卒。広告会社にてデジタルマーケティングに従事した後、2019年水星入社。同年「泊まれる演劇（現エンターテイメント事業部）」立ち上げ。以降事業マネージャーとして、全作品の統括プロデュース・クリエイティブディレクションを担当。原案制作や物販・料飲の企画開発、WEBからSNS運用まで一気通貫したマーケティングセールスなど、「作る」と「伝える」を緻密に計算した戦略的クリエイションを得意とする。

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旅の目的地化するホテルを目指した「泊まれる演劇」構想からスタート

ーまずはじめに「泊まれる演劇」が始まった経緯について、花岡さんからお話しいただいてもいいですか。

花岡：2019年にプロジェクトを立ち上げたのですが、その当時はまだ（泊まれる演劇の事業を担う）エンターテイメント事業部というものはなくて、僕はHOTEL SHE, KYOTOの従業員として働いていました。そして、京都の繁忙＆閑散の差をどうすれば埋められるだろうかと考える中で、ホテル自体が旅の目的地になるような強いコンテンツを作る必要があるということで、そのアイデアの一つとして「泊まれる演劇」の企画が始まりました。

ー「泊まれる演劇」が始まる以前は、水星としてどのような取り組みをしていましたか？

龍崎：例えば、アーティストのSIRUPさんとコラボレーションをしたコンセプトルーム「HOTEL cure」や詩人の最果タヒさんとともに「詩のホテル」というプランをつくったりしていました。ですので「泊まれる演劇」が突然生まれたというよりは、ホテルの宿泊体験が目的になる企画を全員が考える中で、その集大成として生まれたのが「泊まれる演劇」だったんです。

HOTEL cure／2021年 HOTEL SHE,OSAKA

詩のホテル／2020年 HOTEL SHE,KYOTO

大籠：僕らのホテルの始まりが北海道・富良野でしたが、繁閑差が激しいエリアだったこともあり、旅の目的地になるという意識を以前から強く持っていたのかもしれません。HOTEL SHE, KYOTOも、リニューアル以前は目的地となるホテルづくりができていなかったので、観光市場の影響を顕著に受けていたんです。

龍崎：ホテルによっては閑散期対策を諦める場合もあるのですが、我々はお客様がいない時期にもなんとか人を取り込みたいという思いがあるので、こうした企画マインドは水星としてのDNAなのかもしれません。

花岡：時代の変化も大きいですよね。例えば20〜30年前のホテルでは、自宅では作れないような豪華な食事をスマートに提供してくれるといった「機能」が大きな魅力の一つでした。ですが、時代とともに消費者のライフスタイルも変化して、自宅にいても珍しい料理をスマホでオーダーできるようになって、そうなるとホテルに対して求められるものも自ずと変わってきます。個人的には、日常では再現できない身体的な体験やナラティブなものが今後の旅の一つのキーワードになるのではないかと感じています。きっかけは閑散期対策であったことは間違いありませんが、もっと根幹にあるこれからのホテルのあり方自体を考えて生まれたのが「泊まれる演劇」だったと思います。

龍崎：時代の変化で言うと、最近は「縦と横の非日常」というものを考えていて、バブルの時代のように普段の生活を離れて贅沢をするというのが“縦の移動がある”非日常。一方で、エアビーエヌビーのように誰かの日常を追体験するのが“横の移動がある”非日常です。その文脈で言えば、「泊まれる演劇」は“斜めの非日常”だと思っていて。非日常という言葉だけで言ってもベクトルの違いがあって、その中でも「泊まれる演劇」は特に未来の非日常をつくっているような感じがします。

花岡：今年は「イマーシブ」というキーワードが世の中的にもトレンドになっていますが、僕はそれが一過性の流行りというよりライフスタイルの変化の延長上にあるものだと思っています。だからこそ、これからもっと進化をしていく必要があるなと。

ー「泊まれる〇〇」というテーマは、そもそもHOTEL SHE,全体で大切にしてきた考え方ですよね。


龍崎：そうですね。ホテルが「ただ寝る場所」として捉えられていることがすごくもったいないと思っていて。だから、水星という会社がホテルをやる以上、ホテルという境界線を広げていくことができたらいいなと思っていました。例えばホテル空間を使った宿泊型のライブイベントとか、ホテルを軸にしたパジャマのプロジェクトのような企画も「泊まれる演劇」に通ずるものがあったような気がします。

泊まれる音楽イベント HOTEL SHE, MALTINE β

京都の夜を楽しむ観光プロジェクト BOY MEETS SHE, 京都夜遊び

コロナ禍だからこそ経営判断がしやすかった

ー時期的にはコロナ禍の影響もあったかと思うのですが、いかがでしょうか。

龍崎：当初はこんなに長く続ける想定ではありませんでしたが、コロナショックを経て「泊まれる演劇」が今日まで続いているのは、ある意味でコロナがポジティブに作用した側面もあると思います。というのも、観光需要がなくなったことでホテルが目的地になる強みを考える必要が出てきたし、ある意味でなんでもできる状態になったことも大きかった。何もしなければゲストが来なくなるから、それなら空間を全部使って面白いことをしようという経営判断がしやすい時期でした。

大籠：経営視点で見れば、普通にホテル運営をするのと「泊まれる演劇」をやるのと、どちらの利益が多いかを考えるわけです。コロナ禍で閑散期が続いたことで、経営視点でも新しい事業を始めるハードルはかなり下がっていましたね。

花岡：インバウンドのお客様もいらっしゃらなかったので、国内のお客様のニーズを突き詰めていく、あるいはニッチなマーケットを攻めることができたんだと思います。

大籠：実は「泊まれる演劇」自体もコロナ禍で最初の開催が延期になって、まずはオンライン公演をしてみようというスモールスタートに転換したんですよね。それもポイントだったと思います。

龍崎：コロナ禍ということもあり、ゲストの方々もやることがなくて、可処分時間を確保しやすかったという背景もありました。

花岡：移動ができず、オンラインコンテンツに対するニーズが全国的に増えたことで、一気にたくさんの方に「泊まれる演劇」というものを認知いただけたのは大きかったですね。

コロナ禍で実施していた「泊まれる演劇」のオンライン企画。
参加者は自宅から演劇を視聴し、物語にも参加する。

ー 一方で、まだ誰も体験したことのないコンテンツを広めるのは難しいとも感じてしまうのですが、どのように価値を伝えようと意識してきたのでしょうか。

花岡：僕は演劇をやってきたわけではなくて、幼少期に有名なミュージカル作品を少し見たことがある程度だったんです。ただ同時に、作り手として初心者の目線もあったことは大きかったなと。演劇ってすごくアングラなコンテンツで、創作もクローズドにおこなわれがちなこともあり、色んな意思決定が一人の作家に偏りがちなんです。たくさんの人やお金が動くのに、周りの人たちが意思決定に関わらない組織のあり方に、まず違和感を覚えました。

僕は前職が広告業で5年ほど働いていたんですが、アーティスト志向の組織カルチャーでモノを作ってこなかった影響もあり、「泊まれる演劇」の創作プロセスはかなり共創型で、あらゆるクリエイティブも広告やマーケティング視点で生み出されています。例えば、「泊まれる演劇」は市場の大きさやニーズも考慮して「演劇作品ではなく一泊二日の宿泊体験である！」と決めて、とにかくシームレスな体験設計に拘っています。数年前までは「カーテンコールはないの？」とお客様からのお声もありましたが、あくまで宿泊体験であることを大切にしています。

またプロモーションにしてもウェブサイトの作りにしても、広告的な視点を意識しています。例えば、消費者へのファーストコンタクトとなるメインビジュアルに出演者の顔だけが全面に出てると、その俳優を知っているかどうかで企画への興味関心が決まります。「泊まれる演劇」ではメインビジュアルに出演者を起用したことはなく、世界観が伝わるアートワークをプロモーションの中心に置いてきました。こういった点はかなり広告的な魅せ方かもしれません。

龍崎：私は「泊まれる演劇」は徹底的にエンタメショーであるということが大きな特徴だと思っています。それだけでも演劇業界的にはかなりの異端ですが、加えてIPビジネスを一切やっていない。つまり、大衆娯楽としてのエンタメをつくっている。それが大きな特徴だと感じています。

過去のアートワーク。ゲストをイメージしたモデルの起用や、イラストなどで世界観を伝える。

ービジネスモデルという観点で、「泊まれる演劇」の成功をどう見ていますか。

大籠：通常のホテル営業をした方が利益が高い可能性もありますし、「泊まれる演劇」をつくるためには一定の投資が必要になります。コロナ禍では最初なるべく慎重にならざるを得なかったので、実は期間も短いところからスタートしたんです。

龍崎：ビジネススキーム的には公演期間が長い方が利益率が上がるわけですが、一方で集客リスクが上がる。そのため、緻密な顧客分析を通じて集客施策を考える必要があります。経営側のリスクテイクだけじゃなくて、花岡さんによる公演スキームの設計やマーケ戦略のアップデートを通じて、この事業は成り立っているのだと感じます。

花岡：「泊まれる演劇」は水星でしかできないと思っています。それは水星が持つアセット、人材があってこそ成り立つものだからです。水星はホテルを実際に運営している会社でありながら、ユニークな企画をつねに考えている。そんなこと、普通のホテルならやろうと思わないし、やってもなかなか維持することができません。水星というフィールドがあったからこそ生まれ、続いてる企画なんだと思っています。

龍崎：通常営業に比べて「泊まれる演劇」営業が収益的にちょっとビハインドしたとしても、こっちの方が面白いし、会社全体としてのインパクトもあるはずだって思うんですよね。こちらからすれば、花岡さんがいるからこそできる事業だと思います。ホテル業を理解した上で、マーケティング、プロモーションも理解している。そのスキルは真似できないし、始めることができたとしても継続することはほぼ不可能じゃないでしょうか。

大籠：初期のステイクホルダーの巻き込み方なんかも凄かったですもんね。演劇業界とのつながりがそれほどない中で、想いに賛同してくれる役者さん、作家さんなどが見つかったことは大きくて、特に初期の結びつきには今でも感謝が絶えないですね。

当初は一回限りのイベントの予定だったが、2024年時点で累計13作品、
のべ10000人以上のゲストを動員するまで成長。

ホテル × エンタメのさらなる可能性に挑戦する新たなフェーズへ

ー「泊まれる演劇」自体のスキームについてたくさん話を聞いてきましたが、水星の他事業とのシナジーや新しい展開の可能性はあるのでしょうか？

花岡：水星の中にはいろんな事業部がありますが、今後は他の事業部とどのようにシナジーをつくっていくかがすごく重要だと思います。最近では遊休不動産を持っている会社さんから「この場所を使って面白いことをしたい」というような相談をいただくことも増えました。そういった場合に「泊まれる演劇」を軸にプロデュース事業部と一緒に企画を提案するとか、これまで培ってきた企画力を全社的にうまく共有していけたらと思っています。

大籠：これまで他のホテルさんからも「泊まれる演劇」を一緒にやりたいというようなお声かけをいただいてきたのですが、花岡さんが言う通り、自社でのプロデュース・運営だからこそ成り立っていた部分が大きくて。だけど、水星以外の場所でもやれる方法を考えていて、企画をパッケージ化して他のホテルへお届けしたり、展開していくということをまさに画策しているところです。

龍崎：そもそもエンタメ事業部は「泊まれる演劇」をやるためだけの事業部ではなくて、ホテル空間におけるエンタメコンテンツをつくっていくためのチームです。プロデュース事業部がホテルをハードからつくるのだとすれば、エンタメ事業部はソフトの段階でできることを企画して、よりホテルを面白くするための事業部だと思います。

花岡：今まで13作品を作ってきた中で、作品に対するお客様の満足度も大切ですが、それ以上にお客様の満足度をつくるノウハウをブランド内部に蓄積することを重要視してきました。つまり、一回限りの「すごく面白いものを作れました！」ではダメで、再現性を持って継続していくための方法論です。「泊まれる演劇」を劇団化せずに毎回チーム編成を変えてきたのも、ノウハウを蓄積する必要が生じる環境をあえてつくってきたからで、再現可能なモデルをつくることを目指してきたんです。どうすればお客様が楽しめるかを分析し、細かくリスト化したデータベースもあります。社内でこうしたナレッジを活かしていけるかもしれません。

イマーシブ体験において「どのようにすれば没入感が高められるか」「いかに体験の自由度を維持しながら安全性を担保するか」などのナレッジをまとめたデータベースを作成している。

ーでは、最後に今後に向けた展望をお聞かせください。

花岡：これはまだ検討段階ですが、水星の不動産チームと一緒に土地を探していて、設備面からイマーシブエンタメに特化したホテルをつくるのが、一番大きな目標です。これまでの「泊まれる演劇」は、ある種新規事業のテストマーケ的な側面もあったと思っていて、遂にこれまでの検証フェーズを抜けて、より大きな投資も見据えたフェーズへと進んでいけるタイミングになってきました。水星の戦略とも呼応するように、これまでエンターテイメントを届けられなかった人たちにまで届くような、新しいプラットフォームを作っていけたらなと。

大籠：これまでの水星では、その土地の空気感を解釈してホテルをつくってきました。だからこそ、「泊まれる演劇」のように旅の目的として場所にかかわらずホテルをつくるということは新しい大きな挑戦になるので、気合いを入れてやっていきたいですね。

花岡：「泊まれる演劇」に来てくださる方は過半数が関西圏以外の方で、またアンケート回答結果ではその中の90％以上の方が「泊まれる演劇」のために京都や大阪に来てくださっています。これは本当に有り難いことですが、つまりロケーションは都市部に限らないということです。日本のどこかでまだ観光地化できていない場所であるほど、むしろ親和性が高いかもしれません。是非、いろんな地域のデベロッパーさんや地方自治体の方々とも協業していけたらと思っています。お気軽にご相談ください！（笑）

龍崎：今の「泊まれる演劇」はまだ水星の旅路の中の一つの過程だと思っていて、ここからさらなるコンテンツを生み出し続けていけるといいなと思います。ノンバーバルなコンテンツとして海外に展開していく可能性もありますしね。

花岡：近年は「イマーシブ体験」が大きなトレンドになっていますが、トレンドになる前からやってきた私たちとしては、市場の黎明期に立ち会える貴重な機会だとも思っていて。ここからもっと大きくなるのか、止まってしまうのか。その瀬戸際に僕たちはいます。一人の人間としてもそんなことを経験できる機会はなかなかないので、これから自分たちが新しい市場をつくっていくという気概でチャレンジを続けていきたいと思います。

泊まれる演劇を企画・運営するエンターテイメント事業部では、一緒に働く仲間を募集しています。