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支配人倶楽部vol.2 ホテル アンテルーム 京都 支配人上田聖子さん インタビュー

ホテル全体をマネジメントする「支配人」。
存在は広く知られている反面、その具体的な役割やお仕事の内容については、業界内でも謎に包まれているところが多いのではないでしょうか?
本企画では、そんな知られざる「支配人」の実態にスポットライトを当て、
ざっくばらんにお話をうかがいます。

今回のゲストは、ホテルアンテルーム京都の支配人をつとめる上田聖子さん。宿泊しながらアートを楽しむことができるホテルの草分け的存在として、アーティスト、クリエイターなどの業界人から一般の観光客まで幅広いゲストに支持され続けているホテルアンテルーム京都。支配人の上田さんは、ホテルアンテルーム京都の開業直後にUDSに入社してホテルでの勤務をスタートし、現在のアート&カルチャーを楽しめるホテルの土台となる企画をいちからかたちにしていきました。

ホテルアンテルーム京都がアート&カルチャーを楽しめるホテルとしてブランドを確立するまでの過程から、現場のスタッフを巻き込んで企画を実現するために大切なことまで。今回は、水星代表/ホテルプロデューサーの龍崎との対談形式でお届けします。

上田聖子 ( ホテル アンテルーム 京都 支配人 / アートキュレーター )
1982年滋賀県生まれ。10代で見たアンディ・ウォーホルの展覧会に衝撃を受ける。後に渡英。グラスゴー美術大学でファインアートを学ぶ。現地ではアートに対する敷居の低さや、ホテルとアートが密接に関わっている状況を目の当たりにした。帰国後は、伝統工芸を海外へ発信する仕事に就き、当時の同僚がアンテルーム京都の開業に関わったことをきっかけに、UDSへ転職。2016年アンテルーム増床では企画を担当し、「GOOD DESIGN AWARD 2017」「楽天トラベル ゴールドアワード2017」を受賞。GALLERY 9.5では、David Bowieの写真展やウルトラ・ファクトリーとの共同企画展など、数々の展覧会を担当。主な展覧会に「ANTEROOM TRANSMISSION vol.1 ~変容する社会の肖像」(2021年)「デジタル・オーガニック」展(2021年)。

目次
・アートが楽しめるホテルができるまで
・ホテルをアップデートしていく仕組み
・未来のホテルの行方

アートが楽しめるホテルができるまで

龍崎
上田さんは、イギリスのグラスゴー美術大学でアートを学び、伝統工芸品の魅力を海外に発信する事業を手掛ける会社を経験した後にUDSに入社。立ち上げ間もないホテルアンテルーム京都(以下 アンテルーム)にスタッフ兼キュレーターとして参加して、日本を代表するアートホテルに育て上げてこられました。そんな上田さんは、ホテルという空間をどのように考えていらっしゃるのでしょうか?アンテルームのファンとしてずっとうかがってみたいと思っていました。

上田
前職で働いていた頃、自分がエンドユーザーから離れたところにいるということをもどかしく感じることがありました。当時働いていた環境では、アートの制作過程を間近で見ることはできたのですが、つくられたものが何を介して、どういう風に人の手に渡るのかが見えませんでした。
ホテルアンテルーム京都で働く中で、ホテルにギャラリーが併設されていて、常にお客様の顔が見える状態であるということ、どういう人がどんな作品を見て楽しんでおられるのかを間近で見ることができるということに、大きな可能性を感じました。
ホテルだったら、直接企画や作品に込められた思いを伝えることができるのではないかと思ったんです。

ホテル アンテルーム 京都 外観

龍崎
素敵ですね。
アートを展示、鑑賞する空間としてのホテルには私も大きな可能性を感じます。一方で、現場で働くスタッフさんを巻き込みながら、質の高いアートの企画を続けていくことは簡単なことではないと思います。チームのマネジメントを考える際に、上田さんが意識しておられることはありますか?

上田
以前、当時の社長からかけてもらった言葉が心に残っています。悩んでいた時に「(マネジメントの)本当の近道は、強みとする企画の部分をやりきっていくしかないよ」と言われたことがありました。当時すぐには理解できなかったのですが、マネージャー像というのは色々なかたちがあって、誰かになろうとするよりも、自分が得意とすることで勝負したらいいということではないかと考えています。だから、私が意識をしていたのは、まずはとにかく文脈の違うものを組み合わせたり、面白い企画を考えて、ホテルに還元するということでした。
また、スタッフのマネジメントをする際に意識していたのは「個人にスポットライトを当てる」ということです。得意不得意ややりたいやりたくないなど、それぞれに様々な特徴があるので、それを見極めてひとりひとりにちゃんと仕事と好きをつなげるということを大切にしたいと考えています。

龍崎
ホテルの企画とマネジメントは別の能力だと思うのですが両方を高い水準でやっておられる上田さんは、改めてすごい方だと思いました。
今のお話を整理すると、上田さんが得意な企画を通してホテルのブランド価値を上げることで、チーム全体の成果にも還元されるので、結果的にスタッフさんの上田さんへの信頼も強くなるということでしょうか?

上田
そうですね。
支配人は、時にチームメンバーに対して厳しいことを言わないといけない場面もあります。同時に、褒めて伸ばすということもやらなくてはいけないという中で、信頼関係ができているということは非常に重要だと思います。

スタッフの発案から生まれた「ANTE STORE

龍崎
アートの企画について価値を分かってもらうためには、一定の知識や文脈の理解が必要な気がするのですが、スタッフさんにやりたいことが全く伝わらなかったという経験はないのでしょうか?

上田
今、思い返すと、私が入社したてのスタッフだった頃は、企画会議の際に、「この人今すごく来てるんですよ」「業界ですごく有名で~」という話をしても他のメンバーには全くささらなくて、しょんぼりしていたということがよくありました。
その時は、アートは全く分からないと公言していたスタッフと、一問一答形式でのやり取りをして展覧会の度に全社メールで配信する取り組みをやっていました。

龍崎
アンテルームもオープンしたての頃はスタッフさんが全員アートに馴染みがあるというわけではなかったのですね。

上田
そうですね。当時のUDSはホテルの運営自体もはじめて間もない頃で、ギャラリーの運営は事業として未経験という状況でした。
うまくかたちになってきたと感じるようになったのは開業から3年目の頃でした。当時、新進気鋭の名和晃平さんと一緒に、若手アーティストを起用してホテルにアートが入り込む可能性を拡張するようなチャレンジングな企画に挑戦して、手ごたえを感じていました。
一人のアーティストに依存してしまって、そのアーティストありきになってしまうのは危ういと思っていたので、私たちのルートでもアーティストを探して、関係をつくっていきたいと考えていたんです。
そんな時に、私の前職の繋がりでアーティストのヤノベケンジさんが主宰されているウルトラファクトリーと繋がって、当時の支配人と私で直談判にいきました。当時は、企画にかけられる予算も全然なかったのですが、引き受けていただけることになって、後に年に1度のシリーズとなりました。ご縁が繋がり、そんな経緯で企画の幅が徐々に広がって、客室を使った展示やコンセプトルームなどの企画に関わってくれるスタッフも増えていきました。

GALLERY9.5:David Bowie by Mick Rock(VACANT原宿からの巡回展として開催)
Photo: Yuki Moriya

龍崎
上田さんの「これがしたい」という思いと、アンテルームの目指すべきホテル像がうまくマッチしていく過程がよくわかりました。

上田
ありがたいことに、「その人がやりたいことを実現していくことを応援する」という考えの人が多い環境だったので、そういう社風に助けられながら、やりたいことをやる、それをみんなで支えていくということを実現できたのだと思います。ホテルの目指すべき方向と、私のやりたいことがマッチしていたのは、本当に幸運でした。

蜷川実花が手がけるコンセプトルーム
名和晃平が手がけるコンセプトルーム

ホテルをアップデートしていく仕組み

龍崎
アンテルームは私も大好きなホテルの一つで、度々泊まらせていただくことがあるのですがその時に感じたのが空間の細部へのこだわりの強さでした。
久々に泊まった際に、部屋の中の細かいところがアップデートされていることに気がついたことがあったのですが、目のつけどころが絶妙で、ちゃんと現場を分かっている人がクリエイテイブな意識を持って提案をしているからこそ、実現できているのではなないかと感じました。
こうしたディティールをアップデートしていく力はアンテルームの大きな魅力のひとつだと思ったのですが、こうしたアップデートはどのようなプロセスで行われているのでしょうか?

上田
これはUDSの特徴なのですが、ひとつの案件を手掛ける際に、社内の企画、設計、運営が部署を横断したプロジェクトチームを編成して、その中で定期的に企画会議を開催して、上がってきた意見をみんなで検討しながら進めていくというスタイルをとっています。この仕組みによって、企画・設計主導にならずに、現場の声を反映しながら改善を進めていくことができます。
実はアンテルームの客室の中には現場のスタッフからの提案で実現したものがたくさんあります。

龍崎
現場の声を吸い上げる仕組みがあって、そこにプロフェッショナルな視点が加わることで、独自のアップデートが実装されていくという仕組みがあるのですね。
施設の課題を考える際に、現場の人たちだけで解決しようとすると堂々巡りになってしまうことがあると感じていました。ずっとその施設のことを考えているがゆえに、視野が狭くなってしまって、課題への意識があっても解決に至る道筋を見つけるクリエイティブジャンプがしづらいということがあると思うので、現場のチームとプロフェッショナルなチームが共同で課題にアプローチをしていく仕組みは大変理にかなっているなと思いました。
そうした細かいところの進化があるからこそ、何度も泊まりに行きたいと思えるのだなと。

スタッフのアイディアから生まれたもの1:ミールズ席札
スタッフのアイディアから生まれたもの2:ANTEROOM JOURNAL
1号から5号までは上田さんが企画の立ち上げから編集を担当

未来のホテルの行方

上田
以前、メディアでホテルの未来についてお話をされていた際に、龍崎さんが「この先ホテルが減少するんじゃないか?」というお話をされていて、私も同じような危機感を抱いていました。今後、ホテルはどのようになっていくとよいのか?是非、龍崎さんのお話を聞いてみたいです。

龍崎
私は日本のホテルは今後絶対に減っていくと思っているのですが、なくなりはしないと思っています。ホテルって、有史以来ある産業じゃないですか。だから、人間が眠ることを辞めないかぎり絶対にホテルは存在し続けると思っているのですが、一方で、今、自分たちがやっているような都市部にあるホテルへの需要は変わっていくのではないかと考えています。
自分たちがホテルをはじめた2015年~2018年頃はホテルバブルの絶頂期だったので、そういう時代がまた来るとは思いません。なので、私はこれから先は、ホテルの中でも人のライフスタイルに肉薄して、今生活の一部としてやっていることを代替できるようなホテルをやっていきたいと思っています。

上田
面白い視点ですね。詳しく聞かせてください。

龍崎
旧来の観光や出張などではない、人々のライフステージの中の営みに寄り添うような、特定の機能に特化したホテルをつくっていきたいということが大きな方針としてあります。
今年(2022年)の5月に産後ケアリゾートHOTEL CAFUNEという、出産直後のお母さんと赤ちゃん、ご家族のためのホテルをスタートした背景にはこうした考えがありました。

産後ケアリゾートHOTEL CAFUNE イメージ

上田
HOTEL CAFUNEの取り組みもすごく気になっていました。
そういう視点で考えると、ホテルの可能性が広がりそうですね。

龍崎
そうなんです。
これは他社さんの事業なのですが、最近、保育園留学という取り組みを知って興味深いと思いました。地方の過疎地域の保育園が数週間くらいのスパンで園児の受け入れをしていて、家族全員で短期で移住をするケースが増えているとのことでした。
子育て世代はワーケーションをしたいと思っても、お子さまの教育環境が整っていないと中々難しいと思うのですが、このプログラムのように、数週間家族で自然豊かなところに行って、子どもは保育園で遊んでるみたいなことができるのは大変魅力的だと思いました。
HOTEL CAFUNEのご利用者様からも、出産直後だけでなく定期的に子どもと一緒に泊まりに来れる施設が欲しいという声は多くて、保育プログラムを持った長期滞在型のリゾートなども可能性がありそうだなと考えています。

上田
それはすごくニーズがありそうですね。

龍崎
「ホテルは人の生活をお預かりするところである」という視点で考えると、ホテルの機能を尖らせることで、それまで家や家族の中で完結していた営みを担うことができるのではないかと思いました。人生で遭遇する様々なライフイベントの中には、自分たちだけでどうにかするより、外部のサービスを頼った方が豊かに暮らせることがあると思うので、社会にそうした新しい選択肢を提示していけるといいなと。

上田
なるほど。大変共感しながら聞いていました。
今はまだ毎年新しいホテルが建設されていると思うのですが、今後人口がどんどん減っていくと、世の中のニーズなどもふくめて、ホテルはどうなっていくのだろうか?ということが、個人的にすごく気になっていました。
そして、個人的な経験もふまえて、今、社会に足りないものってなんだろう?と考えてみると、高齢の方のための福祉施設への転用などは可能性があるのではないかと思いました。UDSでも以前高齢者施設を手がけていたことがありますが、これからの高齢化社会に合わせたホテルの再活用方法を考えて、そこにアートを絡めていけると豊かな社会がつくれるのではないかと。

龍崎
全く同じことを考えていました(笑)
地方の廃業になったホテルをこのまま放置しておくのはもったいないですよね。ある高齢者向けの福祉施設の経営者からうかがったお話なのですが、一人暮らしをするにはしんどいけど、付きっきりで介護を受けるほどではないという状態の人にとっての選択肢が今すごく限られているとのことで、そうした人たちがよりQOLの高い老後をおくるためにはどういう施設が必要なのか?というのはこれから社会全体で考えていくべき課題だと思いました。
上田さんがおっしゃったように、使われなくなったホテルをグループホームにリノベーションして、地域と繋ぐ生涯学習の場としての機能などを組み合わせた新しい施設がつくれたら面白そうですね。

上田
そうですね。そこに、保育園機能があったりしたら、世代の違う人が交わるコミュニティができるかもしれません。今後は、そういうことをもっともっと考えていきたい、チャレンジしていきたいと思っています。

龍崎
UDSさんはそれができる素晴らしい会社だと思うので、
是非、今後のご活躍も楽しみにしております。











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