【SUISEI WORKS🪐】業界注目の挑戦。日本初の宿泊型イマーシブシアター「泊まれる演劇」の最前線をレポート

「ホテルはメディアである」という発想を起点に、ホテルの新しい可能性を探求してきた株式会社水星。コロナ禍を経験してからは、ホテルの開発運営で培った知見を活かして、一般の観光・宿泊業界のマーケット越えた領域での新しい事業の企画に挑戦している。
今回取り上げるのは、エンターテイメント事業部が展開する、ホテルを舞台にした日本初の宿泊型イマーシブシアター「泊まれる演劇」。

いち社員の発案からスタートした「泊まれる演劇」は、プロジェクト始動直後に起こったコロナ禍も乗り越え、今年で5年目となり、業界内外でますますその存在感を強めている。これまで、HOTEL SHE, OSAKAおよびHOTEL SHE, KYOTOを中心に年2回のペースで順調に公演実績を積み重ね、現在は累計11作品・380公演、のべ9600人のゲストを動員。ホテル経営の大きな課題として繁閑差が挙げられるが、泊まれる演劇の開催期間中はほぼ満室を保っているという。
また、今年は、東京・お台場で世界初のイマーシブテーマパーク「イマーシブ・フォート東京」が開業するなど、「イマーシブ(没入)」はエンタメ業界・観光業界のトレンドキーワードとなっている。

「泊まれる演劇」の仕掛け人で、株式会社水星エンターテイメント事業部マネージャーの花岡直弥さんに、「泊まれる演劇」誕生の経緯から、最新作『Moonlit Academy』（3月で公演終了）のみどころまでお話をうかがった。

プロフィール　

花岡直弥
1993年奈良生まれ、慶應義塾大学SFC卒。
広告会社にてデジタルマーケティングに従事した後、2019年水星入社。同年「泊まれる演劇（現エンターテイメント事業部）」立ち上げ。以降事業マネージャーとして、全作品の統括プロデュース・クリエイティブディレクションを担当。原案制作や物販・料飲の企画開発、WEBからSNS運用まで一気通貫したマーケティングセールスなど、「作る」と「伝える」を緻密に計算した戦略的クリエイションを得意とする。

ホテルは物語が生まれる場所

―はじめに、「泊まれる演劇」誕生の経緯について教えてください。

実は、「ホテルで演劇をしたい」と思って「泊まれる演劇」を企画したわけではないのです。僕はもともとHOTEL SHE, KYOTOのホテルスタッフとして働いていました。そこで直面したのが、ホテルの閑散期。いわゆる観光都市・京都では、桜や紅葉の時期は多くの観光客で賑わう一方、梅雨や真冬の時期はどうしても客足が遠のきます。宿泊業が観光業に付随するものとして位置する限り、ホテルはその影響を強く受けざるを得ません。水星は、従来の観光産業の付帯産業としてのホテルではなく、ホテルの新しい選択肢を増やしていこうと掲げてきました。僕自身、ホテルの繁閑差による集客課題を経験する中で、観光需要に依存しないホテルのあり方を模索する必要性を感じていました。

ホテルの現場に立ちながら、改めて「ホテルってどういう場所なんだろう」と考える中で、ある時、「物語が生まれる場所」だと思ったんです。遠い国から来られるお客さん、記念日に来られるカップルのお客さん、卒業旅行に来られるお客さん…様々な登場人物の、様々な物語がホテルを舞台に生まれゆく光景を、「これってホテルで働く醍醐味だな」と噛み締めながら見届けていました。ただ、それはホテルのスタッフ視点でないと感じられない魅力です。この素晴らしいホテルの一面を、どうにかお客様にお届けできないかと試行錯誤した結果、「演劇」というアイデアが浮かびました。

僕はそれまで、演劇に携わった経験はありませんでしたが、素人目線で考えても、ただホテルのロビーに客席と舞台を設置して演劇を鑑賞するのでは企画として十分ではないことは安易に想像できました。もっと、ホテルという空間やホテル事業者だからこそできる取り組みにしたい…そうして辿り着いたのが、空間を立体的に活用し舞台と客席の境界のない「イマーシブシアター」でした。

―「泊まれる演劇」は、ホテル業界の課題に対して花岡さんが出した1つの解決策だったのですね。イマーシブシアターという手法をホテルへ取り入れた結果、どのようなシナジーが生まれたのでしょうか。

イマーシブシアターとホテルとの親和性は期待していた以上に高く、様々な面で相乗効果が生まれました。例えば、「パブリックな場所もあればプライベートの場所もある」というホテルの特性は、イマーシブシアターにおいて大きなメリットになりました。なぜなら、イマーシブシアターの魅力の一つでもある「その人だけしか観ることができないシーン」「その人だけの体験」を作りやすい空間構造だからです。

また、ホテルのクローズドな空間や夜の時間帯というのもイマーシブシアターと相性が良い。観客によって見るものや体験するものが違うということは、自分ひとりでは完結できないエンターテイメントだということなんですね。だから、終演後に参加者同士で「僕はこういう体験をした」「私はこういうストーリーだった」「あのキャラクターとこんな会話をした」「そんなシーンもあったんだ！」といったコミュニケーションをすることで、作品の面白さが格段にアップします。一般の大きな劇場では、他の観客とそういう会話をする場も時間もなかなか作れません。そこを、ホテルの狭い空間で、限られた人数で、終演後は終電のない時間に行われることで、初対面のお客さんとも自然と打ち解けることができるのです。

水星では、お客様の「予定不調和な出会い」、お客様が想像していなかった偶然の出来事や出会いが旅の満足度を上がるという考えをもとに、ホテルをつくってきました。泊まれる演劇をつくる中で、それこそが、イマーシブシアターに限らずリアルエンターテイメントの体験価値にも通ずると気がついたのです。デジタルコミュニケーションが活発な現代だからこそ、熱のこもったリアルなコミュニケーションを人々は求めるのではないかと考えています。

HOTEL SHE,のホスピタリティーカルチャーを活かした体験設計

―「泊まれる演劇」を運営する中で、HOTEL SHE,の強みが活きている場面はありますか。

HOTEL SHE, では、体験・サービス・物販・料飲・ホスピタリティ…などありとあらゆるものを、企画・デザインするところからお客様に提供するところまで全て自分たちでやっています。いわば、自分たちでマーケティングや企画から、現場でのサービスまでを手掛けているということですね。これは、マーケティング部門とサービス部門との間に明確な線引きがされていて、現場は決められたオペレーションでサービスを提供していくという形が多い日本のホテル業界の中では、珍しいスタイルだと思います。だからこそ、HOTEL SHE,含め水星には、「自分たちが作りたいのはこういうものだ」「自らのアイデアを通してお客様に喜んでいただくんだ」といった、仕事に対する共通認識が、組織のカルチャーとして根付いています。

ホテルメンバーと一緒に泊まれる演劇を作る中で、このカルチャーが自然と流れ込んでいるのを感じています。泊まれる演劇の構造やオペレーションは、すごく複雑で、もっと業務も細分化して行うべきプロジェクト規模なのですが、創作において自由で主体的なカルチャーを持つメンバーの存在があるからこそ、同じ目線を共有して、シームレスに体験をつくることが出来ています。。物語の世界に登場するものを実際のグッズやフードとしても作って提供していますが、これも事業性・クリエイティブ・サービスの全てが組み合わさらないと良いものができません。水星独自の組織カルチャーによって多くのシナジーが生まれているのを常に感じます。

―過去の作品を見ていると、ジャンルが多岐にわたっていますよね。毎回異なるジャンルの作品をつくっていることには理由があるのでしょうか？

作品ごとにジャンルを変えている理由は、大きく2つあります。
1つは、空間構造は大きく変わらないという制約がある中でも、泊まれる演劇にお越しいただく度に新しい体験を楽しんでいただきたいから。現状、HOTEL SHE, の2店舗でしか上演していないので、既視感のあるコンテンツにしないためには、構造や設備など施設のハード面は大きく変えられない分、ソフトの面で大きな振り幅を持たせないといけません。同様の理由から、製作陣も、毎回作品ごとにメンバーをアサインしてチームをつくっています。

もう1つは、できるだけ幅広いお客様にお届けしたいからです。例えば、ミステリー作品だけをずっとやっていたら「泊まれる演劇＝ミステリー」というイメージが強くなってしまい、ミステリーに興味がない方にとっては「泊まる演劇≠自分」になってしまいますよね。できるだけたくさんの人に泊まれる演劇を知って体験していただくためにも、ジャンルを固定化しないようにしています。

最新作『Moonlit Academy』ではシリーズものに挑戦

―今年1〜3月にHOTEL SHE, OSAKAで上演していた最新作『Moonlit Academy』（現在公演終了）も大きな反響を呼んでいました。これまでとは違う点や新しい試みなどはありますか。

毎回「自分たちだからこそできるものを作ろう」とやってきましたが、『Moonlit Academy』に関しては、「自分たちがホテル事業会社の自社事業としてやっているからこそ、自分たちで期間を決めて定期的に上演できる」という強みを最大限に活かした企画を考えました。一般的に、劇団が定期的に固定の劇場を借り続けるというのは、かなりハードルが高いことです。毎年同じシーズンに同じ場所で上演するというのは、一見制限のように思われますが、うまく解釈すると「シリーズものを作りやすい」という捉え方もできます。そうした発想から、『Moonlit Academy』は、泊まれる演劇初のシリーズものの3部作として企画を組み立てていきました。これは、自社のホテルという固定の環境を持つ泊まれる演劇だから実現できるものだと思っています。

『Moonlit Academy』はその名の通り青春劇で、今年1年生のキャラクターは、来年の作品では2年生になっていて、さらにその翌年の作品では3年生となり卒業を迎える…そのように3年かけて完成する作品です。3年間を通して、お客さんの人生の時間の流れと、登場人物が生きている時間の流れを共にして、「登場人物の成長にお客様が伴走する」ことをメインの体験価値と捉えています。ここが、今まで作品との大きな違いです。1個1個の作品単体でも楽しめるものにしつつ、3年かけて鑑賞してくださったお客さんには、従来のエンターテイメントの枠組みを超え、まるで我が子の成長を見守る親心のような感動体験をお届けできると考えています。

また、今回の作品では青春劇として青さや若さをテーマにしていたことから、若い世代の方々を意識的にアサインさせていただきました。先ほどお話ししたように、これまでの演劇とは全く違うアウトプットを出すためには、そこに到達するプロセスも固定化しない方が良いと思っていたので、固定観念やルールに縛られない方々と一緒に創作に臨みたいと考えていました。結果、すごく自由なものづくりをしてくれるチームになり、クリエイターや俳優、運営スタッフなど職種の垣根を越えて盛んにアイデアが飛び交う現場で、作る過程もすごく楽しかったです。

―そんな『Moonlit Academy』ですが、チケット予約は早々に完売し、大盛況のうちに幕を閉じたとお聞きしました。参加者の反響にはどのように感じられましたか。

想像以上にお客さんからの、作品やキャラクターへの愛着が想像以上に大きかったことが、何より嬉しいです。今回、クリエイター陣や俳優の皆さんのご尽力のお陰で、とても愛らしてつい応援したくなるキャラクターたちばかりでした。毎公演客室に置いているゲストノートやSNSへの投稿も、どれも愛に満ち溢れたものばかりで凄く感動しました。お客さんから贈り物やキャラクターへのお手紙をいただくこともとても多くて。お客様からの愛を感じる時が一番やってきて良かったな、ありがたいなと思いますね。

世界が注目するトレンド「イマーシブ」と、泊まれる演劇の展望

―つい最近、東京・お台場にイマーシブ・テーマパークが開業するなど、日本でもイマーシブが盛り上がっている流れがありますが、花岡さんはそれをどのように見ておられますか。

考え方によっては、ビジネス的には競合が増えたとも言えると思いますが、僕自身はマーケットが盛り上がるのは良いことだと思って楽観的に見ています。まだマーケットとして未成熟な状態においては、「競合が増えた」というより「マーケットを拡張してくれるプレイヤーが現れた」という見方を大事にしたいです。テーマパーク関係者の方と情報交換させていただいた時にも、「今後、イマーシブコンテンツは可能性に満ちているし、お客さんだけじゃなく僕ら作り手側もどんどん増やして、みんなで盛り上げていきたいよね」とお話していたところです。

また、これまでは本場ロンドンやニューヨークの真似でしかないと思われがちだった日本のイマーシブシアターですが、これからは他国とは違う日本独自のものを作って「日本のイマーシブシアターってこんなに面白いんだ」と世界に胸を張れるようなものを作っていきたい。そのためにも、イマーシブが盛り上がっているこの状況を、とてもワクワクしています。

泊まれる演劇創設当初から考えていた戦略として、「高付加価値高単価のエンターテイメント」をモデルに作ってきました。泊まれる演劇は宿泊型ということもあって、どうしても一般的なエンターテイメントよりも高い金額をお支払いいただいていますが、だからこそ届けられる価値があると思っています。10万円のエンターテイメントって言われてもパッと思いつきにくいように、日本のエンターテイメント業界は、海外と比べて、あるいはホテル業界や飲食業界など他業界と比べても、体験価値の選択肢やレパートリーがまだまだ少ないのが現状です。その中で、僕たちは、お客さんに「これだけ面白かったらこの金額の価値があるな」と思っていただけるような濃密なエンターテイメント体験を作って、次回作への更なる投資や、関わるクリエイターや俳優への還元もできるなど、好循環にサイクルが回るブランド作りを目指していきたいです。

そのための具体的な施策については、例えば、今は1作品あたり3ヶ月程度の期間で上演しているのを、6ヶ月・1年単位のロングランに移行していきたい。というのは、特にリアルエンターテイメントは初期投資がとてつもなく大きく、ランニングコストは相対的にはヘルシーという特性から、運営期間が長ければ長いほど経営が健全化されていく収益モデルだから。上で述べたような「高付加価値高単価」のサイクルも、ロングランの方が作りやすいんです。水星全社でも取り組んでいる“泊まれる演劇 常設ホテル構想”も是非とも形にしたい。今はソフトコンテンツを作るのがメイン業務ですが、今後は、泊まれる演劇をより長く広くたくさんのお客さんに体験いただけるようなプラットフォームを作って、泊まれる演劇をより持続可能な事業へと再構築したいです。

また僕自身は、これらのプラットフォーム構築に注力すべく、2025年末頃には泊まれる演劇のディレクション業務を徐々に引き継いでいきたいと考えています。自分もまだまだ未熟ですが、エンターテイメント業界全体に置いて、クリエイティブとビジネスプロデュースの両方にエッジの効いた人材はとても少ないので、泊まれる演劇というプロジェクトを通して、自らも絶えず成長しながら、人材の育成にも挑戦していきたい。プラットフォームを作るとなればエンタメ事業部にとって未知の領域なので、今後はホテルの企画・開発などに取り組むプロデュース事業部との連携を視野に入れながら、株式会社水星の一員として、世の中にわくわくするような新しい選択肢を届けていきたいです。