瀬尾まいこ『そんなときは書店にどうぞ』|番外編 ミヤケッティーを着る日は目の前
勝負服のミヤケッティーを購入
5月17日。京都の映画館で、ついにリモートではなく三宅唱監督と対面でトークショーを果たしました。
イベントを実施してくださった出町座さんのことを行く前に調べたのですが、ホームページを拝見すると、魅力的な取り組みがいろいろ。
そして読み進めると、三宅監督の似顔絵が描かれたTシャツ、略してミヤケッティーというものを販売されているではないですか。
しかも、トークショー開催前日時点でLサイズは完売。Mサイズは残り1枚。
この映画館、完全に監督のホームですよね。
当日は、三宅監督の熱烈なファンの方が集まるにちがいないから、私はおとなしくしておこうと思っておりました。
そして、当日、三宅監督は当然ミヤケッティーをお召しになるだろうと予想した私はTPOを配慮し、水鈴社さんのロゴの入ったTシャツを着ていきました。
ところが、恐ろしいことに、三宅監督は無地のTシャツでお越しになるという有様。
ミヤケッティーって、いつ誰がどこで着るためのものなのでしょうか。と嘆きつつも、私、ミヤケッティーを購入しました。(水鈴社の社長が買ってくれました。)ここぞって勝負の時に着ます。
さてトークショー。
トークショー後のサイン会で「瀬尾さんめっちゃしゃべるんですね」と数名の方に言われたのですが、それには深い理由があるんです。
お前、三宅監督のホームやからおとなしくしとくんちゃうんかと思われた皆様、聞いてください。
トークショーの少し前に現地に着いたのですが、三宅監督、お会いした途端「ぼく、△時の電車で帰ります」と宣言をされるではないですか。これって、「終わったらすぐ帰るし、君と過ごす暇ないからね。無駄な話しないでね」という予防線ですよね。
待ち望んだ対面を果たすにあたって、三宅監督に聞きたいことがいっぱいあったんです。
それなのに、帰る時間を宣告され、トークショーの最中しか聞けないやんと焦ってしまい、ついつい自分の知りたいことをガンガン発言してしまいました。
監督が帰る時間さえ言わなければ、おとなしくしてたんです。
私、三宅監督の作品ってどれかわかるわ
一番お聞きしたかったのは、よく監督で映画を選んで見るとか、この映画、〇〇監督よなとか言う方がいらっしゃいますが、私、監督の特色ってどこにどういうふうに出ているのかがよくわからなかったんです。(唯一「釣りバカ日誌」だけは山田洋次監督だとわかります。しかもタイトルだけで。)
そうなんですけど、何作か三宅監督の映画を拝見して、「あ、私、三宅監督の作品ってどれかわかるわ」と思ったんです。
ただ、その個性がどうやってにじみ出ているのかが謎で、何をもってどういうふうに自分を出されているのかをお聞きしました。
三宅監督は毎回キャストも違うし、スタッフも違うし、出そうと思って出してはないんだけど。とおっしゃってました。
ただ、やりたくないことはある。わざとらしい撮り方やいかにもな作り方はしたくないという感じのことを、具体例を挙げて説明されました。
その話を聞いて、「三宅監督の作品の特徴がわかった」と思ってしまったんです。(映画に詳しくもないのに。)
当日会場にいらっしゃった方、ここが一番「このおばちゃんヤバイ」とびびられた場面だと思うんですけど、その時私の脳内でクリーピーナッツさんのブリンバンバンボンが流れてきて、その歌詞の「マジで? コレおま…全部生身で?」と一緒やんとなって……。
気づいたら歌詞をちょっと口ずさんで、三宅監督の映画ってそれですよ!と監督に言うてました。
きょとんですよね。
一部だけでなく最初から最後まで省略なしでしっかり歌うべきでした。
じゃなくて、私が言いたかったのは、技術や装飾じゃなく、そのまんまの生身で作られているのが監督の映画の空気なのではないかと思ったんです。(映画評論家でもないのに。)
トークショー内でも話題になっていたように、映画と原作の空気が同じだというご感想をよくいただくのですが、それは本当だと思います。
私が知らないところで、山添君や藤沢さんたちはこんなことをしてたんだと見られたり、もう少し書きたかったなと思っていたことが映画で実現されていたり。
原作のあるものの映像化って難しさがあるのかもしれないですが、もっと知りたかった登場人物の一面や知らなかった時間を見られるのは、すごい魅力だと思います。
トークショー後、質疑応答のコーナーがあったのですが、監督、本当に真摯にお答えになるんです。
難しそうな質問でも少しも流さず、時間をかけてご自身の中を探しながらうわべだけじゃない答えを伝えようとされていました。
ミヤケッティーは着ていないけれど、すごい正直で誠実な人ですよね。
監督に聞きたいことがありすぎて……
帰宅後、「三宅監督の話を聞きに行ったのに、横のおばちゃんがしゃべってばかりでむかついたわ」と書かれていたらどうしようと、恐る恐るSNSをのぞいてみました。
そしたら、なんと出町座さんが「今日のトークは、お二人への質問事項を事前にご提案してはいたのですが、呼び込みより先に登壇した瀬尾さんがものすごい勢いでトークを始め……」と書かれているではないですか。
嘘でしょう? 私めっちゃ怖い人ですやん。
一人で勝手に入って行って、その上すごい勢いで話し出したって、完全に不審者ですよね。
まさか、ほんまにそんなんやったんかな。
もし、そうだったとしたら、理由は当日客席にいらした皆様と同じ。
私も監督に聞きたいことがありすぎて、前のめりになってしまったんです。すみません。
三宅監督は帰り際ぎりぎりまでいろんな方の言葉に耳を傾けておられました。
世界の三宅なのに、ミヤケッティー作るくらいの人物やのに。本当いい人。
トークショー後、三宅監督が「人前だからこそ話せることあるよね」とおっしゃっていました。
確かに、映画や小説のこと、作品に関するまじめな話って、普段の日常では照れ臭くて話さなかったりしますよね。
人前に出るのは苦手ですが、そう思うとトークショーってありがたい場です。
今回のトークショーのおかげで、もっと三宅監督に興味津々になってしまいました。
次回があるとしたら、また呼ばれる前に登壇し、監督を質問攻めにしてしまいそうです。
え? 私って、もう映画館出禁になってるんでしょうか。
でも、うれしい話が一つ。
監督、絶対読書家だろうなと思って「本お好きですか?」とお聞きしたら、子どものころから2時間くらい書店にいらっしゃったくらいお好きらしいです。
監督の中には、実年齢の人生で見聞きできる以上のものが詰まっている気がします。
もちろん、様々な経験をされているからこそですが、そこには、本なり映画なりの媒体の力があるんじゃないかなと。
そこで、「いつか一緒に書店さんで何かできませんか?」とお話ししたら、監督に「いいですよ」と快諾してもらえました。
やったー! 楽しみすぎます。
これは、購入したミヤケッティーの出番です。
今度こそおとなしくしてるんで、三宅監督、ぜひよろしくお願いいたします。
瀬尾まいこ(せお・まいこ)
一九七四年、大阪府生まれ。大谷女子大学文学部国文学科卒。二〇〇一年、「卵の緒」で坊っちゃん文学賞大賞を受賞し、翌年、単行本『卵の緒』で作家デビュー。二〇〇五年『幸福な食卓』で吉川英治文学新人賞、二〇〇八年『戸村飯店 青春100連発』で坪田譲治文学賞、二〇一九年『そして、バトンは渡された』で本屋大賞を受賞した。他の作品に『図書館の神様』『強運の持ち主』『優しい音楽』『僕らのごはんは明日で待ってる』『あと少し、もう少し』『君が夏を走らせる』『傑作はまだ』『夜明けのすべて』『私たちの世代は』など多数。