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瀬尾まいこ『そんなときは書店にどうぞ』|第十八回 打ち合わせはベッドで

奈良から出ないと豪語する瀬尾さんが、(主に東京の)編集者に対して描くイメージとは。
今回は瀬尾さんと編集者の関係についてのお話です。

おしゃれな編集者とお手洗いの謎

編集者の方って、皆さんおしゃれなんです。

ダジャレ社長も、ある時はプラダのジャケット(しかも胸元にPRADAって書いたやつ)を着、ある時は色付き眼鏡(しかも日差しなんてない日に)をし、ある時はスカジャン(しかも横浜に行く時に)を着用されたりというおしゃれぶりです。

そして、きれいな女性の方が多い。

数年以上前ですが、そのことをある編集者さんに言ったら、「ああ、まず東京に不細工っていないわねえ」とおっしゃってました。

東京って怖い場所。

私は絶対に奈良から出ないようにしないといけないな。って、奈良にもかわいい人いっぱいるわ。

そんな素敵な編集者さんの中で、私が一番お会いしているのは、S社のSさんです。

Sさんはデビュー直後から、お世話になっていて、ずっと担当をしてくださっています。

私と年齢はそんなに違わないし、見た目ならSさんのほうが若いのですが、姉さんという空気が出まくっているので、心の中だけでS姉さんと呼んでおります。 

S姉さん、本当に優しいんですよね。

バリバリ仕事をされているのに、それを人には感じさせず、はっきりされているのに気遣いが絶えなく、S姉さんに褒めてもらえるとうきうきします。

なんだかんだといつも気を配ってくださるのですが、コロナ禍の自宅待機期間中も、娘と私に本を送ってくださいました。

しかも私のレベルをご存じで「これなら瀬尾さんも読めそうです」と簡単な本を。


S姉さんは、取材時に同席してくださることも多くて、写真撮影前には、「あ、ちょっと待って」と私の乱れた格好を直してくださったり、「そのブラウス、作家ぽくて素敵」と自信を持たせたりしてくださいます。

S姉さんに褒められたブラウス、その後取材の度に着てたんですけど、そればかり着用してたら破れました。

また作家に見える服を買わないと。

ちなみに、ダジャレ社長は取材に同席されると、撮影前に、「瀬尾さん、お手洗いは大丈夫ですか?」とよくおっしゃっていました。

最初は意味がわからず、なんでこの人いつも私をトイレ行かせようとするんやろう。さてはトイレに行ってる隙にみんなで悪口言う気やな。と思っていたのですが、ある時、インタビュアーの方が、「髪の毛とか口紅とかを直されたほうがいいということかと」と教えてくださいました。

「ああ、そうですね。なるほど」と素直にトイレに向かったものの、化粧道具を持ち歩いていない私は、1分ほどひたすら鏡を見ておりました。

不思議なことにどれだけ懸命に鏡を見ても、どこもきれいになりませんでした。


素敵な編集者と人生のタイミング

S姉さんは仕事に関係なく、よく会いに来てくださるのですが、それが偶然にも私の人生のちょっとしたタイミングだったりするんです。

学校をやめた時にもお会いして、「じゃあ次恋人探さないとね」という話になり、その後お会いした時には恋人ができていて、「ああ、もうそれ、結婚しちゃえばいいんじゃない」という話になり、その次お会いした時には結婚をしていて、「うわあ。よかった」と喜んでくださいました。

子どもが生まれた後は、私の娘の写真を見ては、「かわいい」と大騒ぎをしてくださり、「小説なんかいつでも書けるじゃない。子どもが1歳の時期なんて今しかないのに」とおっしゃって下さいました。(2歳の時も3歳の時も。)

もちろん、編集者の方は皆さん優しいので、仕事をせかされたことは一度もないのですが、明確に「今は子どもと過ごせばいい」と伝えてくださることで、ゆっくりできるんですよね。


しっかり者のS姉さんなのですが、かわいいところもあって、以前奈良で打ち合わせをした後、外に出て店がどんどん閉まり暗くなる様子に「な、なに、何が起こるの」とおびえられていました。

「夜ですから」と答えると、「夜って? まだ9時よね」と驚かれていました。

その後「怖い! 暗闇に鹿がいた」と騒ぎながら駅までたどりついた後、駅構内でせんとくん(奈良のゆるキャラです。ぜんぜんゆるくない、ぎょっとした顔をしているのがおもしろいのでぜひ見に来てください)を見つけてうれしそうに写真撮っておられました。

S姉さんは、この人に任せておけば大丈夫という空気と、かわいらしさをまとっているんですよね。

出版業界の話も適度にしてくださるし。

自分のことをオープンにされる具合もちょうどよくて、安心できます。


だらだら、うきうき、こういうのも最高

最近楽しかったのは、S姉さんと二人でホテルの1室で会ったことです。

パニック障害がひどくなって外食などがうまくできない時期があり、それを知ったS姉さんがホテルの部屋を取ってくださいました。

二人でベッドに寝転んで、ルームサービスを取り、なんだかんだとおしゃべり。

仕事のことは何も話してなくて(私の記憶がないだけかも)、「こういうのいいよねー」とだらだら過ごしました。

なんだかイギリスの女学校の寮にいるみたいで、女子高生に戻った気分でした。

ルームサービスにクロワッサンとスコーンがあって、たまたま私とS姉さんの洋服が水玉でかぶってたというだけで、そう思ったのですが、初めてのうきうきする体験でした。

私に仕事のことだけでなく、ちょっとした楽しみを与えてくれるS姉さん。

まだまだご一緒に仕事ができるといいなあ。

そして、今後、打ち合わせはいつも寝転がってできたら最高です。

編集者の皆様、ぜひご一考ください。 

作家と編集者の関係はほんとうにさまざまですが、女子高生のようにはしゃげる関係性って素敵ですね。
水鈴社のダジャレ社長も、瀬尾さんに会いに行くときはいつも楽しそうです。
次回は6月20日(木)21時更新です。


瀬尾まいこ(せお・まいこ)
一九七四年、大阪府生まれ。大谷女子大学文学部国文学科卒。二〇〇一年、「卵の緒」で坊っちゃん文学賞大賞を受賞し、翌年、単行本『卵の緒』で作家デビュー。二〇〇五年『幸福な食卓』で吉川英治文学新人賞、二〇〇八年『戸村飯店 青春100連発』で坪田譲治文学賞、二〇一九年『そして、バトンは渡された』で本屋大賞を受賞した。他の作品に『図書館の神様』『強運の持ち主』『優しい音楽』『僕らのごはんは明日で待ってる』『あと少し、もう少し』『君が夏を走らせる』『傑作はまだ』『夜明けのすべて』『私たちの世代は』など多数。

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