アンデッドハイスクール第2話


#創作大賞2024 #漫画原作部門 #少年マンガ #少女マンガ #青年マンガ

「代替って、人間だったんだろ。俺の場合はさあ、ゾンビになってからの記憶しかないから」
「うん。ゾンビに噛まれてゾンビになった」
「それでその傷かあ……。なあ、犯人て捕まったの?ゾンビの人食いは犯罪じゃん」
「さ、さあ……」
「わかんねーの?」
「ああ」
 クラスメイトの小竹に訊かれ、曖昧に返事する。
 この身体の持ち主は、仁木(にき)という少年だった。
 人肉加工工場の死体は身元が取れている死体ばかりということで、仁木の情報も、俺の情報も、勿論祖父の情報も工場は管理していた。16歳。偶然にも同い年だった。
 市役所では、ゾンビの戸籍登録はいちから登録した。
 家族の中で一人だけゾンビ、なんてこともあるので、戸籍まで引き継ぐことはないらしい。人間だった者がゾンビになった場合、人間としては死亡扱いになる。
 俺は手に入れた体で代替生人(かわせいくと)として生きて行くことにした。
 仁木も俺も、人間としてはもう死亡している。
(ミコトの奴、どこ行っちまったのかなぁ……)
 こんな時、ミコトが居てくれれば心強いのだが、「他の運び屋の仕事もあんのよ!」と、どこかへ行ってしまった。
「そういえば、給食って代替は食べられるの?」
「イクトで良いよ。給食って?」
「じゃ、イクト。純粋な疑問。お前って、人間の肉、食べられんの?」
「え」

その日オレは、いつもより早く駅に着いていた。
オレはゾンビだ。最近クラスに入ってきた転入生は阿鼻叫喚といった感じでやっと給食を食べたり、家での食事の説明を受けたりしていたが――オレ達はただごく、当たり前に人の肉を食うし、逆に言うとそれしか食べられない。しかも調理した肉では駄目なのだ。新鮮な人肉でないと食べられない。
ゾンビの学校は深夜0時から朝5時まで。ゾンビ社会の時間が真夜中しか無いからだ。
ゾンビと人の社会は交わらない。ゾンビが人を喰う危険性があるからだ。
いくら共生社会になろうとそこは変わらない
まだ11時も前半のこの時間には、ゾンビもいるが人間も結構残っていた。
ゾンビは睡眠をとらないので暇すぎて、予定より早く行動してしまうことなど日常茶飯事なのだ。
しかし深夜とはいえ、朝飯を抜いて来たのが悪かったかもしれない。
腹が減っていた。目の前の人間が嫌に美味そうな香りがするようだった。
音楽を聴いて気を紛らわす。
更に紙パックのトマトジュースのような外見で給付されている血液ジュースも取り出しズゴゴッと飲み干してみる。
ゾンビの三大欲求というのは食欲しか機能していないといっても過言ではない。腹が減る状態というのは非常にマズかった。
しかもなんだか、前の奴はより香り高い……汗の匂いというのか、なんだか水の匂いと美味しそうな人間の匂いが混ざり合って無性に食べたくてしょうがない香りを放っていた。
(ヤバい)
他の人間はそうでもないのに、そいつだけはクラクラと良い匂いで俺の頭を支配していった。

その日僕は、いつも通りいじめられていた。
僕はいじめられっ子だ。河辺で靴を脱がされ流され、教科書やノートをカバンごと奪われた挙句ばらまかれた。筆箱だって無くせば買いなおすのはお金がかかる。
暴力がなかっただけ今日はましだったが、運動をしたわけでもないのに物を取り戻すために探し回って汗だくだった。
「邪魔者のまま生きてるより、死んでゾンビの餌になった方が社会貢献できるぜ」
「こんなに色んな奴に死ねって言われてるのに死なないっていうのがどういう神経してるのか疑うんだけど」
「いじめられる方に原因があるのに何で生きてんだよ」
「お前が死ねば皆喜ぶんだから早く死んでくれても良いんだよ」
 こんな暴言が毎日のように続く。
 川に流されやっとのことで見つけた靴は水でびしょびしょだった。なりふり構わず河に入ったせいで制服も濡れている。明日の学校までに乾かせるだろうか。いや、いっそのこと奴らの言う通り、死んでやろうと思い立った。
 放課後から河に連れ出され、私物を探し回ってもう夜も11時を過ぎていた。
 人間の死体がゾンビの食料として配給されるようになってからは、自殺はこの国では犯罪だ。
 四肢が吹き飛ぶ投身自殺なんてまともな食料にならない為、重罪である。
 電車に飛び込んでやる。そう誓った。
 死んだ後に犯罪者になると困るのは僕の家族だ。それでもただで死ぬのも、いじめる奴らのいう通りにゾンビの食料になって社会貢献するのも嫌だった。
 死ぬならせめて大勢を道連れにするか、四肢が吹き飛ぶような死に方をしてやる。
『3番ホーム、列車が参ります。黄色い線の内側に――』
 ふらふらと線路に近づいていく。
 お父さん、お母さん、ごめんなさい。僕は今から犯罪者になります。それも死んだ後に負債を残す形で――

(ヤバい、ヤバい!!止まらねぇ!!)
 ふらふらと動き出した"美味そうな奴"の後をそっと追う。
 いや、本当は追ってはいけないのだが、本能がもう止まらない。
 というかこいつはなんでこんなに美味しそうな匂いがするんだよ。他の人間の匂いを嗅いでこんなことになった事などない。
 明らかにおかしい、でも止まらない。
 パァーッと電車が通り過ぎるその瞬間。
 そいつの腕を掴み首筋に齧り付いた。
 
 
 
『あら、また人間が死んだわね』
「ミコト!!」
 電車のホームで声を上げた。
 暫く居なかったミコトの声だ。
『死んだと思って見に来たんだけど、また魂の回収は必要ないみたい』
「なんだそれ?」
『アンタと同じようなもんよ。人間がゾンビになっちゃった』
「えっ……ってそれ、犯罪なんじゃ……!?」
『しっ!ほらあそこ』
 ミコトの声の方を見ると、俺と同じ学ランの制服を着た少年がブレザー姿の少年を引っ張ってトイレの方に連れ込んでいくのが見えた。
(あの学ランが噛んだってことだろ!?通報した方がいいか)
『いや、それがおかしいのよ』
(おかしいって何が)
『魂の情報。夜橋ヒカル享年17歳。今日電車に轢かれて死ぬ運命だった筈なのよね』
(電車に……ってそっちも犯罪じゃねえか!)
『そう。今日同じ時刻に死ぬ運命だった筈の魂が実際に死んで、ゾンビとして息を吹き返した……ただそれだけのことなのよ。予定通りに死んでるから、何も異常がない』
「予定通りって……とりあえず行くぞ」
 夜橋が連れ込まれていったトイレに俺は乗り込んだ。
 
「う、うわあ……!!どんどん顔色が……ゾンビになっていく!!うわあああ!!!」
 夜橋の悲痛な叫びに、学ラン姿の同い年くらいの少年は頭を下げ続けた。
「頼む!犯罪者にはなりたくないんだよ!人間としての君は死んじまっただろうけど……ていうか、噛んだだけでちょっとしか食べてないし、美味しかったけど……本当にスマン!警察には行かんでくれ!!お願いします」
「そ、そんなこと言われても……」
「おい、大丈夫か、アンタら」
「あっ!」
 慌てて学ランが夜橋を隠そうとした。
「い、いや何でもないってか……ちょっとしたトラブルがあっただけで」
「何でもないってこたねーだろ。俺見てたもん、そいつが噛まれんの」
 大嘘だが、ミコトが言うのだから間違いはないだろう。
『どうするつもり?君だってゾンビになって日が浅いのに』

「聞いたかよ!?夜橋の奴、本当に死にやがった!!」
「電車の事故じゃなかったっけ」
「事故じゃないね。俺たちのいうこと従順に聞いた結果に決まってる!!」
「まあなんにせよ、胸糞悪いいじめ見なくて済むようになったんだから死んでくれてよかったよねー」
 明朝。
 ある家庭では両親のすすり泣く声が響き、ある学校では歓喜のような高揚が辺りを包み込んだ。
 死ねと言えばいうことを聞く駒を操っていた万能感。臭いものに蓋をして見なくても良くなった安心感。異様な光景が混ざり合ってカオスを生み出していた。
 
 一方で、ゾンビの学校、屍学園。
 ゾンビ社会の時間を終え、校長の他に3人のゾンビが学内に残っていた。
「君がそれで良いと言うならば……。我が校から犯罪者を出すのは我々としても避けたいのです。本当に、それで良いのですか」
「はい。両親にもう会えないのは寂しいですが、人間としての僕は生きながら死んでいました。僕はゾンビとして隠れて生きて行く」
「大上君、君は」
「本当にすみませんでした。夜橋の命を奪っただけでなく、学校にも迷惑をかけて人間たちのゾンビに対する不信感を煽るような事態になるところだった」
「よくわかっていますね。それでは、目撃者の代替君」
「絶対誰にも言いません。夜橋、俺も人間からゾンビになったクチなんだ。お互いフォローしてこうぜ」
「う、うん……ありがとう」
「では、今日はもう朝時間になってしまいましたから保健室に泊まっていきなさい。予備のジュースや食料が職員室の冷蔵庫にありますから、晩御飯と朝御飯はそれで賄いましょう」
『丸く収まってよかったわね』
(ああ。お前も戻ってきたことだしな)
『あら、私はずっと君の傍に居るわけじゃないわよ』
 ミコトと脳内で対話しながら、夜橋に噛み付いた大上の様子を伺う。
『死に際のあの子の魂が、ゾンビのこの子の本能を触発したのね。それで噛み殺してしまった。本当なら大上君も人間を噛んだりはしなかったでしょうね』
(なるほどな……。ま、そういうこともあるか)
 そういえばと、校長室を出て保健室へ向かう途中、気になって夜橋に声をかけた。
「えーっと、夜橋君だっけ」
「うん。夜橋でいいよ」
「じゃ、夜橋。お前って、人肉食べられる?」
「え」

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