アンデッドハイスクール第1話

#創作大賞2024 #漫画原作部門 #少年マンガ #少女マンガ #青年マンガ

あらすじ
人間とゾンビの共同社会。死んだ人間は成仏するか、天使や悪魔に転生するか、はたまたこの世でゾンビとして生まれ直すか、魂の行く末に選択肢がいくつもある時代。選択肢は選べはしないがこの世ではゾンビの人口は増え続ける一方。
代替生人(かわせいくと)は交通事故で死んだ後、ゾンビとしての魂生を歩んでいく。

 ゾンビは同種の生きた肉を喰らう。
 人間のゾンビは生きた人間の肉を、犬のゾンビは生きた犬の肉。
 腐りきった肉ではなぜ駄目なのかはわからないが、、喰われた者も共にゾンビになってしまうという。
 ゾンビは通例知能のない生きる屍とされているが、現代ではゾンビは知能もあるし身体も元気。ゾンビはゾンビの社会に、人間は人間の社会に分断して生活することに成功した。
 人間の死によって生まれた死体は即刻冷却保存されゾンビたちの食料に。
 国がゾンビたちの食を管理することでゾンビの私的な人食いは犯罪となり、人間側の規律では死体の損傷の激しい自殺はゾンビの食料になり得ない為、法律違反になった。
 人間はゾンビに食料を与え、ゾンビは人間に従うことで危害を加えない。そうして共生関係が生まれていった。
 
 細道の信号のない交差点。
 止まらずに走り抜けたのが悪かった。
 乗用車との追突。車も自分もスピードは落としていなかった。
 ドンっと音がして、骨があちこち折れたような、地面に強くぶつかったような、血が出ているような、視界が朦朧とするような……。
 そんな気がしながらもするりと自分の身体から抜け出るのがわかった。
 今の姿は魂だ。生霊ではないだろう。おそらく俺は死んでいる。
(おーい!誰か!ちょっと運転手さん!……って、誰にも見えてないのか?)
 追突した運転手が慌てて警察や救急車を呼ぶのを空から眺めていた。死んでしまった体はピクリとも動かない。
「なんだ、あのトラック……?」
 警察や救急車のほかに、もう一台何か小型のトラックが道路脇に停車した。
 てっきり救急車の方に乗せられると思っていたのに、死体はトラックの方へ担架で運ばれていく。試しに中に入ってみると、もう感じないはずのヒヤッとした冷気がコンテナ中に立ち込めていた。なにより驚いたのは、自分以外にも死体が数体乗せられていることだった。
(うわあ……死体の山だ)
「早くしてほしいよ、他の死体が腐っちまったら困っちゃうよな」
「警察の手続きがもう暫くかかるみたいですよ。なんでもこの子、身元確認のとれるものが無いとかで」
 そういえば死ぬ前は、携帯電話一つを手に、それ以外の物はなにも持っていなかった。
「それじゃ遅くなるな。扉閉めとけ、温度が下がる」
「ハイ」
 バタンと扉が閉められ、暗闇の中に閉じ込められた。
 といっても、霊体なのでスルッと中から出られるのだが。
「君、初めて”霊柩車”見たの?」
「うわっ!?」
 突然背後に白い着物の女が現れた。
「知らないの?ここ最近じゃ、死んだ人間はゾンビの食事になるでしょう。死体が腐敗しないようにチルド保存しながら人肉加工工場まで運ぶトラックがあるのよ。通称”霊柩車”」
「え、ええっ……?死んだらゾンビの餌になることは知ってたけど……
 というか、あなた誰ですか」
「私はミコト。死んだ人間の魂を回収する魂の運び屋よ。普通の魂は自動的に生まれ変わりや成仏に向けて私たち運び屋の方へ寄ってきてくれるんだけど、君、霊体のわりにえらい実体が濃いわね。これだけ意識がはっきりしてるのも珍しいし、私が傍に寄っても引き寄せられもしないし、おかしいなぁ」
「ふーん……。やっぱり俺、死んでるのか」
「死んでるわよ。でも君の魂を見る限り、成仏する運命の魂だからこんなとこで油うってると地縛霊か悪霊になっちゃうわよ」
「俺、霊なんかにゃなりたくないけど成仏もしたくねぇよ」
「代替生人(かわせいくと)君ね。享年16歳。今日事故で死ぬ運命と魂に記録してあります。死ぬべくして死んだのよ」
「こんなに元気なのに?」
 試しに空中で宙返りして見せる。オマケで大きく背伸びの運動もして見せた。
「元気でもなんでも死んじゃってるじゃない」
「んなバカな……」
 途方に暮れる。
 実を言うと、死んですぐ自分の死体を眺めながら警察や救急車が集まってくる頃にはもう一度自分の体の中に戻ろうとしていたのだ。肉体は死んでいるようでも、明らかにこの魂は生きている。体にさえ意識が戻ればあとは何とかなると思っていた。
「死んだ後のことまでよく考えてなかったんだよ。時間をくれ」
 ミコトの方を拝むように見つめる。
「ちょっとの時間ならまだあるわよ。それにしても、何するつもりよ」
「俺の死体の行く末を見届けさせてほしい」
「だから、死体は人肉加工の工場に行くんだってば」
「わかってるよ!でも、死んだ後に自分の身体が他人の食いもんになるなんてよくよく考えたら嫌だよ俺は。だからどうなるのかだけでも見ておきたい」
「うーん……わかったわよ。でも、私たちの姿は誰にも見えていないし、何かに触ることもできないんだから本当に見るだけよ」
「おっけー、おっけー、そこまでできるならありがたいぜ」
 嘘である。どうにでもして自分の死体は回収したい。
「そしたら霊柩車の中に入れてもらっちゃおう」
 スルッと二人してまたひんやりと冷たいトラックの中に入り込んだ。
 冷たいのか寒いのか、直接感じることはできないが冷気のようなものを感じる。
(これ全員、死んでるんだよな……。うおお!俺の魂よ!体に戻れ!頼む、戻ってくれ!!)
「ちょっとアンタ……見るだけって言ったよね?」
 必死に念を込める俺にミコトが呆れ顔で聞いた。
「わかってる、わかってる」
「まあ、何したってもう死んじゃってるから意味ないけどね」
 暫くして、霊柩車こと冷却トラックが発進するのがわかった。
「それにしても、自分の身体が解体されて食べられるのを見たいなんて変わったコだよね君」
「まあな。ゾンビは夜時間の活動が主で仕事や学校もゾンビだけらしいし、俺だって昼時間の人間社会しか経験がねえんだもんよ。どんなもんかなんてあんたに聞かされて初めて知ったぜ」

 ゾンビと人間が共生生活を始めてから、真夜中から明け方はゾンビたちが多く出歩き、仕事をし、ゾンビの年齢によっては学生生活も営んでいるらしい。朝から夜にかけては人間の時間帯で、真夜中に自分から出かけもしない限りはゾンビなんて日常生活で見かける事すら無かったのだ。たまの事件でゾンビの人食いがニュースになることはあったが、ゾンビに関して知っていることなんてその程度のことだった。
 トラックのコンテナの中には小窓すらなく、真っ暗闇だった。曲がったりカーブに差し掛かるたびに並んでいる死体たちがずりずりと少し移動する。
 運転席のトランシーバーがピーッガガッと通信を受信するのが聞こえた。
『付近の地階病院にて死者発生。回収に当たってください。どうぞ』
『地階病院了解。回収後一旦加工工場へ積み下ろしに行きます。どうぞ』
『了解しました』
 どうやら俺の次にも死人が出たようだった。
 数分もしないうちにトラックが停車する。
「え?聞いてないよ!これ大丈夫なのかな」
「持って行ってみるしかないよ。工場の所長さんに聞こう」
 するとすぐに作業員たちの戸惑ったような声が響き渡った。
「外が騒がしいわね……行くわよ」
「おう」
 外に出てみると、担架に乗せられている死体は明らかにトラックの中の死体たちとは異なっていた。
 顔の半分がおそらく喰われ、筋肉や骨がむき出しになっている。まだ真昼間だというのに、ゾンビによる人食いが死因のようだった。血の処理は既に病院が施していたようで、どろどろとした嫌な見た目ではなかった。
「ゾンビ化してたら魂は体にあるはずなのに、もう他の運び屋に持ってかれちゃってるわね」
「あれが、ゾンビ化か!?」
「肉体が完全にゾンビになる前に魂が成仏して死んじゃったんじゃないかな。だからゾンビにならずに死んだ」
 ゾンビに食われると、感染的に食われた者はゾンビになってしまうのだ。
 魂が先に死んでしまったから、身体の腐敗が止まったのだろう。
「まだ腐敗はしてないからまあ、連れて行きましょう」
「はあ、我々としても病院に運ばれた時にはもうこのような状態でしたので……」
 霊柩車側と看護師との会話でも戸惑いが見て取れるようだったが、一応、というようにコンテナ内に死体が運び込まれる。
「この場合、引き取ってもらえなかったらあの死体はどうするんスかね」
「そりゃ上に指示を仰ぐしかないだろうよ」
「ゾンビ化の途中の死体なんて俺、初めてですよ」
「俺もだよ」
「……」運転席の会話に耳を澄ませながらミコトと共に死体達の傍に座り込んだ。
(何やら特殊な状況のようだが……、俺はとにかく自分の死体だけ持って帰られればそれでいい。土でも掘って自分で埋葬するさ)
 今の俺では自分の死体を触ることすらできない。
 自分の死体に腕を通してみてはスカッと空振るばかりだ。
「いいかげん諦めなさいっての」
「ちくしょー……」
(何か良い案は無いのかよ!?おれが自分の死体に触れて、息を吹き返せる良い案が!)
 戻れ、戻れ!
 体がいくら死んだっつっても、魂の俺はこんなに元気なんだぜ!
 魂が体に戻れば、死んだ肉体だって生き返るかもしれねえじゃねえか!
「――というわけでですね、半ゾンビの死体があるわけなんですがどうしましょうか」
 トラックは山道を通って山林地帯にある工場の裏口に到着した。
 人肉加工工場というからどれだけ恐ろしい場所なのかと身構えていたが、何やら肉特有の甘い香りが漂っている程度で、血や死体の匂いがするのではという予想とは少し違っていた。
「半分ゾンビとなると……、私たちも同族を食べるわけではありませんので引き取りは難しいですが……」
「まあ状態を見てからでも……」
「とにかく先に、他の死体を運び込みましょう」
(ちょっと待て!)
 慌てて自分の死体の腕を掴む。すり抜ける。
 ゾンビと人間の共生社会では、誰もが被害を受けないために、そして加害をしないために、死んだ肉体はゾンビの食料になってゆく。それでも死んだ後、こんなにも意識がはっきりしているし、嫌だと思ってしまったものはしょうがないのだ。
 ちくしょう。このまま俺は元の姿のままでもない肉に加工されてゾンビ達に食べられちまうっていうのかよ。
「どうする?引き渡しまではついて来たけど、加工や納品先で自分が食べられるところまで見たいの?」
 ミコトの呑気な質問には答える暇がない。
 隙をみて自分の身体に戻って逃走するつもりだった。しかしどうやってもそれができないのだ。
 ガチャガチャ、キーッと扉が開く。暗闇に光が差し込んでゆく。
 戻れ、頼むから俺の身体、動け!!
 
 
「えっ……!?」
 "霊柩車"の作業員が思わず声を上げた。
「半ゾンビの死体が……生きてます!」
「すみません!!俺まだ、死んでません!!」
「え、ええー!?!」
 俺は精一杯声を上げた。
 作業員たちも驚きの声を上げた。
 さっきまで見えていたはずのミコトの姿が見えなくなった。俺が生き返ったせいだろう。
 死ぬ前と違うのは……俺が他人の身体に入ってるってこと!
 
「あいやぁ、そしたらお仲間ですね。別の意味で引き取りが必要です」
 ゾンビである工場長が穏やかに笑った。
「半ゾンビが……ゾンビになっていく!」
 作業員たちが信じられないものを見るような目でこちらを凝視していた。
『アンタの魂が入ったから、魂だけ無くて止まっていた身体が動き出したのね』
「ミコト!!」
『アンタは魂だけの存在だから、声だけなら聞こえるのね』
「なるほどな。俺は俺をひき肉にはさせねーぜ!」
 急いで自分の死体を背負い、トラックから飛び降りた。
「お、おい!ちょっと君!」
(お、重てーな、俺の身体……)
 作業員の声を背におそらく来たばかりであろう山道を引き返していく。
 山林地帯で木々が生い茂っているとはいえ、高いところから見下ろす町はよく見える。
「地階病院は……あれか」
 工場へ来る前に経由した病院から事故で死ぬ前の道を目指す。
 そもそもなぜ、事故を引き起こすほど急いでいたのか。
 他の死体を引き渡したトラックが追いかけてくるのが分かった。
「君!困るよ、他の死体持っていかれちゃあ。色んな手続きを踏んで運搬されるんだから、死体の行方がどこ行ったか分かりませんじゃ話にならないんだよ。人の生き死にが関わる重い仕事なんだ。君がゾンビになったのは分かったから、その子の死体は返してくれ」
「そ、それは困ります!」
「こっちも困るよ!ていうかなんでだよ!」
(なんでって……こっちが俺の死体だからだよ!)
『生人君?あんたは生き返ったんだから、自分の死体は手放しちゃえば?人一人背負って逃げるなんて無茶よ』
 ミコトの助言が脳内に響くが、ここは一つ無視をする他ない。
「運転手さん!頼みがある」
 くるりと振り返って運転席の窓から顔を覗かせている作業員に向き直った。
「この死体は必ず返すよ。でも一つだけ頼みを聞いてほしいんだ」
「頼み?死体の腐敗が進むとまずいからそんなの困るよ」
「すぐに済む。もう時間がないはずなんだ。"俺"を乗せた地階病院ってあるだろ。そこにこの死体と俺を乗せてって欲しい」
 
 俺こと代替生人、16歳。
 物心ついた時にはもう、両親は他界していた。
 母方の祖父母に引き取られて育ったが、祖母も早くに他界した。
 祖母は癌で亡くなったらしい。両親に関してはどうして亡くなったのか祖父母に聞いても教えてもらえず、両親の親族の連絡先すら知らなかったので他に情報を得るあてもなければ頼る伝手もなく、二人して他界している――ということになっている。
 祖父もまだ、70代だ。早すぎるくらいだった。それでも病院に入院することになり、俺は祖父母の広い家で一人、日常生活を営みながら病院へ通った。
 様態が悪くなった時の、電話一本。
 学校の授業中だった。
 それでも関係なかった。たった一人の俺の家族。
 いつもの調子が悪くなった時の山場ではないだろう。本当の最後だと悟った。
 車の通りが少ない時間帯で、人通りの少ない時間帯だった。自分も車も油断して、それで事故が引き起こされた。
 死に目に自分の姿を見せてやることに必死だったのだ。。
 
「ジジイ!!」
 病室の戸を開けて、自分の死体を背負ったまま駆け寄る。
 傍にあった来客用の椅子に自分の死体を座らせる。
「ジジイ!!起きろ!!俺だよ、イクト!!」
 看護師たちに囲まれる中で"生人"の手を取り、祖父の手を取って繋ぐ。
 周囲がざわつくのがわかる。
 当然だ。さっき死体として出ていったばかりの半ゾンビが戻ってきた挙句他人の名前を瀕死の患者に語りかけているのである。
『今のあんたはあんたじゃないでしょ!落ち着きなさいよ!』
(そ、そうだった……)
 ミコトの声にハッとして後ろに下がる。
 祖父の閉じていた眼がうっすらと開いてゆく。
 おぼろげで、ほとんど何も見えていないだろう。
 それでいい。いや、今はそうであってくれなければならなかった。
「ああ……生人……来てくれたんじゃのう……こんな年寄りに付きおうて……
 手……冷たくなっとるが。温かくして長生きできるようになぁ……お前は長生き……してくれよ」
 "生人"に向かって祖父は語りかける。
 後ろに佇む"俺"も、辺りを取り囲む医者たちも、姿の見えないミコトも関係のない、「家族」の会話。
(ゴメンな爺ちゃん……俺、先に死んじまったよ)
 死にゆく祖父と死んでしまった俺は、手を繋いだまま静かに最後を迎えた。
 祖父の身体から抜け出た魂が、空へと昇って行くのが見える。
『頼んだわよ』
『ああ』
 おそらくミコトの仲間だろう。
 
 
「あの、ありがとうございました。まだ間に合いますか、この死体」
 病院の裏口付近で待機していた作業員たちに自分で自分の死体を引き渡す。
 閉じてしまった目はもう開かない。ぐでんと力の入らない重たい死体をまたトラックに運び込んだ。
「まあ大丈夫だろう。(思ったより早かったし……)さっき緊急でこの病院の死体の受け入れ伝達があったから、もう少し俺たちはここで待機だけど、君は?」
「さあ……?」
「おいおい。大丈夫かよ。ゾンビになったらこれからはゾンビ社会で生きて行くんだろ。色々大変だろうけど頑張れよ」
「はあ。ありがとうございます」
 あくまでも親族ではない身体の俺は、死後の祖父の面倒を見ることは許されなかった。
 しかし自分自身は死体なので"霊柩車"に返すしかなく。
『ちょっと君!!』
「うわっ!!なんだよ」
 突然、慌てたような叫び声が頭に響き渡った。ミコトである。
『あんたのやり残したことって、さっきのお爺ちゃんとの事だったんでしょう。もうやり残したことがないなら成仏できるんじゃない?死んだ後、成仏まで少し時間があるって言ってたけど、早くしないと成仏できなくなっちゃうわよ!!』
「そうだった!!たしかにそうだ」
 しかもなんだか、成仏できそうな光が空から差し込んでいる箇所があるのが見える。
 おそらくまた魂だけの霊体になれば、ミコトがあそこまで連れて行ってくれるんだろう。
「よっしゃ、成仏しよう。一足先にジジイも待ってることだろーし……って、あれ?」
 抜け出よう。というか、出れないと困るわけだが。
 どうやって身体から出るのかわからない。
「で、出れないんですけど……」
『はぁ!?』
「ていうか、入った時もどうやって入ったかなんて覚えてねーし、出方なんてわかるわけねーよ」
『まさか……短期間とはいえ、入ってる間に魂が身体に定着しちゃったんじゃないの!?そしたらもう引きはがせないわよ!!』
「えぇ!?なんだそれ!!」
『その体のままで、成仏せずにゾンビとして生きて行くってことよ!!』
「なっ……!!?」
 この身体はおそらく霊柩車に引き渡された時点で死亡扱いになっている上に、身元のわかるものも無い。
 家の鍵は、おそらく引き渡された人肉加工工場で衣服もろとも処分されているだろうが、幸いにもスペアを裏口の隠し場所に置いてある。
「とりあえず、家に帰るか、いや……というか、この頭のままうろついてるのはマズいだろ。くそっ」
 頭の半分がゾンビに喰われている身体である。しかも今は昼間は過ぎたものの夕方辺り。まだ"人間社会の時間"なのだ。"ゾンビ社会の時間"まで数時間どころ待つだけでは済まない。
「運転手さん!!」
「うおっ!坊主!まだいたのかよ。心臓に悪いな、そのカオ」
「すみませんけど、もう一回工場に俺を連れて行ってほしいんです」
「こっちは準備が済んだからよ、それは構わねえけど。乗る場所ねえからコンテナの中だぜ。腐敗防止の冷却仕様だからな、凍死しちまうんじゃねえのか」
「ゾンビなんで大丈夫です」
「お、おお……そうか。わかったよ」

「必ず戻ってくると思っていましたよ」
 工場長はにこやかに俺を出迎えた。
 祖父の死体が運ばれていくのを尻目に工場長に向き直る。
「てことは……俺みたいなのが他にもいるってことですか?」
「ゾンビの人食いは犯罪ですからね、人間たちには秘密ですが……。
 公になっていない事例では君のようなゾンビ化でゾンビの人口がじわじわ増えているというのはあります。
 ああ、今は昼勤務ですから死体の保存庫へ運搬する数人しか出勤していませんので会うことも無いのですが」
「いや、俺はゾンビ化というか……」
『ちょっと!余計な事言わなくても良いのよ!』
「あ、ああそうか……」
「ふむ?なにかありましたかな?」
「い、いや何も」
 ただゾンビ化しただけでなく、他人の魂が本人になり替わっているなんて言っても信用できるものではない。
 成仏もできないが、ゾンビというのは、人間の身体としては死んでいるがゾンビの身体としては脳を潰されるまで死なないらしい。死なない体で生き続ける為にも変なことは秘密にしておいた方が良いだろう。
「君は見たところ学生でしょう。人間の学校に通うわけにもいきませんからゾンビとしての戸籍登録をしてゾンビ社会で生きることになります。
 ま、寝転んでください。幸いここには人間の皮膚や毛の生えた皮だって沢山ありますから」
「は!?い、いや、なにする気ですか!?ちょっ……」
 工場長、見た目に反して力強ッ……!!
 ここに来て急展開!?なぜ人肉加工工場で寝転ばなければならないのだ。怖すぎる。
 
「はい、できましたよ」
「お、おお……」
 手鏡を渡されて見てみると、半壊していた頭はおそらく別の人間から剥ぎ取られた皮膚が移植されていた。皮膚の色も髪の色も移植された箇所のみ元の色とは少し違うようだが、それでも様になっていた。
 もう出歩くことも無いのだろうが、昼間に町を出歩いても困る見た目ではない。
「今日が君の、ゾンビとして生まれた日です。誕生日おめでとう」

「小テスト何点だった!?オレ0点!」
「アンタほんと懲りないわね」
「頭のヤバさは死んだ方がもうマシかもしれん!」
「ゾンビなんだからもう死んでるでしょうが」

「彼女に振られた!」
「今月何回目だよ」
「つーかゾンビなのに付き合ったってなんの生産性もないんじゃねーの。なんで付き合うんだよ」
「生産の為に付き合うとかグロイこと言ってんじゃねーよ!」

 ゾンビの学校は今日も賑やかである。
 もう死んでるのに生きている……、彼らの会話に"ゾンビジョーク"は欠かせないものだ。
 彼らは歳を取らない。しかしゾンビ社会が形成されている今、社会の新陳代謝のために学校に通い、学年を重ね、卒業することで"歳を取る"ことになっている。
 ゾンビの学校、高校1年。A組。
 とっぷりと夜も更け、校内の窓の外は真っ暗である。
 
「みんなーっおっはよーーっ!!」
「おはよーってセンセー、夜ですよー」
「じゃ、こんばんわ。皆さん、今日からこのクラスに転校生がやってきます」
「マジかよ!呪い!?使役!?ゾンビ化!?それとも元々ゾンビの奴!?」
「ハイハイ落ち着いて。じゃ、自己紹介よろしくね」
 教卓の前で元気いっぱいに挨拶をする女性教師、灰田に促され、教壇に立った。
 
「代替生人、16歳。元人間です。よろしくお願いします」



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