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”怒り”を私なりに砕く

いつからだろうか。
激しい怒りを受けた時、または自分の中にボコボコと怒りが湧いた時、こう考えるようになったんだ。

「今、1番大事にすべきことは何だ?」
「1番大事にすべき、感情はどれだ?」

怒りのままに言葉を吐き、投げつけ、“怒り”そのものに次第に飲み込まれていくと、それらの大事な気持ちや元々の感情が、見えなくなるように感じるんだ。
モヤモヤと薄れるような…、“怒り”そのものに感情が支配されていくような…。

そうそう…、“怒り狂う”って言葉があるだろう?
その言葉はしっかり、的を得ているのだろうなと感じるんだ。

イライラしていると、いつもならスルーできることでも見てない振りできなくなり、そうして現れた怒りを言葉に、口に出すと有ろう事か増えてゆき、吐いても、吐いても、吐いても吐いても、ドロドロと汚く強すぎる言葉は止まるところを知らない。

“怒り狂う”を私の言葉で表現するならこうだ。この“怒り”は伝染し、悪循環を生み、激しい方向にも、または気分が落ちる方向にも向かわせてしまう。

こうならないため、“怒り狂う”に行き着いてしまわないよう、私は今日も私に魔法のような言葉を唱える。

「今、1番大事にすべきことは何だ?」
「1番大事にすべき、感情はどれだ?」と。

もし、ここまで読んでくれたあなたに少しでも共感していただけるのなら、この言葉を唱えるところから試してみてほしい。

怒りは、恐らく必要な時もあるが、無意味に振り回す必要はきっとない。
無意味に振り回し、傷付け、怒りをぶちまけることでストレスを発散する___。そんなやりとりを時々、見かけては少し悲しくなる。
皆が平和に、自然体な笑顔で、ゆるゆると過ごせる社会が来ることを、noteの端からこっそりと祈ろう。

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