中本の蒙古タンメン

ごめんなさい、蒙古タンメンの話ではありません。初めて食べた蒙古タンメンは、彼から教えてもらったという話。

30年近く生きていると、自分の好き嫌い、興味のあるなしはある程度分かってくる。通ってこなかった道も多い。蒙古タンメンもそのひとつだった。

そもそも彼は私がこれまで好きになったタイプとは少し違うタイプの男性だった。初めて会ったのは、12月の中旬の土曜日。日が短くなっていたので、待ち合わせの17時は既に辺りも暗くなっていた。彼との共通点は、お酒、音楽、映画が好きなこと。アプリの写真では、顔がしっかりとはわからなかった。後ろ姿の写真と、サングラスをつけた写真、この2枚。年は4つか5つ上だったはず。私の方が少し早めに待ち合わせ場所についた。目当てのお店は予約をしていなかったのだが、人気店ということだったので、先に覗きに行ってみた。昼間から営業していたそのおでん屋は既ににぎわっている様子。入口すぐのカウンター席が空いていたので、数分後に2名で来るからと伝えて駅に戻った。駅で落ち合った時のことはよく覚えていない。彼と最初に会った時の記憶は、お店に入ってすぐ、コートを脱いだ瞬間のこと。彼はカーキのミリタリーコートにチェックシャツ、黒のジーンズに革靴、かばんは持たずに手ぶらで現れた。色黒で体型も割とがっちりしている。見た目からは、あまり私が好きになるタイプではなかった。コートを脱いだ瞬間、ふわっといい匂いがした。すぐさま、「コート掛けますよ」と私のコートもあずかってくれて、とても気遣いができる方だなと思った。とりあえずビールを頼んでから、メニューを見る。彼は、私に好き嫌いを聞いてから、「じゃあ俺少し考えてもいいですか。プレゼンしますね。」と言って、率先してメニューを決めてくれた。マッチングアプリで会った人と初めて会った際のメニュー決めは、大抵二人で探り合いになるのだ。そういったまどろっこしさを感じさせない彼の男らしさに、ドキドキした。見た目はぎらついているようにも見えるのだが、話し方は落ち着いていて、とても優しい。お酒が少なくなれば「何飲みます?」と絶妙なタイミングで勧めてくれるし、料理もさらりとよそってくれた。とにかく居心地がよく、気づけば日本酒を何種類も飲んで、顔は火照っていた。

2時間ほどでそのお店を後にし、電車で別の駅に移動した。そこには少し大きめの寺院があり、散歩をしながら夜の寺院の雰囲気を楽しんだ。その近くに居酒屋が立ち並ぶ有名な通りがあって、2軒目、3軒目とはしご酒をした。合間にバッティングセンターにも行った。彼がバッティングをしているときに、こっそりと後ろ姿の写真を撮った。忘れないようにと、彼の吸っていた煙草の箱も入れて。

どういう雰囲気でそういう話になったかは覚えていないが、またも場所を変えようということになり、わざわざ30分ほど電車で移動した。移動した先で最初に訪れたのは、水タバコが吸える少しムーディーなカフェレストラン。外は寒かったけれど、薪ストーブがあるテラス席で、人生はじめての水タバコを体験した。その後は、お酒を飲みながら、卓球やカードゲームなどが楽しめるラウンジバーのようなところへ言った。ジェンガや卓球を楽しんだ記憶ははっきりとあるのだが、おそらくゲームの勝敗でテキーラかウイスキーかをショットで飲んだりもしたのだろう、その店を出てからの記憶は断片的で、土曜の夜中のラブホテルがどこも満室で彷徨ったこと、なんとか空室を見つけて部屋に入った瞬間、それだけ。気が付いたら、まったく知らない場所で目を覚まし、漫画のように「ここはどこ?昨晩何があったの?」と記憶を辿っていた。

まさか会ったその日に一夜を共にするとは思っていなかったので、翌日は昼から予定を入れていた。その約束には到底間に合うような時間ではなく、約束の相手には、「風邪をこじらせたから今日はなしにしてほしい」と嘘をついた。これまでついた嘘の中でも、特に重く罪悪感がのしかかる嘘だった。

昨晩の記憶は一切なかったが、起きてからまた広い浴槽に一緒につかり、行為に及んだ。彼のソレは途中で萎えてしまって、最後まではしなかった。

ホテルを出てから、自販機でポカリを買った。おそらくすべて彼が支払いをしていた。ホテル代も、部屋で飲んだお水の追加料金までも。水代くらいは払いたかったのだが、「いいよ、代わりに出てからポカリ買って?」と言われたのだった。この後が、すごく記憶に残っている印象的なシーン。その時に「俺、7秒でこれ飲み切れるよ。数えてて。」と言われ、カウントをしたが、彼は半分くらい飲んだところでやめてしまった。「えーなんで!」と笑いながら言ったら、「違うでしょ、やさしさでしょ」と私にポカリを手渡した。文字にするとなんてことないのだが、その瞬間の彼がかわいくて、優しくて、ひどくときめいてしまった。

お昼をまわっていたので、彼が好きだという「蒙古タンメン 中本」に行くことになった。初めての中本、さすがお昼時、少し待ってようやく中に入れた。初めての蒙古タンメンは美味しかったし、「ゆっくりでいいよ」「食べれる?無理しないで」と気遣ってくれる彼も最高だった。

駅に向かいながら、今度は鍋かな、いや、またおでんもいいな、なんて話した。次もあるんだなーと思ってうれしかった。


彼とは、それから、月に1回くらいのペースで会っていた。いつも夕方か夜から会って、お酒を飲んで、どちらかの家に行き、朝別れるのが定番だった。彼は「お酒を飲むとダメなんだ」と言って、なかなか最後まで出来ないことも多かった。相手のソレが途中で萎えてしまうことがこれまでなかったから、自分のせいかな、なんて思って寂しくなったりもした。

彼は、私が今まで好きになったことのないタイプだった。身体もがっちりとして、色黒で、男らしい。いつだって女の子扱いしてくれて、焼き肉は「焼くのが好きだから」と言って、いつもトングを渡してくれなかった。それが心地よかった。

月1のふわふわとした関係に耐えかねたわたしは、春を迎えたある日、彼の家からの帰り際にふいにキスをして、好きだと伝えた。返事を聞く勇気はなくて、そのまま逃げるように彼の家の扉を閉めた。

それっきりだ。

彼と出会ったことで、これまで通ってこなかった初めての経験がたくさん出来た。

そういえばあれ以来、蒙古タンメンはまだ食べてないなあ。


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