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〝縁〟を感じるとなぜ嬉しいのか?考えてみたら当たり前の答えになった

「月曜日の抹茶カフェ/青山美智子」を読んだ。
1冊を通じてずっと〝縁〟がテーマになっている。

人と人との縁はもちろん、人と店、人と商品の縁も感じられる、心あたたまる小説だ。

さて、縁がつながる、ご縁があるというのはなぜこんなに胸が温まるのだろうか?

無条件に縁=いい、素敵だ、と思っていたので考えてもみなかったが、意外とことばに出来ないので考えてみる。

縁が繋がるとなにがいいのか?

居場所が出来るからかな?と思った。

まず人同士の縁で考えてみる。
会社や共通の知り合いを通じて、ご縁があり、誰かと繋がったとする。
その人と友だちになれば、自分にとって相手は、大切で必要な人になる。そして自分も相手にとってそういう存在になれて、居場所が出来る。
仕事上での繋がりでも、お互いに信頼できて頼れる存在になれば、お互いに必要とされて居場所が出来るということだろう。

人とお店の縁で考えてみる。
私には、2年ほど通っているオネエバーがある。彼氏とたまたま通りがかって入ったのがきっかけだが、お店の人とも常連さんとも仲良くなり、居心地がよくなってしまった。ひとりで飲みたい時、友だちと2軒目を探している時、なんとなくそこに行ってしまうし、いつでも行けば歓迎してくれる。
やはりここでも自分の居場所がひとつ出来たという喜びに繋がっていると思う。
そこに知り合いを呼んで、気に入ってくれれば嬉しいし、常連さんと仲良くなれるのも嬉しい。

居場所が出来ると嬉しい
とか
人と繋がれると嬉しい
と感情は、「ひとりでは生きていけないから」という理由からくるものだと思う。

先日読んだ「なぜ僕らは働くのか」には、ひとりひとりの生活が、ひとりひとりの仕事に支えられて成立していると書かれていた。地球上に自分ひとりしかいない状態で生活できないことは、考えなくても分かる。

また、一時期話題になった「スマホ脳」では、人類がずっと集団生活を送っていたことが書かれている。だから共同体から追い出されることに恐怖を覚え、嫌われるかもしれない不安に強いストレスを感じるらしい。

私たちは、経済的にも本能的にも「ひとりでは生きていけない」と知っているようだ。

だから、新しい人との繋がり〝縁〟を大事にするのではないかと思う。

「月曜日の抹茶カフェ」の最後の方にこんなセリフがある。

「縁って、実はとても脆弱なものだと思うんです。どちらかが一度でもぞんざいな扱いをしたら、あっけなくちぎれてしまうぐらいに。」

当たり前だけど忘れがちな「ひとりでは生きていけない」ことを理解して、今ある〝縁〟とこれから出会う〝縁〟がちぎれてしまわないように大切にしていきたい。

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