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『藝人春秋Diary』 4. 一昨日、明後日の小泉今日子

2021年・単行本化希望!
『藝人春秋Diary』〜よりぬきハカセさん企画〜

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 2017年6月5日──。

 このところ、生ワイド番組『ゴゴスマ』に出演するため定期的に名古屋のCBCテレビを訪れている。
 レギュラー・コメンテーター席のボクのお隣はオアシズの大久保佳代子で、お互い長い芸歴ながら、この番組で初めて共演が叶った。
 彼女は実は熱烈なビートたけしマニアで素人時代には太田プロのファンクラブにも入会していたと知って以来、血縁さえ感じる親近感で心和み、毎回、雑談に花が咲く。正直、可愛くて仕方がない。
 この日、ボクがメイク室に入ると隣席の大久保はまだスッピンで顔は基礎工事が始まる前の更地、地鎮祭の真っ最中、とにかく顔の各パーツにいっさいの輪郭がなかった。
「唐突だけど、大久保さんはキョンキョンに会ったことある?」
 ボクのひょんな質問に彼女はしばし黙考した後、
「小泉今日子さん? ……うーん……確かないですねー」
と答えた。
「俺ねー、一昨日、明後日で今日子さんに会ったんだよ!」
「はいー?? おととい、あさって、きょうこさん??」
 水族館の人気者シロイルカのような大久保のノッペラ坊の顔にでっかいハテナマークが浮かんだ。

 〝明後日の今日子〟とは、小泉今日子が舞台制作者・関根明日子と立ち上げた「明後日」というプロジェクトのことである。
 舞台や映像、音楽などジャンルに捉われない作品の制作を手がけている。
 ボクは一昨日、新宿紀伊国屋ホールで、その「明後日」プロデュースの第二弾となる芝居噺『名人長二』を観てきたところだった。

 明治期の大名人、演者として作家として近代落語の祖と崇められる三遊亭圓朝がモーパッサンの短編『親殺し』を下敷きに仕立てた芝居で、不幸な生い立ちと苦闘する江戸の指物師(木工職人)・長二郎のお裁きミステリー大長編人情噺である。
 まともに演じれば4時間とも半日とも言われる大作で、かの古今亭志ん生が2時間半に渡って演じた音源が現存する。立川志の輔など近年で演じた者は、見せ場だけの抜き読みであることが多い。
 今回、俳優の豊原功補が初の企画・脚本・演出・主演の4役に挑み、鳥肌ものの熱演で平成の世に「江戸の風」を見事に吹かせていた。

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 メーク室の鏡越しの大久保に、ざっくりとした経緯を舞台の余韻と興奮と共に伝えた。
「ふーん。それでそれで!」
 大久保がいつものように鎖骨周りのリンパ・マッサージを丹念にしながら話に喰い付いてきた。
「この舞台が今、芸人仲間で話題になってて、キョンキョンが久々にオールナイトニッポンをやったり、伊集院光のラジオに出たり太田光も注目してて。高田文夫先生も観に行ったそうなんだけど、何が驚くって、毎回、受付でキョンキョンが出迎えてくれてるんだって」
「本人が……!? ちょっと質問! 博士って、そもそもキョンキョンのファンなんですか?」
「俺ねー、24年前にテレ東の『浅草橋ヤング洋品店』で一度だけロケを一緒にやってね。俺にとってアイドルは思春期に殿以外にいないんだけど、その時に電撃的に一目惚れしてセットの隅で一緒に手を繋いだ写真を撮ってもらったの。そのツーショット写真は大きく現像してもらって、結婚するまでずっとリビングの真ん中に飾ってたぐらいのキョンキョンマニア……。芸能界の女性で一番好き!」
「そうなんだ」
「でもそれっきり。それがむしろ記憶の中の“スターダスト・メモリー”として輝いてるわけ。わかる?」
「わかるわー。それ、私にとってのたけしさんと一緒だから」
「わかるでしょ! 気持ちとしては会いたいけど会いたくないわけよ」
 キョンキョンへの博士の純情で過剰に異常な愛情に頷きながらファンデーションを塗る大久保は、まるでキョンキヨンならぬキョンシーかと見紛うばかりに白塗りベースの輪郭が現れていった。

 芝居は観に行きたい、されど、受付にはありがたいことに憧れのキョンキョン本人がいる。
「その火を飛び越えて会いに行きたい、でも会いたくない」――この二律背反の命題を解く鍵がキョンキョンの本の中にあった。
 かつてキョンキョンが読売新聞の書評委員を務めた時代の原稿をまとめた『小泉今日子 書評集』(中央公論社)。本の冒頭にこうある。

「本を読むのが好きになったのは、本を読んでいる人には話し掛けにくいのではないかと思ったからだった。忙しかった十代の頃、人と話をするのも億劫だった。だからと言って不貞腐れた態度をとる勇気もなかったし、無理して笑顔を作る根性もなかった。だからテレビ局の楽屋や移動の乗り物の中ではいつも本を開いていた。どうか私に話し掛けないでください。そんな貼り紙代わりの本だった」

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 なるほど。この戦法があった!
 当日券を得るためキョンキョンがロビーに現れるであろう時間より大分早くに会場に入り、あとは開演までロビーの隅でメガネをかけてパンフレットを読みながら「どうか私に話し掛けないで下さい!」と「見逃してくれよ!」の心境で過ごすことに決めた。
「それは気が付かないでしょうね」
 相槌を打つ大久保の基礎工事中の顔も、まだ誰にも本人とは気がつかれないレベルだ。
「でも、これがさー、結局、受付の係の方がボクに気付いて楽屋にキョンキョンを呼びに行ったらしく、ふと見たら黒いワンピースを着たキョンキョンがロビー横の階段から俺に向かってさー、一歩一歩近づいてくるんだよ!」
「ほーーおぉ!」
「で、俺の前まで来て、両手を広げて『よーこそ!』って言ってくれて。思わず『いや、あの、その、今、この芝居、だ、だ、大評判ですから』って……もう恐縮しちゃってねー。生キョンキョンだったらキョドるっしょ、そりゃ!」
「キョドるわよねー、それは!」
「しかも『パンフをお持ちしようと思ったんですけど、もう読んでらっしゃったので……』とかキョンキョンが言うんだよ。俺なんかに。もう、それなら自腹でパンフ買わなきゃ良かった!」
「でも、会えたんでしょ?」
「ずいぶん遠回りしたけど 勇気を出して良かったよ! ベタだけどさ、思わず『あなたに会えてよかった』ってつぶやいたよ!」
 この劇場のときめきの時間を大久保にダメ押ししたくて、
「これね、何か似てるなって思い出したんだけど……例えるなら朝ドラの『あまちゃん』で能年玲奈(現・のん)の父親の尾美としのりと、母親の小泉今日子が若き日に偶然にも出会ってしまった時の回想シーンのようだったよ」と口をついた刹那、忘れていた『あまちゃん』での大久保の出演シーンが脳裏に蘇った。
「あれ!?  今、思い出したけど、確か大久保さん『あまちゃん』に出てたよね? だったら現場でキョンキョンにも会ってんじゃない?」
 大久保佳代子がメークのパフを持ったまま突如、笑い出した。
「博士ェー、覚えてないんですか? 私、その尾美さんがキョンキョンと離婚したあとに同窓会で再会して、尾美さんと懇ろになったバツイチの女役!」
「嗚呼―!確かにドラマはそうだった!」
「……しかもワンシーンだけの登場だったんだから、立場上、キョンキョンに会えるわけないでしょ!」としらっと言った。
「そりゃそうだ! 俺の考えがあまちゃんだったよ!」
 つまるところ『あまちゃん』とは「主役は能年」「脇役が能面」のドラマなのであった。
 そう言って、大久保佳代子がメイクの仕上げに唇に紅を差して振り返った顔は〝ヤマトナデシコ七変化〟。
 早変わりの極めつけ、いつもの女芸人・大久保佳代子のチャーミングな顔に仕上がっていた。

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【その後のはなし】

 その後のキョンキョンは2018年6月、バーニングプロダクションからの独立と舞台の制作などのプロデュース業に専念するため女優業を休養するという報告がなされた。
 ファンの気持ちをやきもきさせたが朗報だったのは、それ以前から決まっていた仕事、つまりはNHKの大河ドラマ、宮藤官九郎脚本『いだてん~東京オリムピック噺』の出演には影響はなく、ビートたけし演ずる古今亭志ん生の長女でマネージャーだった美濃部美津子役の快活な姿を楽しめることとなった。
 殿と小泉今日子の共演シーンなんて人生で一番恋い焦がれた男女なのだから、年を経てもいまだに眼福に余りある。
 
 と書いていたところで、後輩芸人のマキタスポーツの著書『越境芸人 増補版』(Bros.books)でマキタスポーツがキョンキョンとあとがき対談をしていた。

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  長らく芸能界の王道に君臨していた小泉政権の主が、今や後進にバトンを渡す裏方志向を隠さず、マキタスポーツが唱える「越境芸人」を自覚していた若き日の活動、「第2芸能界」への共感などを優しく包み込むように話されている。
 しかし、何よりマキタが、よくぞ、これほどの現存する女神を目の前にして会話が出来たなーと感心するばかりだった。

 そして2021年8月18日──。
 阿佐谷ロフトというライブハウスで『アサヤン」というイベントでボクの59才の生誕祭を開催、配信した。
 「自らが主宰して観客に自らを祝え!」というような生誕祭をやるようなザ・芸能人的な性質(たち)でもないので、誕生日イベントを催すのは芸人になっても初めてのことだ。 
 こんなことをやるのも2018年に、半年、体調不良を理由に芸能活動を停止し休養期間を経たからだ。
 その頃はひとりで「もう芸人人生を終えた」と諦めていた。
 精神科の病床に伏せ、孤独に苛まされた。
 そこからの復帰と再生は、「生まれ直し」と言っていいほどにボクの根本的な性格を変えたと思う。
 
 この日、仲間に囲まれ、後輩たちが企画するさまざまなサプライズにも応じた。
 生来の泣き上戸なので恥ずかしいのだが、泣き顔もカメラに晒した。

 そして──。
 テープの音声が流れると、小泉今日子さんがボクに向けてハッピーバースデイを歌ってくれていた。

 仲間に囲まれ、憧れの女神から生まれてきたことを祝われる。

 人生にはそんな夜が本当にあるのだな。
 それがわかるのに59年もかかった。

 

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