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歩くスピードは人それぞれ

 いまの仕事を始めて、もうすぐ5年が経つ。こんなに続くとは思っていなかった。いや、5年なんかまだまだでしょ、というツッコミは置いといて。

 官公庁が障害者雇用の人数を水増ししていた事実が判明しなければ、自分はいま何をしていただろうか。

 法律により企業や公的機関は一定割合の障害者を雇うよう義務づけられている。基本的には手帳を取得している人を障害者としてカウントできるが、障害者手帳の確認をせずに雇用者数を計上していたわけだ。

 本来雇わなきゃいけない障害者の数が足りていないので、では国が障害者対象の試験をして新たに国家公務員を採用します!となり、運良く採用されたのが私だった。

 いまの勤め先のほかに、いくつか候補があった。もともと第一志望ではあったが、面接中に内定を出してくれたので他は全て断った。広域な転勤があるのがネックだったが、自分は旅好きだし色んなところに住めるのは楽しいかもとポジティブに思っていた。

 内定後、およそ1か月で引っ越しすることになったため3月はバタバタだった。それがおよそ5年前ということで、月日の流れはとても早い。これまで何度も職を変え、引っ越しをしてきた私でも、慣れ親しんだ街を出て新しい環境に飛び込むのは勇気がいることだった。

 採用されてからは、1年間の研修が始まった。国家公務員として職務を遂行するために必要な知識や技能を身につけるために国費で行われ、給料も支給される。充実した日々を送っていたが、研修の途中で体調を崩してしまい3か月ほど休んだ。講義を受けていても頭に何も入ってこなくなり、本や新聞を読むのも困難になってしまうほどだった。紙の新聞を購読していたのだが、読むことなく部屋の隅に積み上がっていった。

 その後なんとか復帰することができたが、研修の途中で休んでしまったこともあり同期に遅れを取る形になってしまったことを後悔した。周りからは「焦らなくていい、ゆっくりやっていけばいい」と言われたが、せっかく採用されたのにいきなり休んでしまい、これから先やっていけるのか不安だった。

 採用から1年後、晴れて、ではないが現場に配属となった。仕事と勤務地の希望がいずれも通り、新しい仕事をすることへの意欲は高まっていた。研修で身につけたことを実践できることは楽しかったし、理論と実務がつながる瞬間は嬉しい気持ちになる。慣れない環境に戸惑いながらも、充実した日々を送っていた。

 思い返すとそのときは「我慢のゴールデンウィーク」という掛け声があったり、「いまは来ないでください」とテレビで呼びかけられたり、県外ナンバーの車に石が投げつけられたりといったことが起きていた。そこから数えても4年くらい経った。時代は変わるんだね。

 そんな大変な年だったが、仕事に徐々に慣れてきたタイミングで再び休むこととなった。そのときの状態は最悪だったなと思う。もしかしたら、あのとき休んだから、いまは健康に生活できているのかもしれない。

 自分の人生は、ずいぶんと遠回りをしてきた。27歳でいまの職場にたどり着いたが、18歳でこの道に進む人もいる。じゃあ僕は、彼ら彼女らより9年分多く生きてきた何かを持っているかと言われたらそうではない。タイミングが違っただけだと思う。

 自分は病気とか障害とか、そういったネガティブなテーマに20代で直面した。多くの若者にとっては自分ごとではなく、あまり関心のないテーマだと思う。健康について、自分の精神や身体について、とことん考えた。うまくいかない現状に本気で悩んだ。

 この経験が、自分の財産になっているんだと思う。こういう類いのことはすぐに役立つようなものではない。ただ、きっと将来この経験が生きるんだと確信している。停滞していたように思えた自分の人生は、きっとなだらかに前進していたのだと、最近思えるようになった。

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