花子の一生

第7章 「愛ちゃんの声」

#創作大賞2023
#オールカデゴリー
#愛する人との別れ
#それでも生きて行く

花子、22歳の時、愛ちゃんが病気で死んだ。

 愛子はC肝炎を患っていた。けれど、花子の前では、そんな様子など微塵も見せなかった。

 しかし、段々と体力が無くなっていった愛子は、大きな大学病院から地元の小さな病院に転院したいと言い出した。愛子は、自分の天命を悟ったのだ。
それなら、長年住み慣れた夫がいる場所に帰りたいと思ったのだろう。

 けれど、呑気な花子は、地元の小さな入院施設のある病院に愛子が転院した事をポジティブにとらえていた。

 花子が病院を訪れても愛子は何一つ変わらず、愛ちゃんのままだった。

 笑顔も、高校生になった花子の頭を子供の頃と変わらず、ぷっくりした手で撫でてくれるところも、何一つ変わらなかった。

 花子の中では愛ちゃんがいなくなる事など想像すら出来ないほど愛ちゃんのままだった。
けれど、病魔は待ってはくれなかった。転院した半年後に愛子は花子の前からいなくなった。

 愛。

 その文字はきっと、愛ちゃんの為だけに神様がくれたのだと、煙突から空に吸い込まれていく真っ白な煙を眺めながら花子は思った。

 愛ちゃんが生まれ変わる日。

 花子は愛子の命日を、今でもそう呼んでいる。

 愛子が危篤となった日、花子が寝ていると、叔母の千秋から、すぐに病院に来るよう連絡があった。
千秋はチャ子の妹で神戸に住んでいる。

 千秋だけが、愛子の余命を知っていて、仕事帰りに車を飛ばし、毎日欠かさず病院に通っていた。
けれど、姉であるチャ子には、その事を伝えてはいなかった。なぜなら、母親が消えてしまう事などチャ子に耐えられるはずもなく、取り乱す事を千秋は十分、分かっていたからだ。
花子が千秋から電話を貰い、病院に駆けつけた時は既に、愛子の意識は無く、静まり帰った病室の中は、か細く、今にも止まりそうな息と、機械音だけが響いていた。
そして、あんなに豊満だったおっぱいも、息を吸う時だけ、その姿を現わすほど小さくなっていた。

 「愛ちゃん」

 そう呟いた花子は病室の入り口に立ったまま動けなくなった。

 愛子の周りを、取り囲む親戚の輪に入れずに床にしゃがみ込み、正気を失くしているチャ子を見て、花子は呆然とした。

 チャ子は母親を見ずに、床のマス目をじっと見つめ、その数を必死に数えているように見えた。

 現実逃避。

 チャ子は、まさに、そんな顔をしていた。信じたくなかったのだ。
鋼の女も、母親の前ではペラペラの紙切れのようだった。
金魚すくいの紙のように、愛子の息が切れた瞬間、チャ子が溶けてしまうのではないだろうかと花子は胸が締め付けられ、無自覚に足が震えた。
今まで、愛ちゃんが消えてしまう事など一瞬でも考えた事がなかった花子は、悲しいとか、寂しいという、そんな単純なものではなく、何かもっと、重たい何かに押し潰されるような恐怖の中で、愛ちゃんの息が止まらないように静かにジタバタしていた。

 単調だった呼吸も徐々に間隔が長くなってくると、不思議と機械の中の愛子の脈も大きく波打つ事を諦めたように、緩やかになってきた。

 花子は唯々、悔しかった。

 人間は、最後を迎えるために生まれてくるのだとしたら、なぜ生まれてくるのだろう。

 その人と関わった人達をこんなにも悲しませるのなら、なぜ生まれてくるのだろう。

 愛する人と引き離される不条理に、花子は納得出来ず、悔しくて涙すら出なかった。

 けれど愛子は、意識のない状況でも、生きる尊さを無言で教えてくれているように見えた。

 愛子の呼吸が耳を立てないと聞こえないほどになり、スーッスーッと蜘蛛の糸のように細くなってきた時、親戚一同がしきりに愛ちゃんの側に来いと花子に言っている。
けれど、花子は伸びきって固まった手と動かない体は自分でもどうする事も出来ずにいた。
そして、入り口に突っ立ったまま、白痴状態で只々スーッスーッを聞いていた。

 スーッスーッ。

 スーッスーッ。

 花子には、はっきりと聞こえた。愛ちゃんだ!愛ちゃんの声だ!心の中でそう叫んだ。

 「スーッ(花ちゃん)、スーッ(ありがとう)スーッ(また、会おうね)」

 花子には愛子の声が聞こえた。

 それでも、花子は泣けなかった。

 夢の中にいるようだった。

 花子が、緊張して、しばらく止めていた息を吐いた瞬間、愛子からスーッが消えた。

 同時に愛子が生きている事を示す、波が一本の真っ直ぐな線に変わった。

 「花ちゃん、愛ちゃん行くわなぁ」

 愛子がそう言っているようだった。
泣き出す家族、時計を見て、何かを伝える医師。

 そして、呪文を解かれたように急に動きだした看護師達が、愛ちゃんの体に張り付いた吸盤を次々と外していった。

 それでも、花子の体は動かず、それはまるで、プールの中にいるような感覚だった。
すると、チャ子が大声で花子に叫んだ。 プールの中にうずくまる花子の耳に、いつものチャ子の怒号が聞こえた。

 「花子!早よ、来なさい!」

 花子は思い切りプールから飛び出しチャ子を見た。

 いつものチャ子だった。

 チャ子は花子を睨み、目で愛ちゃんの側へ行くように指示した。

 いつもと一緒だ。

 チャ子のいつもと変わらない威圧感に花子の体に絡みついた鎖が下に落ちていった。

 と、同時に救われたような気がした。

 花子はすり足で、愛ちゃんの側に近づくと、モーゼの奇跡のように、親戚達が二つに割れた。

 花子の頭の中は何もなかった。

 真っ白を超え、むしろ、透明に近かった。

 愛ちゃんがそうしてくれたような気がした。

 死んだ自分を見ても、何も感じないように、そして、心に傷を負わないように。

 死んだ愛ちゃんは大好きだった昼寝をしているように見えた。

 愛ちゃんの愛だ。

 花子はそう思った。

 けれど、花子の頭の中は、おもちゃ箱をひっくり返したように散らかって、どうしていいのか分からなくなっていた。
どうしても、愛ちゃんの死が実感出来なかった。
愛ちゃんは生きてそこにいて、自分の体内に愛ちゃんがドクドクと流れてきている感覚が確実にあったからだ。

 痛かった。痛くて気絶しそうだった。

 自分の体の一部がちぎれてなくなったような痛みだった。病室の中をぐちゃぐちゃに壊して、暴れて、転げ回って、そして、夢から醒めたいと思った。どれくらい時間が経ったのか、花子は家に連れて帰った愛子の横で眠っていた。

 寄り添うように、深く眠った。

 遠くで恵子が呼ぶ声がした。花子はその声を手繰るように目を覚ました。

 花子は鉛のように重くなった体を起し、周りを見渡すと、白い着物を着せられた愛ちゃんが、すぐ横で眠っていた。

 「夢やなかった」

 花子は静かに呟いた。

「花ちゃん、どうもないかぁ?」

 叔母の千秋が心配そうに花子の側に近寄り腰を落とすと、花子の前髪をそっとあげた。

 看護師になった恵子も夜勤明けで一睡せず駆けつけ、目が真っ赤に充血していた。
そして、やんわりと起き上がった花子に千秋が言った。
「あんた、気絶したんやで。でもなぁ、不思議なんよぉ。その時、確かにお母ちゃんの声で、花ちゃん!って、聞こえたんや。そしたら、おっちゃんが気付いて、倒れそうになった、あんたを咄嗟に抱えたんよ。せやから、あんた怪我せんでもすんだんや。なんや不思議な感じやったなぁ。もしかしたら、そんな事があるんかもしれへんわ。」

 千秋が言った、そんな事を花子と恵子も理解していた。
 葬儀の一頻りが終わり、眠ったままの愛子を乗せた霊柩車がクラクションを鳴らし、動き出した。

 行ってきます。なのか、ありがとう。なのか、さようなら。なのか。

 花子はそのクラクションの音が耳から出て行かないように塞ぎながら、考えていた。

 また会おうな。

 花子はそう確信した瞬間、耳から両手を離して膝に置いた。

 死んだ後の事など、死んだ人にしか分からない。けれど、その人が生きていた時の記憶は、生きている者にしか分からない。
だから、愛ちゃんはもう見えなくなったけれど、記憶が残っている以上、死んだ事にはならないのだ。そう思って花子は真っ直ぐ、霊柩車を見つめた。

 「愛ちゃん。いつか、また会おうね」

 そう声を出さずに口だけを動かしながら、霊柩車の中で静かに眠っている愛子に言った。

 火葬場に着くと、礼服を着た男の人が手際よく、霊柩車から細長い棺桶をストレッチャーに乗せ、コンクリートの冷やりとした火葬場へと運んで行った。

 そこには既に僧侶が待っていて、愛子の遺影を置く為の小さな祭壇が用意されてあった。

 祭壇が置かれた場所からは、夥しい数の樹木が緑の葉を揺らしながら踊っていた。

 その様はまるで、故人の人生を讃えるかのように見えた。

 祭壇に愛ちゃんの遺影が置かれ、僧侶が経を唱え始めたとたん、あちらこちらからすすり泣く声が聞こえてきた。

 花子は真っ先にチャ子を見た。

 チャ子は経など上の空で、ただ、一点だけをじっと見つめていた。

 目線の先には、一本の枇杷の木があった。

 その木には、枇杷がたくさん実って枝が撓んでいた。
硬そうな厚みのあるその葉は風で上下にと跳ねていて、踊っているようだった。
チャ子はその枇杷の木を唯々見つめていた。
 悲しむ様子もなく唯、それだけを見ていた。
すると、チャ子の口角が静かに上がり、小さく口を開き、声を漏らさず何かを繰り返し言っていた。花子はそれが何か分かるまで、チャ子から目を逸らさなかった。
そして、花子はそれが何か分かった。

 「お母ちゃん、ありがとうなぁ」

 その時、花子はある事を思い出した。

 花子が子供の頃、愛子に聞いた事があった。

 愛子の家の裏庭に大きな枇杷の木がある。その木は余程、その場所を気に入ったのか、毎年、沢山の実をつけた。
花子は枇杷が好物で、時期が来ると、実がついた事を知らせる愛子からの電話を楽しみにしていた。
 愛子から連絡を貰うと、花子は決まって大きな、ざるを、持ち、愛子の家を訪れていた。そして、枝がしなるほど、たわわに実った枇杷の実を捥いでざるに入れた。
けれど、愛子は実は一つも取らず、高い所にある葉ばかりを採って大きな籠に丁寧に入れていた。

 「愛ちゃん、何で葉っぱばっかり取んの?」

 不思議そうに言う花子に愛子は優しい口調でこう言った。

 「花子のお母ちゃんは、子供の頃からすぐにお腹を壊すから、三年経った葉っぱを、お茶にして飲ましたら、すぐに治るんよ。せぇやから、毎年、三年経った葉っぱを採ってお茶にして保存しておくんよ」

 花子は思い出していた。

 確かにチャ子は脂っこい食事をした後、必ずと言っていい程、腹を壊していた。
それを見ていた花子は、分かっていて、なぜ、体にあわないものを食べるのかと内心馬鹿にしていた。
そして、その後、する事も決まっていた。

 お菓子の缶に入った大きなティーパックのようなものを土瓶に一つ入れ、10分程煮立たせた後、湯呑みで、ゆっくりとすすりながら飲む。すすると、不思議とトイレに行かなくなるのだ。
子供の花子は缶の中の魔法のようなティーパックが気になって仕方がなかったが、缶の蓋にはマジックで「ち」と書かれていた為、恵子と花子の間で開けてはいけないというのが暗黙の了解となっていて、二人はそれを玉手箱と呼んでいた。

「玉手箱」

 喪服を着た花子が呟いた。

経が終わると、親戚一同は蟻のように規則正しく一列になり、愛子の顔や体の周りに色とりどりの菊の花を置いていった。

 けれど、チャ子は経が終わった事も、みんなが最後のお別れの儀式をしている事も、自分とは関係がないといった様子で、寝ている母親に背を向けたまま、唯ひたすら、風に葉を揺らす枇杷の木を見つめていた。
すると、妹の千秋がチャ子の横に立ち、姉の手を握った。
二人は手を繋いだまま、しばらくその木を黙って見つめていた。
 何も話さず、微動だともせず、唯、その揺れる木を眺めていた。
花子には、喪服を着た姉妹が別の空間にいるように見えた。
しばらくすると、火葬場の係りの男性がチャ子と千秋の側に近づくと、お別れをするように促した。
千秋はチャ子の肩を優しく抱え、愛ちゃんの側に誘導した。
その時のチャ子の顔は、花子から見ても幼く見えた。
 チャ子は透き通るくらい真っ白な一輪の菊を、微妙に震える右手で愛子の顔のすぐ横に置いた。けれど、チャ子は泣かなかった。唯、小さく口を動かしていた。
 誰も気づかないほど小さく。何かを呟いていた。
 おそらく、花子にしかわからない程、小さく。

 花子もチャ子と一緒に口を開いた。

「ありがとう」

 チャ子と花子は同時に口を閉じた。

 愛子が寝ている棺に蓋が閉まると、再び、すすり泣く声があちらこちらから聞こえ始めた。けれど、チャ子は相変わらず後ろを向き、大きく透明な窓から見える枇杷の木だけを見ていた。

 機械音。

 愛ちゃんが小さなエレベーターに乗って旅に出た。

 花子はチャ子の分まで愛ちゃんの旅立ちを目に焼き付けておこうと思い、震える手と足を必死に堪え、無機質で鈍く光る銀色の扉を見つめていた。

 親戚達は、精進落としの食事をとるために、用意されてある控え室へと入って行った。

 けれど、花子は扉の前から動く事なく、耳を澄まさないと聞こえないほどの燃焼音を聞きながら、その前に立ち尽くしていた。
しばらくして、花子がふと振り返ると、チャ子は枇杷の木を見つめたまま微動だともせず、唯、それだけを見ていた。
この無機質な建物は、愛する人の昇天に向かい合わなくてはならない所だと花子は思った。悲哀は時間が経てば経つほど、それは色濃くなるような気がして花子は杞憂した。
時計の針が進むにつれ、花子の体の震えが強さを増してきた。後方で見ていた恵子が立ち上がり、花子の肩を抱き寄せた。
花子の震えが伝わってきたのだろう。恵子は無自覚に流れ出る涙を必死に口で吸い寄せ、声が漏れないよう耐えていた。
愛ちゃんがその中に入ってどのくらい経ったのか、花子には分からなかった。
思考力がなくなっていたという方が正しいのかもしれない。
火葬場の男性がコツコツと脈打つように、靴を立てながら愛子が入った、そこ。に、近づいて来ると、同時に、控え室にいた親戚達も、そこ。に、集まってきた。

 花子は身が竦んだ。

 言い表す事が出来ないほどの憂慮と不安に押しつぶされそうになっていた。

 花子は助けを求めるようにチャ子を見るが、相変わらずガラス越しに突っ立っている。

 まるで耳栓でもしているかのように、チャ子の背中は何も聞こえていないと言っているように見えた。 親戚達は泣く事に飽きたかのように、涙を流す者もいなかった。
火葬場の男性が白い手袋を嵌め、一礼をした後、愛子が入った、そこ。の、ボタンを押した。耳を塞ぎたくなるような音を出した、その赤いボタンを花子は睨みつけた。
花子はまるでそのボタンに愛ちゃんが殺されたような気さえしていた。
静かにドアが開くと、男性はストレッチャーを引っ張り出した。

「なくなってる」

 花子は思わず呟いた。

 あったはずの棺が、手品のように消えて無くなっていた。

 花子が遠くから目を凝らして見ると、極めて白に近い灰色の、何か。が、見えた。

 喪服を着た親戚達はその何かに群がって行った。

 少し離れた場所で、その光景を見ていた花子は、まるで獲物に群がっているカラスに見えて気味が悪かった。

 それと同時に、心の一番深いところで、もう一人の自分が、離れろ!と、叫んでいた。

 花子は自分の体の一部を剥ぎ取られたような強烈な痛みと、忌々しい思いが入り乱れてカオスに陥っていた。

 親戚達は、長くて鉄製の箸のようなもので、その灰色の何かを一つ一つ摘み、木の箱に入れて行った。

 「足の方から順番に入れて下さい、頭部は一番上になるようにお願いします」

 火葬場の男性がそう注釈を入れた。

 その言葉を聞いた花子は、灰色の、それが愛ちゃんの骨だと受け入れざるを得なかった。

 その瞬間、花子は下半身が溶けて、上半身が地面へと堕ちていった。

 「花子!」

 恵子がそう叫ぶと、親戚達は箸を置き、花子の側へと駆け寄って来た。

 「花子!大丈夫か!」

 そう言って、政夫が花子の体を支えていた。親戚達も気遣う言葉をかけてきた。

 力が入らず、床に座り込んでいる花子の耳にヒールの冷たい音が聞こえてきた。その音は、怒っているようで威圧感があった。

 そして、その音が花子の前でカツン。と、止まると、取り巻く親戚の輪をこじ開けるようにチャ子が花子を見下ろしていた。すると、花子が目線を上げた瞬間、チャ子の拳が花子の頭へと勢いよく落ちてきた。すると、静まり返った火葬場に、鈍い音が響き渡った。
 その後、チャ子が太くて、揺れた声で花子に言った。

「花子、愛ちゃんに謝りなさい。あんたの、そんな情けない姿を見て愛ちゃんは、心配で天国に行かれへん!ほんまに愛ちゃんを思うなら、笑顔で送ってあげなあかん!しっかりしなさい!この、アホンダラ!」

 花子は、愛ちゃんが死んで、初めて大声で泣いた。コンクリートの冷たい建物に花子の鳴き声が痛々しく響き渡った。おそらく、チャ子が花子の心情を察して、中に溜まっていた出るに出れない膿を出してくれたのだ。

その後、つられて恵子が泣き、親戚達も泣き始めた。チャ子は愛ちゃんの記憶が詰まっているであろう部分を静かに箱に入れ、箸を静かに置いた。けれど、木箱から後退りをしたチャ子の指は小刻みに震えていた。愛子の骨が、腕の中にすっぽりと抱えられるほどの木箱に納められると初七日の法要を行う為、待っていたバスに全員乗り込んだ。
木箱は一番前の席に座っているチャ子が宝物のように両手で抱え込んでいた。
愛子の73年の人生がこの箱に凝縮されている。きっと、木箱の中は手品のように骨がなくなり、新しい人生が入っているに違いない。
花子はそう思って木箱を見つめて微笑んだ。

「愛ちゃん。また会おうね」
 花子は、そう呟くと、バスの窓から空を仰いだ。
火葬場の煙突からは白銅色の煙が真っ青な空に溶けている。

 多分、誰かの人生が始まった証だ。

 花子は、限りなく白に近い灰色の煙を眺めながらそう思った。


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