花子の一生

第6章 「三度目の正直」

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#オールカデゴリー
#人生はポジティブに
#争わない生き方

花子に妹が出来た。

 今までの花子は、末っ子でB型。と、いう事もあるのか、何事にも捉われず自由奔放に生きてきた。それでいいと思っていた。

 しかし、妹ができた以上、そんな呑気な事も言っていられなくなった。

 姉としての威厳を見せるべく努力しようと考えていた。それには、まず、自分が何をすべきか花子は無い知恵を絞っていた。

 ある時、同じクラスの里美ちゃんが花子に言った。

 「花ちゃんは、お姉ちゃんになったんやねぇ。気分はどぉ?」

 気分はどぉか?

 里美ちゃんにそう聞かれた花子は返事に困った。なぜなら全くと言っていいほど実感がなかったからだ。

 何せ、妹の愛優美(あゆみ)とは、10歳も歳が離れている。生まれたばかりの赤ん坊に、姉という役をどう演じたところで伝わるはずもなく、只々、寝る、泣く、飲む、出す。を、繰り返す妹を花子は眺める事しか出来なかったからだ。

 姉としての経験値が高い恵子は、その4パターンを繰り返す赤ん坊の世話を手際よくこなし、チャ子の右腕のような存在になっていた。

 花子はそんな恵子を見ていると、自分の不甲斐なさを恥じ入るようになった。

 さらに、妹の名前は愛優美(あゆみ)。

 愛があって、優れて、美しい。

 贅沢な名前だ。親の思いの丈が名前に込められて盛り沢山だ。花子はそう思った。

 花子。

 昭和レトロな名前だ。男なら太郎。女は花子。また女児だったのか。と言わんばかりに付けられたような気さえした。同じハナコ。なら、せめて華子にしてほしかったと、花子は思った。

 愛優美は比較的、手のかからない赤ん坊で、高齢出産のチャ子を気遣っているのではないかと思うほどだった。

 今こそ言わなくなったが、チャ子が花子によく聞いてきた事があった。

 「あんた、赤ちゃんの時、何であんなに、ぐずったんよぉ?」

 何でぐずったか。

 そんな、赤ん坊の頃の行上を言われても、覚えているはずがない。そもそも、赤ん坊は泣く事が仕事なのだと愛ちゃんも言っていた。

 そして今、目の前にいる愛優美も泣いている。チャ子が言った、あんなにぐずるは、泣いた回数なのか?それとも、時間なのか?いずれにしても、そう言われて花子はチャ子の理不尽な発言に腹が立った。

 けれど、愛優美が生まれてからというもの、チャ子の態度は一変し、優しくなった。

 花子にとって愛優美はシスターであり、救世主だった。

 愛優美は名前の通りに成長した。そんな妹にチャ子は期待をし、ありったけの愛情を注いだ。注げば注ぐほど、愛優美は自慢の娘になっていった。恵子と花子が通った保育園に愛優美も入園し、そこでも大活躍だった。賢く、美しく、そして優しかった彼女を誰もが賞賛した。

 まだ幼い子供に、あれだけの大人達が虜になるほど彼女は抜きん出ていたのだ。そんな娘をチャ子が誇らしく思わないはずもなく、いつの間にか、ショーママのようになっていった。お琴にピアノ、お茶に日本舞踊、おまけに学習塾。彼女の一週間は、人気女優顔負けの忙しさだった。

 当然チャ子は、その送迎に明け暮れ、彼女のスケジュールのフォローに生き甲斐を感じていた。普通ならば、姉妹として、やきもちをやく所だが、恵子も花子も内心ホッとし、出来の良い妹の愛優美の存在に心から感謝した。

 彼女のおかげでチャ子の主眼が自分達ではなくなった事で、叱られる回数も大幅に減ったからだ。おまけに、愛優美の出来の良さが相まって、チャ子は頗る機嫌が良い。

 二人にとって愛優美の存在は神に近いものがあった。

 それに、戦々恐々としていた節季も、以前とは比べものにならない程、迫力を欠いた。

 もはやこの二人にとって彼女ほどの天与はなかった。

 ある日、チャ子が染み染みと呟いた。

 「三度目の正直やったなぁ」 

 三度目の正直。

 花子は、その意味が分からず、チャ子に聞いてみた。

 側にいた恵子は、そんな事聞くな。と、言う顔をしていたが、花子はどうしてもその意味を知りたかった。

 「なぁ、三度目の正直って何なん?」

 花子は屈託なく聞いた。すると、チャ子は不敵な笑みを浮かべ、こう言った。

 「三度目の正直ちゅうのはぁ、三度目にやっと来たぁ!という事なんや」

 来たぁ!を強調して言った後、チャ子は満面の笑みで愛優美を見た。

 何が、やっと来たんや?と眉間にしわを寄せ、腕を組んで考える花子の耳元で恵子が囁いた。

 「思い通りの子供が、三人目にして、やって出来たって言うてるんやぁ」

 思い通りの子。

 子供とはそもそも、思い通りに育つものなのか?花子の頭の中はカオス化していた。

 が、そこはやはり花子だ、面倒になり、考えるのを途中でやめた。

 何れにせよ、愛優美が誕生して家の中は明るくなり、穏やかになった。恵子も花子はそれが何よりも嬉しかった。あれだけ毎晩のように家を空けていた政夫さえも、一年の半分を自宅で過ごすようになった。

 ところが、愛優美が成長するにつれ、チャ子と政夫が節季ではない時期に大喧嘩をするようになった。

 それは、通知表渡しが原因だった。

 今までなら、花子の通知表渡しで、学校に行く事を互いに嫌がり、なすりつけ合っては喧嘩になっていた。けれど、愛優美の場合は違った。今度は行きたいと喧嘩になるのだ。

 理由はこうだ。

 小学生になった愛優美は目を見張るほど駿傑な子供になっていった。先生達は彼女を百年に一度出るか出ないかの天才と称賛し、知能だけではなく、運動神経も殊に優れていた。

 その上、端正な顔立ちで、巷では愛優美を知らない者などいないほどだった。

 そんな娘を持ったチャ子は羨望の的となり、どんな教育をしているのかと母親達から聞かれ、まるで教育評論家のような所作となっていった。

 初めて教師から褒められるという経験に、チャ子と政夫は酔いしれたかったのだろう。

 互いに、俺が行く!子育ては母親の担当なんや!と、言っては紛争が始まるのだ。

 その紛争を目の当たりにする度、それも無理はない。と、花子は申し訳なく思っていた。

 今までのチャ子は、子供とは手のかかる生きものであって、楽しませてくれるものだとは思っていなかった。
しかし、その考えに相違がある事に気がついたのだ。愛優美を産んでから。
チャ子は、毎日が楽しそうで活き活きしていた。

 生まれて初めて、子育ての楽しさを知ったのだろう。その表情はほっこりと、幸せに満ち溢れていた。恵子と花子もそれが何よりも嬉しかった。だから二人は、この愛くるしい自慢の妹を寵愛した。

 ありがとう、私たちの救世主。

 そう心で呟いて、愛優美の頭を優しく撫でた。


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