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fetishismⅠ 煙草

久しく吸っていなかった煙草を咥え、カチリと風情のない音を立てて電子ライターで火を点ける。
口の中だけに煙を含み、苦みが鼻に抜けると共に吐き出す。
”ふかす”くらいならやめておけばとよく言われたが、口に広がる苦みが好きだった。

* * *

あの人が煙草を吸うことは知っていたけれど、実際に見たのは二回目に会った時だった。ゆったりと煙を燻らす姿を見て、ぼんやりと―――キスがしたいな、と思った。

健康によろしくないのは百も承知だけれど、煙草を吸う姿がたまらなく好き、になる人がいる。誰が吸っていても好きというわけでもない。付き合っている人が吸っていればいいかと言われるとそういうわけでもない。何となく、吸っている姿。煙草を挟む指先。煙をふかす口元。煙に細められる瞳。そのどれかに妙に惹かれて見ていたくなるような人が、ほんの時折。
だから、僕自身はさしたる中毒者でもないのに喫煙所に入り浸ることもしばしばだった。何より、煙草の匂いが好きなのもある。
そんな元々の嗜好から、あの人が吸ってるところも見てみたいと思っていた。きっと好きだろうな、と。

その程度で言った「煙草を吸ってるとこが見たい」という希望だったのに、あの人の煙草を吸う姿は誰よりも目を離せなくて、仕草のすべてを見ていたくて。そうして僕は、初めてもう一つ衝動が起きることを知った。
―――キスがしたい。
煙の味がするキスを、したことがないわけではない。でも、されるのが嫌ではない、というだけで特に好きでも嫌いでもなかった。
明確な衝動は、初めてで。
自分でも戸惑った結果、僕はその時にはその衝動を伝えられず、あの人は煙草を吸い終えてしまった。

冗談交じりに伝えたのはその後のLINEで、「吸ってるとこが見れたらいいんじゃなかったの」とあの人は笑っていた。
僕の希望に応えたいとよく伝えてくれていたあの人は、言葉通り三度目にはかなえてくれた。煙草を吸う姿と、煙の味のキス。きゅぅっと、胸が絞られる。衝動と、それがかなう瞬間。
もっと深く、としがみつく前に離れて行ってしまった唇に、残った苦みが恥ずかしくて、それ以上強請ることはできなかった。

* * *

仕事をしていたころは気を紛らわせるのに時折吸っていた煙草だけれど、もう吸うこともないと思っていた。
吸いたくなったのは―――恋しくなったから。
あの人のように、細やかなところを見ていない自分が嫌になる。
吸っていた煙草の銘柄がうろ覚えだ。今度買ってみようか。
吸ったら、思い出せるだろうか。
あの時とは違う苦みをゆっくりと味わいながら、煙をほわりと吐き出した。



シガレットキスがしてみたかった。
 #煙草 #衝動

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