1万円から世界を変える“こみちゃんカリー”の魅力

「金なんて必要最小限だけあればいい。お金を持ちすぎてしますと前に進めないんだよ」
夕日が差し込むみつせCUBE。木の香りが心地よいカフェも併設されているレンタルスペース。新しく何かにチャレンジしたいと思っている人に貸し出している。ここが僕の仕事場だ。この日の営業を終え、アジアンテイストな服装に身を包み、笑顔が素敵な男。ジンジャーミルクティーを片手に話してくれたこの人の職業はカレー屋だ。

生きるためには何が必要か?
お金? 権力や地位? など人それぞれ必要なものってあると思う。僕はお金だった。
生活の安定のためにお金を稼ぎ貯金する。UFJ銀行の通帳を眺めながら、残高を確認しニヤニヤする。安定した生活を過ごすこと“お金”が必要だったのだ。
ただこの男と話していくうちに、公園の砂場で遊んでいたあの頃の棒倒しのように自分の固定概念が静かに崩れて倒れていった。

「そんな生き方があるのか?」

男の名前は小宮。 “こみちゃんカリー”というスパイスカレーを出している。
この日初めて、みつせCUBEを使いカレー屋を出店したのだ。前から佐賀市内にある実家兼カフェを奥様と共同で営んでいる。そのカフェのメニューの一つとしてスパイスカレーをだしていた。カレー屋というよりはお茶屋という感じだろう。

この日限定20食で販売していたカレーはFBを見たカレーファンや小宮さんに会いたいというお客さんが大勢集まった。瞬く間にカレーがなくなっていき開店から2時間ほどで完売。食べた人は一同に「優しいカレーだ」と話す。こみちゃんカリーには人を優しくすることのできる魔法がかけられているようだ。その魔法にかけられたお客さん同士で会話をし、友達の輪が広がっていく。ソーシャルネットワークの世界にも似ている。

スパイスカレーといっても、その種類は1種類ではない。どのスパイスをどの量配分するか。その作り手の好みによって変わる。世界に一つとして同じものが存在しない。それがスパイスカレーの魅力。だから作り手の性格が如実に表れるのだろうか。小宮さんのカレーは優しい味がする。

お店の営業を終え、僕は小宮さんに話しかけた。
「なぜカレーを出しているんですか?」

「もともとカレーは好きだった。ただカレー屋をするなんて思っていなかったんだよ。
スリランカを旅している時に、いろんなカレーを食べ歩いた。そのうちに、スパイスに興味を持ち、スパイスの勉強を始めた」

3か月ほどの旅を終え、日本に帰国した時に手元にある残金をみて驚いたそうだ。残り1万円かと……。
家族4人をどうやって食わしていこうか? スリランカへ旅に行く前に不必要なものはすべて廃棄したのだという。家具も車も服も、なにもかも。
ただ実家が佐賀にあったことが救いだったという。
あとは“住む場所さえ確保できていれば何とでもなる”と。

“何とでもなる”小宮さんの生き方で大切な言葉だそうだ。
自分だったらどうだろう? 手元に一万円しかなく。どうやって生活していこうか。人生のどん底か? と思うほどに凹むのではないだろうか?
お金がなければ何もできない。そう自暴自棄に陥ってしまうだろう。
そんな状況でも小宮さんは違う。

「何とでもなる。1万円もあるじゃないか」と。

その日のうちにスパイスを買いに行き、すぐにカレーの販売を始めた。1万円すべてをスパイスにつぎ込んだそうだ。その1万円が数万円になり、家族を食べさせていく。こみちゃんカレーは口コミで瞬く間に人気となっていった。

「日々の生活費って10万あれば十分。それ以上はいらないんだよ。お金なんてものに執着し始めたら何も前に進めないし、基本的にめんどくさい」

小宮さんがジンジャーミルクティーを飲みながらこんなことを言い始めました。

「生活するためにお金って必要なくて。今自分で体験しているのは、いかに不必要なものを減らして生活ができるのか。旅から帰ってきて1万円しかなくて。でも1万円もあるじゃないかって思った。その1万円を何に使うか? 家族を食わせるために何ができるのか。その時の僕はカレーだったんだ。仕事ってなんとでもなる。これから新しいことにチャレンジしようと思っているだよ。それは“スリランカに仕事を作る”こと。
日本って本当に恵まれていて僕みたいに1万円しかない人でも、こうやって生活はできる。なんどでもやり直しができる。だけどスリランカで同じようなことは絶対にできない。リスタートができないんだ。僕はスパイスと出会い。カレーに家族が食べさせてもらっている。だからこそ今はスリランカに何か恩返しができないかって。カレーに関わる仕事を作って、スリランカの人と一緒に働く。それができればスリランカの人が少しでも生活できる足がかりにしてもらえると思うんだ。」

僕はこう思っていた。お金は多いほうがいいと。それは安心感につながるからだ。
ただお金に縛られ前に進めなくなるのは事実。1万円さえあれば半径3mの世界を変え、その輪が次第に大きくなり半径6,371mの世界だって変えることができる。その時僕の固定概念が静かに崩れた気がした。

オレンジ色に輝く夕日の木漏れ日に小宮さんの笑顔が僕の目に優しく映る。
そんな生き方がしたい。何のためにお金が必要か?
1万円あれば、何をしますか?
まずはこみちゃんカレーを食べるところから始ませんか?