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動きのないカピバラ温泉と将棋番組

 
 寒さにとても弱く、冬はつらい。夏、平気でやれたことが、冬はなかなかやれない。ちょっとしたお出かけがすごく面倒だし、なにかやるとその後にぐったり疲れる。
 
 それで、カピバラの温泉動画をよく観る。電車の中や、ちょっとした待ち時間で。
 
 カピバラは、じっと動かない。その不動さが、冬季うつ傾向のぼくにはとても心地よい。ぼくもまたじっと動かないで観つづける。
 
 どの動物園も、打たせ湯だったり柚子湯だったり、ひと工夫している。高価なイチゴを入れてイチゴ湯にしているところもある。ほのぼのとさせる演出だが、カピバラさんたちにはどこ吹く風。それらに気を向けることなく、じっと半眼でお湯に浸かっている。
 
 先日、このじっと動かぬ姿勢を保つ姿を観ていて、将棋の対局を連想した。もっともカピバラとちがって棋士たちは脳内をフル回転させているが(いや案外カピバラもそうなのかもしれないが)、じっと動かないというところは一緒だ。耳をプルプルさせたり目を閉じたり(カピバラ側)、茶を飲んだり腕組みしたり(棋士側)と、小さな動きをする以外は基本的に不動だ。

「観たくない番組を観させられて、最も苦痛に感じる番組はなんだろうか?」
 ぼくは将棋ファンなので将棋に関するモノゴト全般を贔屓したいが、上記の問いにはおそらく、『NHK杯将棋トーナメント』が入ってしまうに違いない。なぜなら、数多くあるテレビ番組の中で最も画面に動きがないのが、NHKのEテレで日曜午前にやっている『NHK杯将棋トーナメント』だからだ。しかも動きがないところにもってきて、放送時間が1時間半と、テレビ番組としては尺が長い。
 
 この番組は出演者がほとんど動かないし、音声も極端に少ない。それでいて全国放送で、放送時間は1時間半。将棋好きにはなんとも感じないだろうが、一般の人からすれば、とっても特殊な番組に感じるはずだ。
 
 この番組には多くの特色があるが、放送時間に比して出演者が少ないのもその1つだ。出演者はたったの6人。将棋の『対局者』が2人と、画面から見て対局者のうしろに設置されている机に座る『棋譜の読み上げ』をする女性、『時計係』の若い男性。そして、別室の解説室にいる『プロ棋士』とその『聞き手』の女流棋士、それだけだ。スポーツ番組では、主となる出演者は少なくても観客が多く映る。しかし将棋の対局に観客はいない(公開対局も、あるにはある)。1時間半の全国放送で6人!! この奇妙さをなんとも思わない人は、立派な将棋ファンだ。
 
 音が極めて少ないのもこの番組の大きな特色。
 
 まず、メインの出演者である将棋の対局者からは、ほとんど音が発せられない。対局というのは当然ながら、黙って行われる。ピシッ、パシッと盤に置かれる駒音がするだけ。そっと置く棋士も中にはいるから(そういう棋士は「音無し流」などと言われる)、駒音がしない場合もある。腕を振りかざしてバシッと盤に叩きつける棋士などは皆無で、そんな劇的な動きはテレビドラマかマンガの中だけの話だ。あと付け加えておくが、王手のときに「王手っ!」という棋士も現実にはいない。
 
 記録係の女性は、ただ棋譜の読み上げで声を発するだけ。駒が置かれると、その手を女性が読み上げるのだ。「先手7六歩」とか「後手同銀成る」とかだ。これは対局者が差した場所のことだ。野球に例えると、「ライトフライ」とか「サードゴロで5-4-3のダブルプレー」などというようなもの。そんな業界用語しか、記録係は言葉を発しない。ときおり棋譜を言い間違えて、「失礼しました」と言って訂正する。その「失礼しました」が、記録係の発する唯一の普遍的な言葉だ。
 
 時計係の若い男性(プロ棋士養成機関の奨励会員というケースが多い)は、秒を読みあげていくだけ。持ち時間の20分がなくなると1手30秒の制限がかかるのだが、その30秒の間に、時計係が10秒と20秒で声を発する。20秒をすぎると1、2、3……と1秒ごとに読んでいく。そこでこの男性に10まで読まれてしまったら、時間切れで負けとなる。最後の方では「9」で指す棋士も多く、この辺りはきっと将棋を知らない人でも手に汗握ってくれると思う。ただ、なんでそこまでギリギリで指すのかは分からないだろうが……。
 
 対局中のメイン会場からの音は、これだけだ。
  
 そして、別室の大盤では解説が行われるので、この番組での音声はほとんどここから発せられることになる。マグネットの駒がくっ付いている大きな盤面が中央にあり、画面左に聞き手の女性、右に解説をするプロ棋士が位置する。
 
 この解説のプロ棋士は、対局ごとに違う。NHK杯将棋トーナメントは、どの棋士も1年に1回の出演だ。
 
 将棋はスポーツのような動きがなく、プレイヤーはただ正座しているだけ。特に前半から中盤までは、まだ時間があるので対局者がじっくり考えこむ場面も多い。正直、5分や10分程度の考慮など一般棋戦では長考などとはぜんぜん言えない時間なのだが、テレビの視聴者から見ればとっても長い時間だ。
 
 それをつなぐのが解説者となるが、棋士はじっと考え込むのが仕事なので、饒舌な人は少ない。結局この別室からも、派手なアクションは期待できないことになる。
 
 でもぼくは興味を持って観ていられる。1時間半ずっと。
 
 カピバラの映像は自分の思考をとめてじっと観ているが、こちらの方は自身の頭の中もはげしく動かしている。観たあとに疲れていたりするし、観て充実感もある。
 
 トーナメント形式で決勝が年度末なので、寒い時期の方がトップ棋士が出てくる。なので、寒い時期の方が比較的見ごたえがある(下位の対局ですごいのがあったりするが)。そんな点も、冬に動きを止めがちな自分向きだ。
 
 寒い冬のひととき、NHK将棋トーナメントはちょっとしたおススメです。


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