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【全文無料】掌編小説『2021年12月末で世界が終わるなら』誠樹ナオ

今月のオンライン文芸誌「Sugomori」は特別号です。書き下ろしされたどの作品も無料で読むことができます。書き手は誠樹ナオさんです。「大晦日」をテーマにした季節の掌編小説をお届けします。

年が明ける前に急いで風呂から上がると、先に上がってた彩がテレビに見入っていた。
「お前、何食いついとんねん」
「あ、大地」
可愛い可愛いやっと同棲に漕ぎ着けた彼女は一瞬振り返りはするものの、目は画面に釘付け。昨今便利になったと噂の、俺には見にくい分割画面では、ワイプでカウントダウンを続けつつ、メインの画面ではグルメ番組をやっている。
「大晦日に何を食べるか?」
「そうー、しかもカウントダウン後に世界が滅ぶなら、最後に何を食べるかがテーマなの」
「けったいやな」
有名人がそんなテーマで食べたいものをセレクトして紹介する番組らしい。
「そう?」
「めでたいん新年になんでそない物騒やねん」
「でもさすが芸能人だねー。美味しそうなものばっかり」


ははあ。
食いしん坊のこいつが好きそな番組や。こんな細っこいのに、どこにはいんねん。
寿司に、鰻、天ぷらなんかの老舗有名店。高級そうな知る人ぞ知るレストランのフレンチに、中華。そうかと思うと、どこそこの畑でしか取れないこだわり野菜。
「アホやなー、ホンマに最後の最後に食べるなら、シンプルが一番やで」
床に座った彩の背後に、俺は座り込んだ。
「つめたっ!」
髪の毛の雫が飛んだのか、彩は後ろを振り返ると首にかけたタオルを手に取った。
「もー、いつも言うけど、ちゃんと乾かして?」
俺の頭にタオルを乗せると、乱暴に見えて優しい手つきで髪を拭いてくれる。これがやめられなくて、つい濡れたまま出てきてまう。
目の前の唇を奪おうか……などと不埒なことを考えていると、不意に彩が顔を上げる。
「じゃあ、大地なら何がいいの?」
「あ?何がって、何がや?」
「最後に食べるごはん!……シンプルって、何?」
その色気のなさに、吹き出しそうになる。


「せやな、あれやな」
たっぷりともったいつけると、彩はワクワクしているのを隠そうともしない。
「雑煮や!」
「は?」
彩が思いっきり不満げな顔をする。
「なんやその顔」
「雑煮って、お餅が入ったあれ?」
「せや、丸餅やで」
「えええ」
「ええやろ、新年なんやから。もちろん白味噌やで」
「やだー」
なんでそんな不評やねん。
「角餅の焼いたのがいい」
「餅は煮るもんと決まっとる」
「やだったら、やだ」
頬をぷうっと膨らませて、彩はそっぽを向いてしまう。
「雑煮は丸餅やろ」
「角餅」
「丸餅」
「角餅!」
ムーッと彩と間近で睨み合う。
「だって〜」
彩が軽く口を尖らせた。


「それじゃ、私、大して料理してあげられないじゃん」
「は?」
「だって丸餅って御汁で煮るんでしょ?入れるだけでしょ?」
「まあ、そうやな」
「角餅ならまだ焼く手間が一手間あるのに、そんな簡単な料理を最後に出すって、なんかイヤ〜」
「……なんやねん」
「最後くらい、腕を振るわせてよね。あ、変な創作とかはしないから!」
なんで色気ない話から、急にそういう可愛いこと言うねん。


「それは、あれや」
なんとなく、顔が熱くなるのを誤魔化すように俺は言った。
「雑煮に、お前が作ったおかずがあったらええやん」
「えええ、それはなんかズルだよ」
彩はケラケラと笑いだした。


「そういうお前は?」
「え?」
「俺にケチばっかつけて。お前は何食べたいねん。」
彩はうーんと考え込んだ。
真剣に考えてる様子が、可笑しい。
「あれかな……無印グッドショップのキーマカレー」
「は!?」
レトルトやんか。
我が家では絶賛常備中で、お互い忙しい時の必需品やけどもな……
「あのシリーズなら、グリーンカレーも捨てがたいなー」
「……」
「あ、でも明日死んじゃうなら、向かいの郭鶴庵の特盛りソースカツ丼を2倍くらいにしてもらって……」
「特盛りでもお前、足りてないんか……って」
いや、そこじゃあれへん。


「おい!」
「はい?」
「なんでお前の食べたいモンは全部、他人様が作ったもの前提やねん!」
「他人様?まあ、レトルトもそうっちゃそうか」
「世界の終わりやで?世界が明日終わるんやで?」
「う、うん」
俺が何を言ってるのかピンと来なさげに、彩は首を傾げる。
「そこは、俺が作るやろ!」


「ふふふ」
彩が心底嬉しそうに笑うと、俺にすり寄ってきた。
「それは絶対、最後は大地の作ったものを食べさせたいってこと?」
「えーっと」
「うん?」
「その、あれや」
「あれって、どれ?」
「その、なんや……あー、もう!」
気づけば、彩を床に押し倒していた。
「そら、そうやろ!俺の腕を振るって彩が喜ぶなら、終末もウェルカムやで」
「私は嫌だよ」
「あ?」
「まだまだ大地と行きたいところも、食べたいものもたくさんあるし」
「そ、そうか」
「けど、そんなに大地が作りたいなんて、なんかちょっとうれし……」
「うるさい」


唇で唇を塞ぐ。
何度も何度も唇を塞いでいるうちに視線が絡み合って、彩が求めるように俺に腕を伸ばしてきた。
あかん……しんぼーたまらん。
「我慢できんわ。ここでええ?」
「さすがに床はちょっと」
「ほんならベッド行く?」
「うん」
素直に頷く彩にますます欲情して、俺は横抱きに抱き上げた。


「やっぱり、あれやな」
「なに?」
腕の中で、彩と目が合う。
「最後に食べたいのは、お前やな」
「……!」
言葉の意味を理解するまでに、少し時間がかかって。
「大地のエッチ!」
「おお、エッチ上等や」
思わず顔を見合わせて、俺は彩をベッドにそっと寝かせるのだった。
間もなく、年が明けようとしていた──



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