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【エッセイ】柳田知雪『スイッチひとつ』

 我が家に新しい空気清浄機がやってきた。
 北欧のメーカーのもので、加湿機能はないがパワフルだ。スマホと連動させると室内の空気の汚染度をチェックができて、オートモードは3段階で強さを調整してくれる。
 
 だが、この強さの3段階。2段目と3段目の差がすごい。
 1段目、2段目はほとんど無音で動いてくれるのだが、3段目になるとゲーミングPCに内蔵されたファンよりうるさい(ちなみにゲーミングPCの騒音については、後日、メンテ不足だと発覚する)。
 ただうるさいならまだいい。問題はオートモードにしていると、2段階目と3段階目を小刻みに切り替えてくることだ。

 想像してみてほしい。

 静かな空間に突然『カチンッ、グオォォォォ!』という音が響き、その音に慣れてくる頃には勢いが弱まって静かになる。
 そして静寂に慣れ始めた頃、再び『カチンッ、グオォォォォ!』が響くのだ。
 
 正直、集中できない。仕事のために脳内で組み上げていた言葉は、一気に風の唸りによって吹き飛ばされる。
 そんなわけで、結局ほとんどの時間はオートモードを切って、2段階目の状態で稼働させている。これでも十分、花粉の時期を乗り越えられたのだから御の字だろう。

 ピーキーだが、家電は賢い。
 ボタンを押せば、その状態をキープしてくれるのだから。
 私の機嫌も、この家電のようにスイッチひとつで操作できたらいいのに、と考えてしまう。

 その日、私は旦那と喧嘩と呼べるほどでもない喧嘩をした。
 旦那のとある一言に私が内心でキレ散らかし、とにかく機嫌は最悪だった。テレビを見ていても、ゲームをしてみても、ふとした瞬間にその旦那の一言を思い出しては腹を立てる。

 そんな内面の葛藤は押し留められるものではなく、旦那は私の機嫌が悪いことを察してくれたらしい。珍しくその日の風呂掃除を買って出てくれた。
 いつもの空気に戻そうとしてくれてる彼に意固地になればなるほど、私が稚拙で愚かな人間だと突きつけられるようだった。

 苛立ちという暴風で荒れ狂う心も、スイッチひとつで静まれば……
 空気清浄機は、今日も健気に働いている。

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