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舞神光泰『タマネギ』

吉田課長が部長に昇進したせいで、本社から新たに宇川課長がやってきた。

コイツは自分の仕事が「尻叩き」だと思い込んでるタイプで、とにかく無駄な報告と新システムの進捗管理ツールを無理やりネジ込んで、組織の非効率化を進めていった。

「使うもんだから、君たちがシステムに使われてちゃ意味ないでしょ」
「エビデンスがないよね、なんていうか具体性がないんだよね、ビジョンが見えないっていうかさ、この仕事ホントにやりたいっていう熱意ある?」
と言った具体性が無い言葉で30分ぐらい平気で時間を削ってくる。

当然人当たりも悪いため、部下との関係を作れずお互いに評価を下げまくるという悪循環に陥る。とりわけ新人へのあたりが強く、女子社員の1人が辞めたいと泣き出し職場の雰囲気はお通夜の方がまだ明るいくらいだ。

 これを危機とみた吉田部長が間に入って食事会を設けてくれる事になり、さらに事前打ち合わせと称された飲み会が開かれ新人と私だけが呼ばれた。
久しぶりの酒の席に私は早くも浮き足だっていた。

「で、オマエは何をやってたんだ?」

 吉田部長は乾杯をするなりそう言ってきた。味方になってくれるはずと思い込んでいたため咄嗟の言葉が出てこなかった。

「いや、ボクもちょっと宇川さんにやられてまして、効率化とかいいながら人の邪魔ばっかりで課長の役割を果たしてないと思うんですよね」
「まぁ宇川君には俺から釘刺しておくけど、タマネギにも問題あるんじゃねぇのか?」

まだその話しをしてくるのかと、私は強めに目をしばしばさせた。
「タマネギってどういう意味ですか?」と新人の1人が聞いてきた。
「なんだよオマエまだ話して無かったの?」
悪戯っ子の笑みを浮かべて部長がこっちを見てきた。
「ちょっと、一応仕事が出来るクールな先輩面で通してるんですから」
「その隠し方は無理があるだろ、キミらも宇川君に相当やられてるみたいだけど、新人なんて基本迷惑かけるもんだから、胸を借りるつもりで覚えていきなよ、コイツの新人の頃なんてひどかったんだから」
部長はもう私が新人だった頃の話しをする気まんまんだった。

私は話題を変えようと必死でとりあえず机の上の料理に手を出した。
「これなんですかね? 美味いなぁ」
「オマエまだ料理の名前覚えられないのかよ、あんだけ食わせてやったのに」
呆れた顔でこちらを見てくる、そして私は墓穴を掘った事に気が付いた。
せっかく新人たちの前では頑張って武装していたのに容赦なくトタンのようにペリペリと剥がされていく。

仕方なく私は新人だった頃の話を始めた。


 入社当時は右も左も分からないし、FAXを送るだけでも大汗かいてエクセルの印刷がずれることとひたすら戦ってたり、とにかく先輩たちには迷惑しかかけてなかった。

 新人たちの中でも群を抜いて使えなかった私は毎日怒られてひどく落ち込んでばかりだった。それを見かねて課長だった吉田さんがいい料理屋さんに連れて行ってくれた。課長とマンツーマンで、社外でも怒られるのかと暗い気持ちで座っていた。

「どうした辛気くさい顔して、キミがお酒あんまり飲めないって聞いたからこういう和食の店にしてみたんだけど?」
いわゆるカウンター形式の小料理屋という感じで大人の隠れ家風で独特の緊張感が漂っていた。


「すいません、こういう所初めてで緊張しちゃって……」
「チェーン店ばかりじゃなくてこういう店にも入らなきゃ」
「……すいません」
「別に怒っちゃいないし、すいませんを話しのクッションにしたらダメだよ」
「はぁ」
「返事は、はい、それに語尾が消えて聞き取りずらいからハッキリしゃべるように」
「はい、すいません」
「オマエは言ったそばから」
このやり取りを見かねたのか、女将さんが間に入ってくれた。
「あんまり若い子、いじめちゃダメですよ」
そういって、小鉢に入った豚肉大根煮を出してくれた。
美人の女将さんが袖をまくり、白い腕を見せながらカウンターに料理を置いてくれる。映画みたいだと勝手にテンションが上がっていた。

「俺は酒飲むから、先に食べてて冷めない方が美味いし」
ぶっきらぼうな言い方だが吉田課長は気遣いの人なのだなと、こういう人とお店に来られて少し嬉しくなっていた。
「お先にいただきます」
豚肉大根煮はゴロッとした豚の角煮とよく煮込まれた大根が1つずつ一口大の大きさで並んでいる、汁は透き通った黄金色で上には小ネギが散らしてあって見た目にも美しい。はやる気持ちが抑えきれずに小鉢を包み込むように持って全部を一気に口に入れた。大根は芯まで熱が通っていたため熱かったがそれよりも旨味が勝っていて、口の中でホロホロと崩れていって、私は目をつぶりながら文字通り噛み締めていた。

女将さんが目を細めこちらを見ていて急に恥ずかしくなって顔が真っ赤になっていた。
「いい食べっぷりですね」
「はい、すごく美味しかったので」
「良かったわ。お口に合って、ジャガイモはお好きですか?」
「はいとても」
ふっと鼻で笑いながら吉田課長が
「どうせマックのポテトだろ」
「いや、バーガーキングのフレンチフライです」
「……オマエはそういうところだぞ」
吉田課長は私の悪いところをストレートに伝えた、頭が悪いのに賢ぶったり、そのくせ自信がなくおどおどしたりでコミュニケーションが取りづらいなど。私は聞きながら泣きたくなっていた。

「はい、どうぞ」
運ばれてきたのは、新じゃがの煮っ転がしだった。球体のじゃがいもにべっこう色の照りが反射して私は説教中にも関わらず目を離せなかった。それを見かねてか吉田課長は
「いいよ、今日はもうこういう話しは無しにしよう。さっきの反省点を忘れないように美味しいご飯を食べて明日も頑張ろう」
「はい」
といいながら私は箸を握りしめたままだった。我慢できずに煮っ転がしに手が伸びる。口に入った瞬間歯があたるとプツリと皮が弾けホクホクのジャガイモが現れ、甘塩っぱい味と合わさって幸せな気持ちでいっぱいになった。

 その後も鮭の尾を丸ごと焼いた皮焼きとタケノコの炊き込みご飯が出て思い出しただけでも涎が出てくるのだけれど一番驚いたのがふろふき新玉葱だった。
「新人さんには旬なものをどうぞ」
昆布だしで煮られた丸ごとの新玉葱に赤味噌とみりんを合わせたタレがかかり刻みショウガが乗せられている。インパクトもさる事ながら香り、色全てが輝いて見える。
玉葱特有の辛さなど感じない、柔らかくジューシーな甘み、口に入れた瞬間からとろけてなくなってしまう。あっという間に1つ食べてしまって。さらに女将さんに頭を下げて作り方を聞いた。たぶん仕事以上に熱心になっていてまた吉田課長に笑われた。

「こんなもんでいかがですか?」

そう言うと部長は微笑んで、ため息をついた。
「そういう所だよね。話しをすぐ飾るし、その後のオマエがタマネギを毎日食い過ぎて体がタマネギ臭くなって怒られたって事が重要なのに、ガッカリだよオマエには。キミらもガワだけ整えても意味ないって分かったでしょ、早く中身を作りなさい」
新人の2人がフォローのつもりなのか笑顔で
「たまにタマネギの臭いしますもんね」
「あー分かる」

と言ってきゃがった。
吉田部長のギョッとした目が私に注がれる。
「オマエ、スメハラだからなそれ」
「あ、その匂い、俺は嫌いじゃないっすよ」

最近タマネギ食ってねぇーよと思いながら力なく笑った。

「そう?」

なんていいながらサラダにのせられたうすっぺらいタマネギを口に運んだ、味がしない上に辛かった。

(了)

舞神光泰 Twitter:@KOUTAI_MAIGAMI

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