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誠樹ナオ 『保護犬を家族に迎えたり預かったりして暮らしています1』(後編)

前半のあらすじ:高校生の柏木美芙由(かしわぎみふゆ)は、引き取ったばかりの保護犬シュクレのお散歩が上手くできずいる。お散歩中によく会ういつも違う犬を連れているイケメンが助け舟を出してくれて、彼のことが気になる今日この頃だった。そんな中クラスメイトのチャンピオン犬アレキサンダーの宝石を、シュクレが持ち去ったのではないかと疑われて…

「ユウちゃん、ごめん。私、早退する!」
「え、ええ!?」
 3限目を前に荷物を鞄に突っ込む。そのまま教室を飛び出すと、ユウちゃんの声が追いかけてきた。
「ちょっと、美芙由。先生になんて言えばいいんだよ〜!」

──────────

 ダッシュで帰宅すると、玄関脇の納戸に入れたソフトキャリーを引っ張り出す。
「シュクレ!」
 リビングのソファでひっくり返って寝ているのを抱き上げようとして、キャリーが嫌いなシュクレは逃げ出してしまった。
「キャン!」
「待って。ね……待って、シュクレ」
 
 それでもどうにか捕まえてキャリーに入れようとする私の手に、勢いで歯を立てる。
「いたぁっ!」
 子犬の歯は小さいけど薄くて鋭くて、紙で手を切った時のようなピリッとした痛みが走った。
「お願いだよぅ、シュクレ……」
 痛かったけど離すつもりはなかった。ますますぎゅうっと抱きしめると、じたばたしていたシュクレが大人しくなる。
「私のせいでシュクレに何かあったら──」
 
じわっと涙が出てくる。シュクレがつぶらな瞳でじーっと私を見つめると、私の肩に前足をかけてぺろぺろ顔を舐めた。
「シュクレ〜」
 シュクレはこんなに優しい子なのに、私はなんてダメな飼い主なんだろう。

「どうしたの?」
 テレワークで家にいたお母さんが、目を丸くしてリビングに入ってきた。
「学校は?なんでこんな時間に帰ってきてるの?」
「あのね、お母さん。シュクレがお散歩の途中で、石みたいな物食べちゃったかもしれないの」
「ええ!?」
 お母さんは一瞬だけびっくりして、すぐに考え直したように首を振った。

「でも、今日、ケージでトイレしてたし。変なもの出てくるとか、お腹が痛そうとか何もなかったわよ?」
「でも、でも、それしか考えられないんだもん!」

  今度こそシュクレをキャリーに入れて、立ち上がる。
「私、病院行ってくる!」
「だったら待ちなさい。お父さんに帰ってきてもらって、車出してもらうから」
「待ってられないよ!自転車で行く!!」
「あ、美芙由!」

──────────

 自転車を飛ばして病院で受付を済ませると、すぐに待合室に通された。愛育動物病院は保護動物のレスキュー団体を作った山波立子(やまなみりつこ)先生が院長で、シュクレはうちに来るまで隣にあるレスキューセンターで育った。

「キャンキャンキャン!!」
 病院に来るときはワクチン注射や、痛いことがあるのが分かってるから、シュクレはキャリーの中で震えてギャン鳴きしている。
「私がちゃんとシュクレを見てれば……」
 とりあえず病院に来たことでホッとして、キャリーごとシュクレを抱きしめるとまた涙が浮かんでくる。

「どうした」
 聞き覚えのある声に、顔を上げる。
「そんなに具合が悪いのか」
「あ」
 マスクをしてキャップを深く被っていても分かった。あのお兄さんだ。
「よしよし、怖くない」
 お兄さんはトイプードルとチワワを連れていて、キャリーの中のシュクレを宥めるように声をかけてくれた。

──────────

 一人では抱えきれなくなって全部話してみると『レントゲンの前にすることがありそうだ』とお兄さんは病院から私とシュクレを無理矢理連れ出した。その間、トイプードルとチワワを当たり前のように病院に預けてきたことにも驚いてしまった。
「問題の屋敷はここか」
「そうですけど、でも、あの……」
 なぜお屋敷に来る必要があるのか見当がつかない。それより早くシュクレと病院に戻りたい。一分一秒でも早く立子先生の診察を受けたくて、ソワソワしてしまう。

「門扉の防犯カメラっていうのはこれだな。足洗い場があれ」
「あれ、足洗い場だったんだ」
 ミロのビーナスのような彫刻を真ん中にくるくるの飾りがついた噴水が、ワンちゃんが足を洗うための水場らしい。
「リードフックがあるからな」
 薔薇と蔦の彫刻で飾られているポールも豪華なオブジェに見えるけど、ステンレスの複雑な形のフックは確かにリードをかけるところだった。
「さすが寿々音ちゃん……」

「あそこでは首輪にまだ宝石がついていて、家に入ってないのにすぐ気付いた。その間の映像で、門扉の前にいたのは君とシュクレだけ」
「そう、です」
「確かに、筋は通ってるな」
 
 キャリーからシュクレを出して地面に下ろす。お兄さんが抱き上げる間、大人しかったシュクレだけど──
「ワンワン!」
 地面に降りた途端、ぺたりとお腹をつけて声を上げた。その目はいつものように上目遣いで、次にお兄さんを見て何かを知らせるように吠え続ける。

「ちょ、ちょっと、シュクレ」
 あまりにも吠え続けるのにあわあわして屈み込むと、寿々音ちゃんとお父さんらしき人が玄関から出てきた。
「うちの前で何を騒いでいるの!?」
「え、えええ、あの、えっと」
 みんなが戸惑っている中、お兄さんだけは落ち着いた様子でシュクレを撫でている。

「なんだ……そうか、そういうことだったのか」
 シュクレもお兄さんに顔を擦り寄せて、その手を舐めていた。その笑顔は『やっと分かってくれた』とでも言っているような気がする。

「ええと……君たちは?」
 お父さんが私たちを見回した。
「お父様、この子よ。例のアレキサンダーの宝石の……」
「柏木美芙由さん?」
「は、はい。そうです」

「君は?」
 次にお父さんに視線を送られて、立ち上がったお兄さんはきっちり直角に頭を下げた。
「美芙由さんの保護者代理で、当麻樹(とうまいつき)と言います」
 当麻さん──初めて聞いた名前を、心の中で噛み締めるように呟く。するりと『保護者代理』と名乗ったことにびっくりしてしまう。

「例の防犯カメラの映像、自分にも見せてもらえませんか?」
「え……?」
 お父さんと寿々音ちゃんが顔を見合わせた。本当に、この人を信用して大丈夫なのかな。

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