見出し画像

失敗を成功につなげることの難しさ

失敗は成功のもと、という諺はよく耳にしますが、皆さんはこの言葉を実現できているでしょうか。何か失敗してしまったとき、その経験から学ぼうとする姿勢はもちろん素晴らしいものですが、実は私たち人間は失敗から学ぶことが本質的に苦手な生き物だということが心理学・認知科学の分野では指摘されているんです。今回は失敗から私たちが学ぶことを妨げる要因について解説しながら、これらの障壁を乗り越える方法について考えていきます。

キーテーマ

失敗からの学び

失敗から学ぶことが苦手な私たち

私たち人間が成功体験と比較して失敗体験から学ぶことが苦手なことは実験研究によって実証されています。
一例として、Eskreis-WinkerとFishbachは以下の実験を複数回にわたって行っています。

-被験者を二つのグループにランダムに分け、同じ二択形式の問題を解かせる。(例:「この二つのドイツ語の単語の内、とある生き物の名称を意味する単語を選べ」)
-片方のグループ(成功グループ)には選んだ回答が正解だと伝え、もう片方のグループ(失敗グループ)には選んだ回答が不正解だったと伝える(正解の実際の成否は伝えるフィードバックに関係しない)
-その後、元の質問に近しい問題を再度出題し、フィードバックに対応した回答ができているかを観察する。(例:「この二つのドイツ語の単語の内、とある無機物の名称を意味する単語を選べ」-> フィードバックから学べている場合、正解グループの被験者は当初の回答と逆の単語を選択し、失敗グループの被験者は当初の回答と同じ単語を選択するはず)

成功グループと失敗グループに分けて実験が行われた

その結果、職業や報酬の大きさに関わらず、失敗グループの被験者の方が成功グループの被験者より低い学習成果を示し続けたのです。
さらに、失敗グループの被験者たちは成功グループに被験者に比べて自身の回答についての記憶が弱い傾向等も見られました。
私たち人間にとって、失敗から学ぶということは成功から学ぶことに比べて本質的に難しいことなのです。

失敗から学ぶことはなぜ難しいのか?

では、なぜ失敗から学ぶことはこれほど困難なのでしょうか?
様々な要因が考えられますが、ここでは感情面での要因と、認知面での要因を紹介します。

感情面:
人は自分が自分に対して持つイメージを良いものとして保ちたいという欲求があります。
言い換えると、自分に対する自信を保持しようとする感情です。
この感情は失敗から学ぶという行為と衝突してしまい、妨げてしまうと考えられています。
自分の中の自己イメージを保持しようとするあまり、「どうすれば失敗を防ぐことができたか」という考えを促す後悔や反省の感情から無意識に逃げてしまっているのです。
実際、失敗体験後に振り返りや行動の反省を促される方が後の行動改善につながるという実証実験も行われています。


人は自己イメージを良く保ち続けようとする

認知面:
失敗から学ぶという行為はそもそも成功から学ぶということに比べて難易度が高いと考えられています。
成功と違って、失敗は想定外だったり、過去の事例に反する事象であることが多いです。
人間にとって想定外の事象から情報を抽出することは非常に高度な行為であるため、失敗から学ぶことはとても難易度が高い行為だといえるのです。
また、成功体験に比べて、失敗体験はより「遠まわし」の学びを提供します。
成功体験から学ぶということは、その成功体験の行動をそのまま模倣するということに他なりませんが、失敗体験から学ぶためにはその失敗体験の中から何を変えなければいけないかという情報を抽出することが必須となります。
そのため、失敗体験から学ぶことは思考により大きな負荷を与えるのです。

この現象を観察する実験として、以下のようなものがあります。
密閉された3つの箱の中にそれぞれ一つずつボールが入っています。
ボールにはそれぞれ「+800円」「+200円」「-100円」の文字が書かれています。
これからあなたは一つの箱を選び、その中に入っているボール分の報酬を受け取ることができます。(選んだ箱に「+800円」のボールが入っていれば800円もらえ、「-100円」のボールが入ると100円払わなければいけません)
ただし、箱を選ぶ前に「+200円」のボールが入っている箱か、「-100円」のボールが入っている箱のどちらかの場所をヒントとして教えてもらうことができます。
この場合、「+200円」、「-100円」、どちらのボールの場所を教えてほしいですか?

少し考えればわかる問題ですが、この場合は「-100円」の場所を教えてもらう方が得です。
「-100円」のボールのありかを知ることで、消去法で「+200円」、もしくは「+800円」のボールを選ぶことができるようになりますね。
答えを知ってしまえば簡単な期待値計算のように思えますが、実はこの問い、実際に実験してみるとおおよそ1/3の被験者が「+200円」のヒントを得ることを選択するんです。
この実験からもわかるように、負の情報(「-100円」の位置情報)の価値を判断することは私たちにとって困難なのです。

失敗から学ぶためにできること

失敗から学ぶ上で様々な障壁を持ってしまっている私たちですが、ではいったいどのようにこうした障壁を乗り越えられるのでしょうか?ここでは本論文で紹介されている手法の一部を抜粋して紹介します。

自分の失敗ではなく、他人の失敗に置き換える。
感情面での障壁を緩和する手法です。
失敗を振り返るにあたって、自分の自己イメージが損なわれないよう、他の人の失敗を振り返ったり、自分の失敗を第三者の目線で振り返るように工夫する。
まさに「人のふり見て我が振り直せ」です。

失敗から学べるポイントを他者からフィードバックとして明示してもらう。
認知面での障壁を緩和する手法です。
失敗から学ぶという行為の難易度を下げるために、他者から「今回の失敗からは〇〇が学べる」というフィードバックをもらうことで、失敗からの学習成果が高まる傾向が実験の中で観察されています。

失敗が当事者の評価を下げるものではなく、成長の機会であるという文化・雰囲気を形成する。
失敗した人を積極的に評価したり、失敗を振り返るための環境を風土として整えることで感情面・認知面両方の障壁を緩和することができると考えられています。

失敗を評価する風土を整える

編集後記・まとめ

教育の場面でも、生徒は失敗から学ぶことが期待されています。例えば、テストは評価の側面だけではなく、生徒が足りない部分を自ら補う機会を提供するという機能も本来は持ち合わせているはずです。しかし、この論文からもわかるように、生徒目線では自身の失敗から学ぶという行為は非常に困難であるということを教える側は常に意識する必要があります。採点したテストをただ返却するのではなく、その結果から生徒が学べるような環境を整えてあげることが、先生・学校に求められているのかもしれません。

エビデンスレベル:メタアナリシス

文責:山根 寛

スゴ論では週に2回、教育に関する「スゴい論文」をnoteにて紹介しています。定期的に講読したい方はこちらのnoteアカウントか、Facebookページのフォローをお願いいたします。
https://www.facebook.com/sugoron/posts/109100545060178
過去記事のまとめはこちら

Metcalfe, Janet, Learning from Errors (January 2017). Annual Review of Psychology, Vol. 68, pp. 465-489, 2017, Available at SSRN: https://ssrn.com/abstract=2896719 or http://dx.doi.org/10.1146/annurev-psych-010416-044022

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?