生徒の無力感がもたらす学習への影響
心理学における現代の巨人、マーティン・セリグマンによって行われた実験に以下のような者があります。逃げることができない状態で犬に電流を流し続けると、逃げることができる状況に環境が変化した場合においても犬は抵抗をやめる。心理学において非常に有名なこの実験は、「学習性無力感」(Learned Helplessness)という現象を実証したものでした。この学習性無力感という概念の発見はその後の様々な研究に多大な影響を与えており、教育の分野でも非常に重要なテーマとして長らく扱われています。今回は、生徒が感じる無力感が授業の習熟度にもたらす影響について調べた研究を紹介します。
キーテーマ
学習性無力感・モチベーション・授業・習熟度
結論
学習性無力感を感じている生徒は、無力感を感じていない生徒と比べて同じ授業を受けた時にその授業の習熟度が下がる。
受けている授業がより表現豊かなものである(教師がユーモア・たとえ・目線等を活用し生徒に積極的に訴えかけている)ほど、無力感を感じている生徒とそうでない生徒の間の習熟度合いの差は大きくなる。
参考:学習性無力感とは
自身の行動が結果につながらない経験が積みあがった結果、無力感を感じるようになってしまい、行動すれば結果を出せるような場面においても行動を起こさなくなってしまうこと。
例:
英単語を覚えることが苦手で、毎週の単語テストで毎回赤点を取ってしまうケンタ君。高校2年生になってからは心を入れ替えようと、寝る前に毎晩1時間勉強し、一回目のテストに臨むことにしました。しかし結果は無情の赤点。
「こんなに頑張ったのに、いい点数が取れなかった。自分は英語の才能がないから、どれだけ勉強しても無駄なんだな・・・」⇒学習性無力感を感じてしまっている。
⇒この場合、英単語とは関係ない英語の授業においてもケンタ君の習熟度が相対的に下がってしまう可能性があるのです。
実験デザイン
読みやすさのために、実験内容を要約しています。
400人の大学生を3つのグループに分け、それぞれのグループにマークシート形式に単語テストを受けさせた。各テストには以下のような仕掛けがしてあった。
グループ①:生徒に与えられたペンとマークシートに特別な仕掛けがしてあり、生徒がマークシートにペンで記入するとその答えの正誤がその場で浮かび上がるようになっていた。
⇒テストを受けながら、生徒が適切なフィードバックを受ける仕組み。
グループ②:グループ①と同じ仕掛けのペンとマークシートが与えられるものの、浮かび上がる正誤のフィードバックが操作されていた。生徒の記入した回答に関わらず、8割の問題が不正解、2割の問題が正解と表示されるようになっていた。
⇒テストを受けながら、生徒が不適切なフィードバックを受ける仕組み。生徒の無力感を高めることを意図した。
グループ③:通常の鉛筆とマークシートで問題を解いた。
⇒フィードバックなし
テストを解かせた後、生徒の無力感をアンケートで測定したところ、狙い通りグループ②の無力感が高まっていた。
その後、各グループをさらにそれぞれA組とB組に分け(3×2=6組)、各組に事前に録画してあった25分の講義動画を見させた。A組とB組が見た動画内の講義で扱われた内容は同じだったものの、A組の講義は表現豊か、B組の講義は表現に乏しいものとなっていた。
講義視聴後、講義内容に関するテストをすべての生徒に受けさせた。
結果、学習無力感を感じた状態で表現豊かな授業を受けた生徒(グループ2・A組)と、学習無力感を感じていない状態で表現豊かな授業を受けた生徒(グループ1・A組、グループ3・B組)の間に顕著な習熟度の差が見られた。
一方、表現に乏しい授業を受けた生徒に関しては、学習無力感の有無にかかわらず、比較的低い習熟度の傾向が見られた。
留意点
「表現力豊か」な授業の定義や、効果の是非は生徒の学年や文化圏によって異なる可能性があります。
実験の対照性を高めるため、実際の授業ではなく講義動画が使われたことは考慮する必要があります。
エビデンスレベル:実験研究
まとめ
生徒が感じる無力感は、別の場面における習熟度や学習能力への弊害となる可能性がある。
編集後記
無力感が授業の習熟度にまで影響を及ぼすとは驚きではないでしょうか。無力感が高まることを防ぐための常套手段としては、フィードバックを与える・結果ではなくプロセスを評価する、等があります。こうした手段は生徒のモチベーションだけではなく、学習能力へも影響を及ぼす可能性があるといえるのかもしれません。
文責:山根 寛
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過去記事のまとめはこちら
Perry, R. P., & Dickens, W. J. (1987). Perceived control and instruction in the college classroom: Some implications for student achievement. Research in Higher Education, 27(4), 291–310. https://doi.org/10.1007/BF00991660
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