先延ばしの防ぎ方を心理学から考える
「スマホばっかりしてないで勉強しなさい!」この言葉を発したことがない親御さんはいない、といっても過言ではないでしょう。目の前の快楽の欲求をおさえ、将来や長期的な目標に投資することを一般的には自制(Self-Control)と呼びます。この自制というテーマは心理学・認知科学においても、学習成果や仕事のパフォーマンスに大きな影響を与える要因として非常に着目されています。今回は、心理学における自制の定義や仕組み、実証されている学習成果との関係性、及び検証されている自制を高めるための方法に関してまとめていきます。
自制とは?
かしこまった定義づけをすると、自制(Self-Control)とは長期的なゴールや重要な目標の達成のために、目前の快楽や欲求を満たす行動を自ら制御する事です。
例えば、
「スマホで遊びたいが、良い成績を取るために先に宿題をする」
「眠たいが、ダイエットのために早起きしてジョギングをする」
等はわかりやすい例ですね。
ここで重要なポイントとしては、「長期的なゴール・目標」と「短期的な欲求・快楽」という二つの動機がせめぎ合っており、どちらかを選ばなければならい状況において自制心が必要となる、ということです。すなわち、そもそもの長期的なゴールが存在しないと自制心を語ることはできません。ダイエットをそもそもしたいと思っていない、特に走る理由もないのにも関わらず、眠気眼をこすりながら早朝ランニングをしている人がいた場合、その人は「自制している」とは言い難いですよね。(そもそもそんな人がいるかわかりませんが・・・)
性格でいうと、自制心はビッグファイブ理論の中の「誠実さ」の要素と密接に関連していると考えられています。
参考記事はこちら
*ここまでのお話をすると、自制と学習成果の関係性を語るにあたって、「そもそも生徒は長期的なゴール・目標を持っているのか?」という疑問を持たれる方もいらっしゃるかと思います。確かに、勉強をする自分なりの理由を全く見出すことができていない生徒がいるとすれば、その生徒にとって勉強するという行為は自制心の有無にかかわらず極めて困難でしょう。実は、これまでの研究によると、性別・年齢・経済状況・成績に関わらず、学生は学業というものに対して「長期的に見て重要」という感覚を持っていることがわかっています。もちろん個人差はありますし、勉強に長期的な価値を見出すことが難しいと感じる生徒も存在しているかもしれません。が、ここでは生徒がある程度「勉強は長期的に見て重要だ」という感覚を持っている(ので、自制の有無が重要である)、という前提を元に話を進めていきます。
自制と学習成果との関係性
「スマホばっかりやってないで勉強しなさい!」の言葉が表す通り、自制ができることはより高い学習成果を得るために望ましい、という感覚は特に目新しくないと思います。
実際、自制と学習成果の間に正の関係性があることは複数の研究によって実証されています。一例として、自制心が高い生徒は低い生徒に比べて
・退学率が低い
・学校の成績が高い
・共通テストにおける点数が高い
傾向がある、ということが研究によってわかっています。
この傾向は知性や経済的状況等、他の変数の影響を加味した場合でも有意であることがわかっています。
衝動や動機はこうして生まれる:プロセス・モデル
自制と学習成果の間に正の相関性があるとすると、おのずと「自制を高めるためにはどうすればいいのか?」という疑問が浮かびます。この問いへの答えを整理するにあたって、自制を考えるにあたってのキーテーマである、「動機」について少し考えていきましょう。
筆者らはこの論文において、生徒の中で何かしらの動機が生じる過程を下図のような「プロセス・モデル」という四段階の循環型モデルを用いて説明しています。
例を用いて説明すると、
①状況(Situation):生徒がおかれた状況そのもの。「生徒の目の前に参考書とスマートフォンが存在する」
②注目(Attention):生徒が自身のおかれた状況を観察すること。「目の前に参考書とスマートフォンが存在することに生徒が気づく」
③評価(Appraisal):自分のゴールや欲求が起点に、生徒が目の前の状況を解釈する。「『将来のために数学を勉強しないといけないな』『友達とラインしたいな』等の考えが生徒の頭をよぎる」
④反応(Response):何かしらの行動を生徒が取る。「参考書を手に取る」「スマートフォンの電源をつける」等。
最後に生徒が「反応」することにより、新たな「状況」が生じます。生徒が反応のステップにおいて「参考書を手に取った」場合、「生徒の手の中に参考書、目の前にスマートフォンが存在ししている」という新たな状況が生まれますし、一方で「スマートフォン」を手に取った場合は「生徒の手の中にスマートフォン、目の前に参考書が存在している」という状況が生じるわけです。
至極当たり前のことを必要以上に理屈っぽく述べているようですが、「自制を高めるためにはどうすればいいか?」という問いに答えるためにこのモデルは非常に便利になってきます。すなわち、この循環に何かしら介入していくことで自分の中に生じる動機をコントロールができわけです。
抽象論ではまだ少しわかりにくい部分があると思いますので、早速具体的に見ていきましょう。
自制を高めるための効果的な方法
プロセスモデルを前提にすると、モデル内の各段階に介入することで自身の中に生じうる動機を制御できることになります。
「状況」に介入する方法の例(検証例多数):
-「静かな図書館など、集中しやすい環境に行く」
-「そもそも、視界に入らないようにスマートフォンを片づける」
-「友達と宿題を終わらせるスピードを競い合うという約束をする」
このように、環境そのものを変えたり(図書館に行く、スマートフォンを片づける)、新たな要素を加える(競争という要素を加える)ことで、生徒が置かれる状況に介入し、そこから生じる動機や衝動を変えることができます。
「注目」に介入する方法の例(検証例多数):
-「置いてあるスマートフォンから視線を反らす」
-「目の前の参考書とスマートフォンだけではなく、宿題の締め切りという第三の要素にも注目する」
このように、環境の中で注目する対象を調整することも効果的な方法の一つです。
「評価」に介入する方法の例(検証途中):
-「数学の勉強を面倒な作業としてではなく、宇宙飛行士になるという将来の夢へのステップとして捉えるようにする」
-「自分は数学が苦手なので勉強しても上達し得ない、という考え方を変える」
このように、自身の長期的な目標に立ち戻ったり、マインドセットを変えることで環境に対する評価を変えることができるとされています。一方で、過去の実証実験によると、こうした取り組みを自発的に行うことは比較的困難であるという可能性も筆者らは指摘します。
「反応」に介入する方法の例(検証不十分):
-「スマートフォンからのラインの通知に対して我慢する」
「反応」を自発的に変える効果的に関しては、充分な研究が行われていない、と筆者らは指摘します。また、裏付けのない「我慢しなさい」「ただやりなさい」という声がけのような、外部からの直接的な「反応」への介入は効果が薄いという研究が存在することも指摘されています。
プロセス・モデルの循環そのものに介入する方法の例(検証例多数):
-「『学校から帰宅したら必ず一時間宿題をする』等の計画を立てる」
計画をしたり、行動を習慣化することで、プロセスモデルにおける「評価」のステージそのものを省き、相反する動機が生じることなく行動に移ることができます。例えば、「何が何でも朝は必ずランニングをする」と決めている人は、「眠いからいかない」「昨日頑張ったから行かない」という考えがそもそも生じにくい、という理論です。
以上のように、プロセスモデルを前提とすることで、生徒が自分の自制を高めるための方法に関して考察することができます。まだまだ検証が必要な部分が多いことに留意する必要はありますが、どのような手法がその生徒にあっているのかということを考えるうえでこのフレームワークは役に立つかもしれません。
編集後記
「計画を立てる」「将来の夢に立ち戻る」等、「言うは易く行うは難し・・・」という方法も少なくありませんでしたが、自制というテーマについて整理する考える上では面白い論文ではないでしょうか。研究がどれだけ進んだとしても、生徒の自制心を簡単に上昇させる魔法のような手法が開発されることは難しいでしょうが、生徒一人一人に対してどのような方法が効果的かということを考える材料には有効かもしれないな、と感じました。
文責:山根 寛
Duckworth, A. L., Taxer, J. L., Eskreis-Winkler, L., Galla, B. M., & Gross, J. J. (2019). Self-control and academic achievement. Annual Review of Psychology, 70, 373–399. https://doi.org/10.1146/annurev-psych-010418-103230
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