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私たちが自信過剰になってしまう理由

「あなたは他の人と比較してどれぐらい運転が得意だと思いますか?」アメリカにおいて運転免許を持っている大人にこの質問を聞いていくと、ほとんどの場合、「平均以上」と答える人が過半数を大きく超えることが知られています。平均以上の運転技術を持ち合わせている人は本来人口の半分にしか満たないはずだという事を考えると、これはとても不思議な現象ですよね。運転技術に限らず、仕事や学業など、日常におけるあらゆる場面において、人は総じて自信過剰な傾向があることが知られています。私たちはなぜ自信過剰になってしまうのでしょうか?この問いに対する一つの回答として、この20年間注目を集め続けている研究を今回は紹介します。

結論

あらゆる活動において、人は総じて自身の能力を過信してしまう傾向がある
この傾向は特にその活動の能力があまり高くない人(例:運転があまりうまくない人)ほど顕著なことが観察されている。
この現象はその活動があまり得意でない人ほど、その活動に置ける自身の能力をメタ認知する力が低いため生じてしまうと考えられている。
実際、活動の実力を上げるにつれて(例:運転技術を向上させる)、元々の自信過剰の傾向は是正されていくことが知られている。
これらの現象はまとめて、ダニング・クルーガー効果(Dunning-Kruger Effect)と呼ばれる。

実験1:自信過剰の観察

*読みやすさのため、要約しています。

米国の大学生45人を対象に、以下の実験を行った。

①参加者全員にこれから20問の論理パズルが出題されると伝え、各参加者に自分が20問中何問正解できると思うか、そして他の参加者と比べて自分が上位何パーセントの成績を収められるかを予想してもらった。
②予想後、参加者は全員同じ20問の論理パズルに取り組んだ。

結果、実際の成績と解答前の予想を比較すると、パズルの解答率が低かった生徒ほど、成績と予想の間に大きな開きがあることが観察された。

解説①
解説②
解説③

実験2:上達による自信過剰の是正

米国の大学生140人を対象に、以下の実験を行った。

①実験1同様、参加者に論理パズルを行うことを伝え、自身の成績を予想してもらい、実際に論理パズル20問を解いてもらった。
②参加者をランダムに二つのグループに分け、片方のグループ(実験群)には10分間論理パズルの解き方に関する講義を受けてもらった(①で解いたパズルの答えは教えられていない)。もう片方のグループ(対照群)には10分間無関係の活動に取り組んでもらった。
③10分後、全参加者に①で自身が記入した解答用紙と同じ問題が再度配られた。返却後、改めて自身が何問正解したかと思うか、そして他の参加者と比較して自分が上位何パーセントの成績を収めたかを全参加者に予想してもらった。

結果、実験群(論理トレーニングを受けたグループ)と対照群(無関係のトレーニングを受けたグループ)のそれぞれの成績下位者を比較すると、
①トレーニング後、実験群の生徒の方が正しく自分の成績(何問成績したか)を予想し、
②同様に、実験群の生徒の方が正しく他者と比較した時の自分の立ち位置(自分が上位何パーセントに位置するか)を予想できていることが観察された。

以上をもって、研究者らは、その活動に対する知識や能力を身に着けることが、自身の立ち位置をより適切に把握することにつながると考察した。逆に、タスクの経験が少なく知識や能力がまだ低い人ほど、自分の相対的な立ち位置をうまく把握できないため、自信過剰に映ってしまうのではないかと考察した。

留意点

ダニング・クルーガー効果は心理学においても比較的良く知られている説なだけに、元の論文から誤って派生した情報が独り歩きしている様子も多く見受けられます。ここでは、特に注意すべき留意点を二つ紹介します。

この説の誤った理解として最も頻繁に見受けられるのが、「頭が悪い人・能力が低い人ほど自信過剰である」という認識です。元の研究ではあくまで特定のタスク(論理パズル・文法テスト・運転能力等)とその分野に呼応した自信(論理パズルに対する自信・文法に関する自信・運転に関する自信)を比較しており、「一般的な頭の良し悪し・一般的な能力の高さ」には一切言及していません。(そもそも、「一般的な頭の良さ・能力の高さ」という概念が存在するのか、存在したとしてどう定義するのか、ということ自体が困難な問題です。)平たく言うと、この研究は能力の高さ・低さに関して何か特定の集団を貶めようとするものではありません。

②ダニング・クルーガー効果は複数の研究において再現されており、比較的有力視されているものの、国・文化によってその効果の強弱に違いがあることも知られています。米国の他、欧州・日本においても同様の実験を行ったところ、アメリカ人の間ではこの効果が顕著に見受けられた一方で、日本人の間ではこの傾向が比較的弱いことが観察されています。

エビデンスレベル:比較実験

編集後記

ソクラテスの有名な言葉である、「無知の知」をまさに体現したような実験ですね。何事においても、「自分が何を知らないかを知る」ことが上達に向けての一歩目なのかもしれません。

文責:山根 寛

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過去記事のまとめはこちら

Kruger, J., & Dunning, D. (1999). Unskilled and unaware of it: How difficulties in recognizing one's own incompetence lead to inflated self-assessments. Journal of Personality and Social Psychology, 77(6), 1121–1134. https://doi.org/10.1037/0022-3514.77.6.1121

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