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バイリンガル=賢いは本当?

「海外からの転校生がやってきました。」先生のこの一言は、それとなく教室をざわつかせるのではないかと思います。海外から転校生がやってくるとなると、「なんとなく凄そう」「英語しゃべれるのかな」等の噂も生徒間で飛び交うのではないのでしょうか(国際化が進むこの時代、少し古い考えなのかもしれませんが)。筆者の主観にはなりますが、日本語さえ喋れれば生活が過不足なくできる日本という国では、「バイリンガル=賢い」という考えが他国と比較しても強く根付いていると思います。この考えは実は認知科学においても頻繁に検証がされており、バイリンガルであることと他の認知機能(集中力・ワーキングメモリ・計画性等)との関係性についての研究は数多く存在します。今回はこれらの研究の結果を総括した論文(メタアナリシス)を紹介します。

結論

0-18才を対象にした研究を総括すると、バイリンガルであることと実行機能(集中力・ワーキングメモリ・計画性等の力の総称)との関連はほとんど0に近い。

前提①:実行機能とは?

実行機能(Executive Function)という言葉は日常ではあまり聞き慣れないですよね。心理学・認知科学では頻出するこの概念ですが、実は専門家の間でもその定義は定まっていません。ざっくりとした意味合いとしては、「自らのゴールや目標を達成するために必要となる認知能力」を指します。一例として、計画性・自律性・集中力・ワーキングメモリ等の力が実行機能を構成する要素として挙げられることが多いです。もちろん、「自律性と計画性はどう違うのか?」「集中力とワーキングメモリを個別の要素として考えてよいのか?」等、細かい定義をつつきだすときりがないのですし、個々の研究によって思想が異なってしまいます。なので、複数の研究を総括することを目的としたこの論文では、実行機能を比較的広義なものとして捉えています。

実行機能の定義は様々

*このスゴ論のタイトルにおいて、「賢い」という言葉を使っていますが、「実行機能の高さ」と「賢さ」が同じものかというと厳密には違います。例えば、「彼女はいつも数学で満点を取って賢いね」という文章は違和感がありませんが、「実行機能が高い->算数のテストの点数が高い」等のロジックはやや飛躍しているといえるでしょう。日常会話において「賢い」という言葉はかなり広義な意味で使われており、その中の要素の一つとして。「実行機能」というものが存在している、と捉えるとわかりやすいかもしれません。

前提②:バイリンガルと実行機能の関係性

そもそも、「バイリンガルと実行機能は密に関連している」という考え方はどこからでてきたのでしょうか?これまで検証されてきた仮説の内、ここでは二つを紹介します。

①バイリンガルは自分が置かれている環境を観察しながらどの言語を活用するべきなのか選択しなければいけません。例えば、イギリス人の友達と話している時には、(意識的にせよ無意識的にせよ)日本語ではなく英語をしゃべることを選択しなければいけませんよね。そのため、バイリンガルは観察力や自制力を活用する機会が比較的多く、総じてその力が高いという説が存在します。

②バイリンガルは複数の言語の間で切り替えを行いながら生活しなければいけません。この切り替える力が、生活面の他の文脈でも応用されているのではないか、という説も存在ます。例えば、中国語と日本語の間を使い分けているバイリンガルは、会話内の話題の切り替えや、タスク間の切り替えも速いのではないか、という説です。

要約すると、バイリンガルであることによって、複数の言語を使い分けるための負荷が生じ、その負荷に対応することがが結果的に実行機能の向上につながるのではないかーということを上記の仮説はそれぞれ述べています。複数の言語を使うという行為そのものが脳のトレーニングになっているのではないか、ということですね。

研究内容

0~18才を対象とした、バイリンガルと実行機能の関連性についての研究について、メタアナリシスに必要となる統計的基準を満たす論文(N=100)の結果を統計的に総括した。

結果、「バイリンガルであることは実行機能にとって有意に働く」という仮説に対する証拠は得られなかった。(厳密にいうと、仮説は統計的に有意であったものの、その効果の大きさがほとんど0に等しかった。)

留意点

前述した通り、実行機能という概念の定義がそもそも定まっておらず、総括された研究の間にも定義づけの齟齬が見られました。こうした齟齬が結果に影響を与えた可能性が論文では指摘されています。

エビデンスレベル:メタアナリシス

編集後記

「バイリンガル=賢い」という一般的な感覚とは異なる結果で面白いですね。もちろん、実行機能の向上以外にも第二外国語を学ぶメリットはたくさんある(新しい言語が話せるようになるということがそもそもの目的であり、最大のメリットなわけですから)ので、子供に第二外国語を学ばせることを否定する研究でもありません。ただ、「あの人はバイリンガルだから頭が良いに違いない」という考え方は、少し早計なのかもしれないですね。今後の発展が楽しみな研究分野です。

文責:山根 寛

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過去記事のまとめはこちら

Gunnerud HL, Ten Braak D, Reikerås EKL, Donolato E, Melby-Lervåg M. Is bilingualism related to a cognitive advantage in children? A systematic review and meta-analysis. Psychol Bull. 2020 Dec;146(12):1059-1083. doi: 10.1037/bul0000301. Epub 2020 Sep 10. PMID: 32914991.

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