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達人は〇〇を使って物事を記憶する

藤井聡太プロを筆頭に、将棋界が近年盛り上がっていますね。ところで皆さんは、プロ棋士の対局後のインタビューの様子をニュース等で見たことはあるでしょうか?記者から「この局面で〇〇という手は考えられなかったのでしょうか?」という質問を受け、「その手も考えたんですが、××角、△△歩、同銀と進んだときに次の手が見えなくて・・・」等と応対するやり取りを見ていると、その記憶力に度肝を抜かれますよね。将棋のみならず、チェスや囲碁のプロは対局の手順を長期にわたって記憶することができることが知られています。いったいどのようにして彼ら・彼女らはこうした人並外れた記憶を疲労することができているのでしょうか?1970年代に行われた、記憶に関する非常に著名な研究を今回は紹介します。

結論

達人は盤面の情報を意味を持った「かたまり」に整理することで記憶している。
意味を持ったかたまりに分割できることができないような盤面を前にすると、初心者も達人も記憶の精度は変わらない。

実験詳細

*読みやすさのため、要約してお伝えしています。
*筆者の文章力不足で長ったらしい説明になってしまったのですが、平たく言うと、一度見たチェスの盤面を再現する精度を達人・中級者・初級者の間で比較する実験です。

チェスの達人・中級者・初級者を一人ずつ集め、以下の実験を行った。

①実験に使うために、20個のチェスの局面が既存の試合や本から選ばれた。
②20個の盤面の内、10個は中盤の局面(盤面に24~26個駒がのっている状態)、10個は終盤の局面(12~15個駒が残っている状態)のものであった。
③さらに、上記の20個の盤面に加えて、8つのランダムの局面(盤面に駒が無作為に配置されている状態)が用意された。
④それぞれの参加者の前に二つのチェス盤が横に並べて置かれた。左のチェス盤には用意された28個の盤面の内一つの局面が配置されていた。右のチェス盤には駒は乗っておらず、盤の横に駒一式が用意された状態で並んでいた。二つのチェス盤の間には敷居がしかれており、同時に二つの盤を見ることはできないようになっていた。
⑤参加者はそれぞれ右のチェス盤(空っぽのチェス盤)の前に立つように指示された。実験開始後、盤の間の敷居が五秒間取り除かれ、参加者は左のチェス盤の局面をできるだけ記憶するように指示された。5秒後、敷居は元の位置に戻された。
⑥敷居が戻された後、参加者はそれぞれ自分の目の前にある右のチェス盤上に先ほど観察した局面を可能な限り再現するように指示された。特に時間制限は設けられなかった。
⑦参加者が駒を配置し終わった後、もし間違っていた場合は再度敷居が取り外され、再度5秒間右の局面を観察する機会が用意された。右の局面と左の局面が一致するまでこの手順は繰り返された。
⑧再現終了後、左の局面が研究者によって別のものに変更され、⑤~⑦の手順が繰り返された。
⑨各参加者はそれぞれ合計12個(中盤局面5個、終盤局面5個、ランダム局面2個)の異なる局面に関してこの手順を繰り返した。

実験を通して、研究者はそれぞれ参加者が
再現のために要する観察の回数
再現の際にどのような順番で駒を並べているか
各局面において、一回目の観察の後に何個の駒が並べられているか
を測定した

結果、以下の傾向が観察された。
①実際のチェスの試合から用意された局面に関しては、再現のために要した観察の回数は達人が最も少なく、初心者が最も多かった。特に初心者は達人・中級者と比較して大幅に回数を要した。
②一回目の観察後に並べられた駒の個数は、達人が最も多く、初心者が最も少なかった
ランダムな局面においては、達人と初心者の間に大きな差は見られなかった。

以上をもって、研究者は「達人は盤面を観察した際に、瞬間的に意味のある駒の配置(かたまり)を見つけそれを短期記憶に保管している」という仮説を提唱した。

留意点

古い研究ということもあり、実験デザインにやや難があることは否めません。特に、実験の参加者が達人・中級者・初級者にそれぞれ一人ずつ、3人しかいなかったことは現代の感覚からするとかなり違和感があります。
一方で、この研究は比較的有名ということもあり、その後の研究で反復されている(同様の実験を行って同様の結果が得られている)ケースも多く存在するので、それなりの信頼性がありそうです。

エビデンスレベル:比較研究

編集後記

一見教育とはおおよそ関係のないような記事を紹介してしまいましたが、この実験はチェスのみならず、認知科学の分野における記憶全般に関する研究として非常に大きな影響を与えました。例えば、電話番号をランダムな11桁の番号として捉えると覚えることは困難かもしれませんが、市外局番3桁+4桁+4桁等のかたまりに分割したり、語呂合わせなどを駆使していくと少し覚えやすくなりますよね。今や常識となっている「丸暗記ではなく、理解して覚えよう」という考えを科学的に打ち出した、当時としては画期的な研究だったのかもしれません。

文責:山根 寛

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過去記事のまとめはこちら

Chase, W. G., & Simon, H. A. (1973). Perception in chess. Cognitive Psychology, 4(1), 55–81. https://doi-org.tc.idm.oclc.org/10.1016/0010-0285(73)90004-2


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