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技工士激レア時代の処方箋❷

 今回から、きたるべき技工士レス時代に備えての提言を述べていく所存ですが、最初は少し前項のプロローグを引きずってみます。

 過去の拙ブログでは、保険の技工問題は解決しない、とほぼ断言しました。技工問題が解決しない、というより保険診療の様々な問題が解決しないわけで、こと補綴だけ、修復だけが解決するはずもありません。そして、じっと耐え忍ぶにも、歯科業界人は既に、多くの時間と忍耐を強いられてきました。ですから、今必要なのは、何年後に実現するかわからない理想論や、政治家、歯科医師会のリーダーたちのリップサービスではなく今みなさんが感じている痛みをどうすれば和らげられるか、こそが喫緊の課題であるはずです。
 ではまず、前シリーズの結論、私が考える対策を列挙してみます。

https://ashitanohaisya.com/2023/08/13/gikou010/

  1. 技工士がとりうる対策

    1. 保険技工からの撤退

    2. 協業化

    3. 歯科医院に就職

    4. その他

  2. 歯科医師がとりうる対策

    1. 技工士の囲い込み

    2. 業態の改革

    3. 自分で技工

 各項目について詳しくは述べませんが、ご興味ある方は、各項目にリンクを貼ってありますので、拙個人ブログサイトにてご覧ください。

 上記の項目のうち、1-1歯科医院に就職、2-1技工士の囲い込みは同義です。2-2業態の改革は、補綴・修復への依存を減らす──つまりメンテ型へ移行することを意味しますが、これは年々厳しさを増す保健医療行政下では先行きが見通せませんし、お役人のさじ加減で如何ようにも転びうるところが弱い。1-2の技工の協業化はミリング加工を筆頭にある程度進んでいます。となりますと、歯科医、技工士の双方に関係する方策としましては、保険技工からの撤退ということに集約されると思います。極論すれば、
①技工士は自費の補綴、修復物のみを手がければよい。
②歯科医は、外注技工を伴う保険治療を行わなければよい。

ということになりましょうが、はたして可能なのでしょうか?

自費のみで食べていけるのだろうか?

技工士が少なくなるのは目に見えております。既に新規の保険技工を断るラボもちらほらという状況が出現しており、この傾向は今後も加速していくでしょう。ただいま中医協で議論の遡上に乗せられている令和6年度の改定では、補綴維持管理料の適用期間が5年に延長される含みさえ聞こえております。となりますと、やはり自費、自由診療しかないとなるのは至極当たり前の流れです。しかし、それには各診療所が抱える患者サイドに自費の料金を支払える経済力があるかにかかっていると思います。
前回エントリで示した通り、富裕層の多くは大都市圏に群がっております。となりますと、自費売上を収入のメインに据えるのなら、歯科医もラボも大都市圏へ向かわざるを得ません。それが可能なのか、人口規模と構成がほぼ同じで、住民所得が大きく異なるふたつの都市で比較してみます。

◎多くの富裕層が邸宅を構えるQ市

 某県々庁所在地の衛星都市であり、富裕層をターゲットにした自費専の歯科クリニック、美容外科が駅前に軒を連ね、とりわけ駅前は“やぶ医者通り” と陰口を叩かれるほど半ば強引な自費推しの歯科医院が密集しています。
・人口   9万4千人
・平均年齢 49.3歳
・人口構成予測(2063年)

Q市々役所調べ

◎巨大企業の撤退を機に、地域経済が衰退したP市

 地域の中核都市でありながら、農業と観光の他に産業が無く、経済は年金と医療・介護保険で回っているという、いわゆる老人経済の街です。
・人口   7万1千人
・平均年齢 52.1歳
・人口構成予測(2040年)

人口マップRESASより

 両市の年齢、人口データには多少の差異はあるものの、人口が減少し高齢化が進行している点では、我が国の都市のサンプルとして一般的と言えると思います。

二市の比較

◎平均年収

 大きく異なっているのは住民の年収、有り体に言うならば購買力です。Q市は我が国屈指の高級住宅街をかかえ、一方のP市はNHKが特集を組むほどの経済疲弊地域。下表は経済力の差だけを取り出して比較することを目的に、平均年収をグラフ化してみました。

国税庁、求人データボックス調べ

 実に200万円以上もの格差がついております。しかし、
「自費治療の優秀性を懇切丁寧に勧めれば、収入が少なくても自費へ誘導できるのでは?」
 と仰せの向きもありましょうが、同じ高齢者でも、かたや上乗せのない国民年金で暮らし、一円でも安い食材を求めて食いつないでいるP市の住民(NHKの取材より)と、かたやメルセデスを毎日の下駄がわりに使っているQ市の住民では、その経済感覚には大きな差があって当然です。

◎歯科診療所数

 カウントの仕方──ホワイトニングサロンなどを数えるかで差異が生じますが、両市の歯科診療所数は下記の通りになります。

・Q市 65施設 
・P市 26施設

業界内ではよく、歯科医院数と地域人口の関係を“パイの分け前”と表現することがありますが、10万人あたりの対人口比が目安になってきました。計算しますと、
・Q市 69.1施設/10万人
・P市 36.6施設/10万人
参考までに、
・全国 55.5施設/10万人
 
ちなみに、日本歯科医師会が適正配置としていた人口10万人あたりの歯科診療所数は50施設で、これを充足しています。

◎パイの分け前を計算する

 対人口比で明らかなとおり、仮に住民の健康意識、歯科への受診動機が同レベルならば、Q市は過密、P市は過疎ということになりましょうが、ここで検証したいのは住民の経済力に見合う配置なのかということ。両市のデータで大きく異なるのは住民の経済力。これを自費率に変換する知見を私は持ち合わせておりませんが、進化著しい人工知能・AIに種々雑多なデータをぶち込めば、何らかの関連は出てくると想像しています。
 で、AIの替りに私が考えた指標は、
 地域の総年収÷歯科診療所数
 この指標をなんと呼称すればよいのかわかりませんが、歯科診療所1施設が分け前にあずかれるパイの大きさと相関するはずです。
 では早速、計算してみます。地域の総年収は、平均年収✕人口ですから、それぞれ
・Q市 653(万円)✕9.4(万人)÷65=91.8
・P市 443(万円)✕7.1(万人)÷26=121.0

 この数字は金額を表していますから、経済が衰退したP市の開業医が、あんがい有利なビジネスを展開しているのかもしれません。翻って、Q市の歯科診療所は過密、富裕層を狙って群がりビジネスとしてはレッドオーシャンである可能性があります。
 もちろん住民の健康意識──所謂デンタル IQの程度、消費マインドが自費を指向するか、はたまた保険主体なのかの差はありましょうし、この試算は隣接地区への人口の流入、流出を考慮しておりません。なので、これをもってして、P市開業の先生の方がブルーオーシャンだと断ずることはできませんが、興味深い結果であることは確かで、地価、テナント料、人件費、建築費、広告宣伝費という都市部の方が不利になりがちな要件を加味すれば、資金力に乏しい先生は、地域経済が衰退したP市のほうが気楽に開業できるように思えます。

 全国で比較してみます。

 平均所得    503(万円)
 総人口    12570(万人)
 歯科診療所数 67,900(2022年)
 として計算しますと、93.1!
 Q市が91.8ですから、いくら富裕層を狙っても、これでは群がりすぎ。保険で食えないなら自費で、と安易に発想しがちですが、アメリカ開拓時代に発生したゴールド・ラッシュのように、あっという間に鉱脈を掘り尽くしてしまう危険性を秘めています。

自費と保険

 数字だけを見ますと、経済が衰退した地方で開業するのが安パイであるかのように錯覚いたします。しかし、いくらライバルが少なくても、いくら患者がいても、いくら売上が上がろうとも、そこは儲けさせてくれない保険診療。やはりある程度の自費依存は必要であることに異論はないはずです。
 自費率をアップさせる──言うは易いですが、患者の懐具合が寒々としていてはなかなか難しい。インセンティブ(出来高払い)を課したTC・トリートメントコーディネーターによる強引な自費推しは厳に慎まねばなりませんし、一生ものなどどいった欺瞞もいけません。スムーズな自費治療への移行のためにはやはり、患者との長年に渡るエンゲージメントが必要だと感じます。現に私は、
「薬代が高くて歯医者にたどり着けないよ」
 とのお嘆きのかかりつけ患者さんから、自費義歯の製作を承ったばかりです。術者側からアピールせずとも、患者は自費の優秀性は理解しているはずで、そこは術者への信頼感次第でしょうか。

“ヤブ医者通り”の本質

 かたや大都市圏。自費治療を望む所得層は確実に存在しますが、大勢の歯科医が群がれるほどパイは大きくはなく、しかも将来的に暫減していくと予想されます。そのために、熾烈な患者争奪戦が繰り広げられているわけですが、中途半端な自費推しクリニックの撤退が相次いでいるのもまた事実。どうせやるならドーンと投資……なのでしょうが、釣れる患者の民度もそれなりだと思った方がいい。これはMEOしかり、ネット集客しかりなのは、実際におやりになっている先生ならよくお分かりのことと拝察いたします。
 自費専であろうとも、やはり患者とのエンゲージメントは最も重視すべきことで、立地や集客に優先すると考えます。今回のエントリで引き合いに出したQ市ですが、駅前に軒を連ねる美容外科、歯科の一群が“ヤブ医者通り”と市民の間で囁かれているのは、自費契約を獲得する他に眼中にないクリニックが複数存在し、それが素人目にも明らかであるのに由来することをご記憶されていてください。すべてがそうでないにせよ、もう数十年も前からの不名誉なネーミングです。
 次回は、強引な値引き要求で地域の技工士から総スカンを食らった先生を例に、技工士レスでの治療が可能か否かを考察いたします。
(つづく)

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