技工士激レア時代の処方箋❸
このブログシリーズも、ようやく調子が出てまいりました。前回の予告では今回、ラボにいっさい外注せずに歯科診療は可能か? をテーマに書こうと思っておりましたが、技工士さんからの反響があまりにも大きく、今回は技工士の求人事情について掘り下げてみたいと思います。
本エントリからご覧の方は、是非とも前回エントリからご覧ください。
勤務技工士の報酬額
前回の反響で特に印象に残ったのが、歯科医院とラボ間で、勤務技工士の争奪戦になるのではないのか? との懸念の声でした。たしかに、わたしくしも、技工問題の解決の方向性として、技工士は歯科医院に雇われる勤務形態が進んでいくだろうと述べましたし、すでにセラミックスの扱いに長けた優秀な技工士はラボ、歯科医院に囲われているのかもしれません。その根拠となるデータを順次、示していきます。
下表は、歯科技工士を含む、社会保障にかかわる職種の給与データです。衛生士についてはまた別のシリーズで述べますが、注目すべきは技工士。月収32万、年間賞与60万といったところで、これをもってして技工士の給与はまずまず……ということになっていますが、私はやや穿った見方をしています。
上表のデータは企業規模5~9名のラボ。このうちにはラボの実質的オーナーも給与所得者に含まれているならば実態はもっと低賃金であることが想像できます。その根拠としては、歯科衛生士の給与水準が令和元年で月収25万、年間賞与34万という額は、歯科医院経営者である私としては妥当な額、仮に院長の専従者が含まれていたとしても、こんなもんかなと思います。
信憑性が高いとされている官公庁のデータですが、例えば会社員の庶民感覚にそぐわないのはいつものこと。これはデータが平均値で算出されていて、庶民の感覚に近い中央値、最頻値でのデータではないことに由来すると考えています。つまり、
いくらもらったか、ではなく、求人票の提示額がいくらかの方がより実態に合致すると思っています。
求人票の提示額を比較する
前エントリでは、人口規模がほぼ同等で、大きな経済格差が生じているであろう2都市を抽出して、自費専開業が可能なのかを考察いたしました。すなわち、我が国屈指の高級住宅街を擁するQ市、もう一方は、地方中核都市でありながら基幹産業が衰退したP市との比較でした。(下記)
この2市で技工士の給与事情を比較しようというわけですが、さすがに人口10万人に満たない両市でのラボ数はたかがしれている。そこで、両市が立地する県────それぞれQ県、P県として比較してみます。
最近(令和5年12月末)のX(旧Twitter)では、技工士は過剰なのか不足しているのか、実態はよくわからないという議論になっておりますが、本ブログでは「足りない」「不足している」前提で述べてみます。
求人と言えばハローワークに人材を求めるわけですが、それでも集まらないとなると、有料の求人斡旋サイトにすがることが多くなってまいります。となりますと、ハロワより好条件での提示にならざるをえず、歯科衛生士ではこの傾向が顕著になっています。
このエントリでは、某有名就職斡旋サイトから、技工士の求人を抽出してみます。(令和5年12月現在 歯科診療所を含まず)
【給与提示額の平均】
Q県 n=18 提示額平均 23.1~39.0(万円)
P県 n=3 同上 20.9~27.3
【提示最低額と最高額】
Q県 最低額 17.5 最高額 60.0 (万円)
P県 同上 16. 同上 31.8
【アナリシス】
この数字をどう見るかですが、P県のデータがn=3だから、有意差があるかどうかは怪しいけれど、次のように仮説を立ててみました。
①最低額がほぼ同等であるのに、最高額が異なるのはやはり、自費があるか無いかの違いだろう。
労働生産性の高い職業──美容師や自動車整備士のように、機械化がほぼ不可能な職種をひとり雇うには、給与の3倍の売り上げが必要だとされます(出展は忘れました、ゴメン)。ザックリ言って、大都市圏の自費専ラボでは、技工士ひとりあたり、月間で180万円以上を売り上げることが要求されることになります。少なく見積もっても給与の2倍、月間120万円の技工をこなすのはマストになるでしょうか。でないと、材料費などの経費がペイできません。つまり月給50万円以上の給与を支払えるラボは、それなりのクライアントを抱えていることになりますし、それだけ腕のいい技工士(多くはセラミストでしょう)を求めて争奪戦を繰り広げていることになります。
参考までに、今般提示した給与額で、月給50万円以上を提示しているラボ数は、
Q県 6/18軒
P県 0/3軒
Q県ではじつに3分の1の技工所が、自費をこなせる優秀な技工士を求めていると言えますし、P県には自費の仕事はほとんどないはずです。
②若手の技工士不足は深刻である。
一方で安いほう、Q県は17.5万、P県で16.0万。これ、専門の技術職としてはかなり低く押さえた支給額で、昨今の歯科衛生士の給与額に比較したら遥かに見劣りします。しかし私は、これは当然のことだと考えています。
どんなに優秀な歯科医、技工士でも、新人の時代があったはずです。特に技工士は数をこなしてこそ技術の上達が見込める、私は自分で技工してみて強くそう思います。端的な例がワイヤークラスプ。私は師事した補綴科の教授に、
「まともなワイヤークラスプを作れるようになるには、バケツ一杯分のワイヤーを曲げるくらいの時間と努力が必要である」
と習ってきました。それは誇張にすぎるとしましても、卒業したての技工士がまったくラボの戦力にならないことは想像に難くありません。誰かが技工技術を教えねばならない──多くは先輩技工士が、それを担うわけですが、付きっ切りで教えていたのでは、自分がこなすべき技工もおぼつかなくなる。言うなれば、新人技工士を雇うということは、イッチョマエになるまでに先輩の誰かの技工量が減る⇒売り上げが減ることと同義なのです。まるで対人地雷と同じ。新人というお荷物が売り上げを出すまでに、先輩が、戦力にならない後輩の肩を背負いつつ、納期と品質という地雷を散りばめたキリングフィールドをヨタヨタと歩いていかねばならない。
加えて、昨今の新卒技工士は、デジタルしかできなやりたがらない傾向があるそうで、これが現場をさらなるカオスに陥れていると聞きます。歯科医の多くはご存じないでしょうが、デジタル技工はアナログで補完しなければならないプロセスがかなりある。まあ、ここでは述べませんが、次のエピソードは象徴的なので紹介いたしますが……。
私が取引している自費専ラボの社長さん。その彼のせがれさんが数年前、技工士学校を卒業後、デジタル技工を学ぶために首都圏へと旅立ちました。が、すうカ月後、
「もう技工士の仕事は一生しない。実家のラボも継がない」
そう宣言して歯科界に背を向けました。
やる気はあったはずです。父上のアナログ技工を下に見て、これからはデジタルだと息巻いていたのに。そんな前途有望な若者ですら、技工に背を向けしまう……業界の病理は根深いものがあります。
一年後の離職率が7割を超える、と言われます。2年経ったらどうでしょう。このままではラボの人手不足は解消しないどころか、いずれ業界全体が人材不足に陥るは必至です。
ライバルは歯科医院?
P市、Q市の比較データには歯科医院からの求人を含んでおりません。経済が衰退したP市周辺では歯科医院からの技工士の募集はありませんでしたが、意外だったのはQ県(市)。技工所の募集数18に迫る11軒もの歯科院が手揚げしております。で、提示された給与額は、
28.8~36.5(万円)
うち2施設は、50万円以上の給与を提示しています。
最低額がラボより高めなのは、即戦力にならない新卒者ではなく、そこそこ仕事をこなせる経験者を求めているからでしょう。
他県でも同様の傾向で、院内に技工士を囲い込むムーブメントは高まっていると言えます。考えられる理由は3つ。
それは次回に(以下、うっかり消しちゃいましたので)