女性優位の職場で「お局さま」がのさばる理由 最終回
本院で私、理事長、Mちゃん、そして後任のチャラ男先生の4者で、分院引き継ぎについてのスケジュール確認が行われました。その席で理事長は、
「先生の気が変わったら、やめるのやめてもいいんだよ」
と事も無げに告げました。Mちゃんは終始、肩をすぼめてうつむいておりましたが、どんな気持ちだったのでしょう。終始笑顔を絶やさなかったのはチャラ男先生だけでした。
前回の経緯は、こちらから。
https://note.com/sugiuraniki/n/ne470b12ffc19
会合を終えた4人は、近くの焼き肉屋へ向かいます。チャラ男の歓迎会と私の送別会というわけです。
戦い済んで
私、理事長、そしてMちゃんは、言葉こそ交わしますがよそよそしい態度。チャラ男先生だけは、終始陽気でビールジョッキを掲げます。Mちゃんと分院を盛り上げていきます! という趣旨を意気軒昂にぶち上げておりました。彼はMちゃんにボディタッチを繰り返すものですから、二人の距離は次第に離れていきます。その勢いで彼女は私の横に座り、ビール瓶を傾けてきました。
「先生……本当にご無礼なことばかりして、すみませんでした」
そのひと言で十分でした。彼女の気持ちも何となくは理解していました。寡婦の母親を養っていかなければならない重圧、まもなく三十路を迎える焦り、かと言って本院のお局の下では働きたくない──
「こちらこそ済まなかったね。もっとあなたと一緒に仕事ができたら楽しかったと思うよ」
こくりと頷く彼女の瞳は、光るものが輝いていました。
退職した後、しばらく腑抜けになっていた私でしたが、退職金をもらえたわけでなし、乳飲み子を抱える家内を仕事に出すわけにもいきません。牛乳配達や百貨店のお中元配送所でバイトしながら、開業に向けて動き出すことになりました。
それから数年後、開業を果たしなんとか診療所の経営を軌道に乗せた私は、休診日に家内とゆったりカフェで過ごす時間をもてるようになりました。ある日、新しく開店したスタバでソイラテを注文していると、少し離れた場所からわたしを見つめる視線があることに気づきます。
Mちゃんでした。可愛らしい表情はそのままでしたが、化粧の具合か照明の具合か、その眼差しに陰りを含んでいる様子が見て取れました。
かなり躊躇った挙げ句、
「人違いだったらゴメン、Mちゃんだよね?」
と声をかけた次の瞬間から、彼女はかつて一緒にスキーに行った時のような笑顔をみせてくれました。
短い時間でしたが、いろいろ近況を報告し合いました。彼女は私が退職したあと、後任のチャラ男先生と結婚したこと、それもわずかな期間しか続かなかったこと、あんなに気負っていた分院も退職してしまったこと等々……。すべては思い出に変わっていました。
お気づきとは思いますが、私を苦しめた第4のお局であるにもかかわらず、彼女のことを“Mちゃん”と愛称で呼称しているのは、形式ではない真の和解が成立したからです。思えば最初のお局様、T衛生士も、どこかでばったり出会えば、酒を酌み交わせる間柄になれるのではないか、そんな気がいたします。
アナリシス
これまでに遭遇した4人のお局さま、それぞれに個性があり、また、それぞれに特異な事情があったわけです。このシリーズの締めくくりに、その分析を述べてみたいと思います。皆様が日々頭を悩ませているお局問題の解決に、いくらかでも役に立ちますれば幸甚です。
どうしてお局が発生するのか
①職歴、在籍年月の長さ
わたしは勤務医として4人のお局と対立したわけです。彼女らは歯科衛生士、歯科助手でありますから指示命令系統は、明らかに私のほうが上位のはずでした。なのに何故……
理由は明白です。
私のほうが、その職場での職歴が短いからです。歯科衛生士に限って言えば、彼女らのほうが臨床経験において勝っています。つまり頼りない上司、耳を貸すに値しない経験不足な上司というわけですが、その考え方の延長線上には、患者を捌くのに顎でこきつかってもかまわない、というベクトルの到達点があるように思います。
これは歯科医と衛生士の場合ですが、新卒の衛生士と古参の歯科助手との間にも発生しうるでしょう。歯科治療は歯科医の指示で行われなければなりませんが、臨床の現場ではベテランの助手と新米の勤務医という図式は珍しくありません。
また、歯科衛生士同士、歯科助手同士だった場合はどうでしょう。この場合、より在籍年月が長く、ヒエラルキー(権力構造)を構築している場合は、新人さんはひとたまりもありません。
不幸なことに、歯科クリニックには大規模、または定期的な人事異動はありません。大企業の人事担当者のあいだで語られる、組織は危険を冒しても新しい風を吹き込まねばならない、という常識は人事の膠着……有体に申せば、白いものも黒と言わされる「なあなあ」な関係、言いなりになりかねないズブズブの関係を作らない防止策であるわけです。
②管理職の目が届かない
第3のお局・Q太郎をのぞいて、私が遭遇したお局は分院で発生しました。つまり管理者(オーナー)の目が不在であったわけです。人間とは強大な力に支配されないと奔放になりやすいもの。黄門様にとっちめられる悪代官、北斗神拳の長兄ラオウ亡きあとのモヒカン軍団のように、権力支配のタガが外れてしまうと、まるで自分が神にでもなったかのような横暴を極めがちになります。そうでなくても気の緩みは必ず起こる。ラーメン屋ですら店長不在の日に行くと味が違うもの。だから、どんなに多くの分院を展開しようとも、オーナーは組織の隅々にまで目を光らせている必要があります。
③スタッフに過大な管理責任を負わせる
とは言え、組織が大きくなってくると、末端の従業員にまで目が届きにくいものです。そんな時、多くは中間管理職を指名して分院を統御しようとするわけですが、その人選には慎重を期さねばなりません。
人品骨柄、持って生まれた性格を吟味するのは言うまでもありませんが、長く勤めているから、可愛がっているから、という理由だけで抜擢するのは危険。中間管理職を選抜するならば、やはり実力主義プラス人柄で選ぶべきです。
能力が足りているならば、T衛生士のように、それなりの実力を発揮するでしょう。しかし、Mちゃんのように、分院の将来を任せるようなプレッシャーを与えてしまうと、能力不足故に極端から極端に走るような事態に至りかねません。
さらに付け加えるなら、指示命令系統を無視しないことです。勤務医がいるのに歯科衛生士を、歯科衛生士が大勢いるのに古参の歯科助手を管理職に据えないのもマストです。
④弱みをにぎられない
N美に対する理事長の態度は、明らかに特別な感情を含んでいました。男は可愛い女性(といってもN美はお魚顔ww)には弱いもの。当たり前ですが従業員とそのような関係に陥ってはなりません。しかし当業界、そうではない事例は枚挙に暇がありません。いずれ「番外編」としてエピソードを提供する所存です。
Q太郎の場合は、恋愛感情ではありませんでした。先代の不正行為を握り、専門職ではないオーナーを強請り支配する……典型的な悪人の所業ですが、古参スタッフにはしばしば、私がこの診療所の神、女王様なのだと勘違いする輩が現れるものです。私が遭遇したケースは犯罪に等しいものですから、オーナーは恫喝や脅迫があった場合、毅然とした態度で臨むべきです。
⑤可能ならば和解を
T衛生士とMちゃんは、最終的に互いの立場を理解し、和解に至りました。その大きな要因は、彼女らが歯科の専門教育を受けたからに他ならないと考えております。少しは相手の事情も理解できる余地があるということ。ですから歯科医と衛生士は言うに及ばず、衛生士同士ならば時間をかけて和解に至ることは可能だと思います。
ただし、困難は可能だが、不可能なものは割り切らねばなりません。N美とQ太郎は専門知識で逆らっていたのではなく、自分の立ち位置を守りたいという、わがままな感情に支配されての行動です。このパターンで理解を得るのはほぼ不可能。コロナや放射能での反応をみればわかるように、理論は感情を超えられないのですから。
最後に
とにかく、円滑な人事管理は管理職の責務です。嫌なこと、機嫌を損ねかねないことも言わねばならない局面もあるでしょう。それでも部下に任せないで、自ら処断しなければなりません。
しかし、組織が大きくなると、中間管理職的な役割を持たされるスタッフが出てきます。昨今の人材不足の環境では、日常的な、例えば挨拶を欠かさないなど、社会人として当然の作法すら身につけてない新人も登用されるやもしれません。そんな時こそ笑顔で、言葉は選んで諫めるべきです。
ひと言で申しますならば、怖~いお局様ではなく、可愛い「こつぼねちゃん」になりましょう。 本当に難しいですけれど。
このシリーズはこれでおしまいです。ここまでお読みくださり、ありがとうございました。いずれまた別のシリーズでお会いしましょう。
では!
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