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ギリギリで生きていく?


お久しぶりです。すぎたです。

ギリギリと聞くと、KAT-TUNのReal Faceが脳内で流れる世代です。ギリギリでいつも生きていたいから〜あぁ〜♪

かっこいい。

なんて話は置いておいて。


何がギリギリだったのかというと、「エントリーシートと作文の作成」です。

そうです。本格的に始まりました、就活。

先日、某出版社のエントリーシートと作文提出の締切でした。
普通、エントリーシートって1度書いてみていろいろな人から意見をもらって修正を加えていく、というのが定石だと思うのですが、なんと私は前日まで完成せず。(この時点でお察し)
作文に至っては、貼り付ける写真は締め切りの12時間前とかに撮ったやつだし、深夜にアルバイトから帰ってきて4時間ぐらいで完成させました(ありえん)

なんか、YouTubeとかでありますよね、就活あるあるみたいなの。毎回ESの提出ギリギリ、みたいな。
まぁ中身考えてない所あった時点で、明らかにそれより堕落してるんですが。


それをある方に伝えたところ、もちろん言われたよね。

さすがにやばすぎる(要約)

って。


就活就活言っているせいで、言いすぎているせいで(?) 「就活」 という言葉の価値低下と、形骸化が自分の中で起こっている事に気づかされました。

就職活動とは
「これからの生き方を左右するありえんぐらい大きいイベント」
な、わけです。

無論、エントリーした全ての企業から内定を貰えることなんてありえないでしょう。しかし、逆はあるんです。恐ろしい。できれば考えたくないですね、そんな未来。

もし、もしですよ?
もしそんな未来が私に待っていたとするならば、確実に今回のエントリーシートと作文には後悔します。絶対。
だって、もうものすごく時間をかけてエントリーシートや作文とかを書いていたら内定貰えてたかもしれないとか思うじゃないですか、絶対。絶対そう。


ぎゅっっっとまとめると、

人生の分かれ道を自らひとつ絶った

ことになりますよね?


たしかに就職活動に失敗したからと言って天に召されたりはしません。生きてはいけるはずです。この企業さんとはご縁がなかったんだ……と納得させることもできなくはないです。

でも、「全力を出さなかったことで失うもの」 ほど自分への精神的ダメージが大きいものはない、と思うのです。それが人生を左右するとなればなおさら。


なので、今回言いたかったことは、

エントリーシートや履歴書は入念に準備をしろ!早く書け!

という自戒です。

そこギリギリで生きてても楽しくないよ?


最後に。
さすがにやばすぎる(要約)と言って事の重大さに気付かせてくれた人をこれからも大切にしようと思います。ありがとうすぎる。


それではまた。




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