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【オススメ本】太刀川英輔『進化思考』海士の風、2021

進化思考表紙

クールジャパン、東京防災、山本山、横浜DeNAベイスターズ、2025大阪・関西万博日本館基本構想などに深く関わってきたデザイナー太刀川氏による近著。

512頁と大作だが、伝えたいメッセージはシンプルで「創造性とは、狂人性=変異と秀才性=適応という2つの異なる性質を持ったプロセスが往復し、うねりのように螺旋的に発揮される現象である」(40頁)、あるいは「創造は、進化と同じく変異と適応の繰り返しによって生まれる 」(54頁)の1点にあると言えるだろう。なお、その変異とは「変量・擬態・欠失・増殖・転移・交換・分離・逆転・融合」の9つ、適応とは「解剖(内部)・系統(過去)・生態(外部)・予測(未来)」に分けられる、と説く。

詳しい内容はグラフィック付きの素敵な書評を見つけてしまったので、詳細はそちらに譲るとして、こちらでは敢えて内容以外について評してみたい。

1点は出版社について。この本は「海士の風」という島根県の小さな離島である海士町の小さな出版社から出版されている。海士町は高校の魅力化や島留学などですでに全国区で有名であるが、おわりにに太刀川氏が「これは直感に過ぎないが、私はこの本が辺境から出ることに大きな希望を感じている。なぜなら世界はいつも辺境から変わると信じているからだ」(481頁)と書いているように、まさに本書がこの地域づくりの先進地から出版されていることに想像以上の意義と本気度を感じる。というのも進化の歴史に「変容」が求められたように、海士町という生態もまさに「地域づくりにおける変容」と見ることができるからである。すなわち、太刀川氏×海士町という組み合わせそのものが、政治・経済・文化・情報・人口、そしてリスクも一局集中し過ぎた「適応された都市(東京含む)」へのアンチテーゼのメッセージと感じざるを得ない。なお、本気度については、太刀川氏から直接この本を読んでほしいとの連絡が来た人が多かったこと、そして発売前に重版が決まったと言うニュースからその気持ちが伺える。私も何度か太刀川氏とお話したことがあるが、そのようなPRをガンガンするような性格の人ではない(との印象である)。それだけこの本のメッセージ、そして、地域を思う気持ちが強かったと伺える。

2点は装丁について。装丁については太刀川氏が立ち上げたデザイナー集団「NOSINER」から担当している。結論から言えば、さすがプロのデザイナーというしかない流石の仕上がりであり、まさにこれも一つの作品と言ってよいだろう。個人的にはカバーを外したときにその完成度というか真骨頂を見た。言うまでもなく、最近はKindleなどデータだけで販売する本も増えた。本書ももちろんkindle版も売られている。時代的にはむしろ紙の方が劣勢なのであろう。しかし、デジタルでは伝わらないものがあり、それは例えば、紙の重量感だったり、質感だったり、絶妙な色合いだったり、カバーや帯をつけている時と外した時の違いだったりする。考え過ぎかもしれないが、その何とも言えない「本(紙媒体)の進化論(思考)」あるいは「変容」についても太刀川氏は今回仕掛けており(遊びも含めて)、どちらに軍配があがるかを楽しんでいるとすら思える(個人的には紙に軍配)。

3点目は家族について。本書では太刀川氏のおばあちゃんやお母様との再会について、奥さんや娘さんとの記述が出てくる。ネタバレになるので詳しくは書かないが、太刀川氏もあとがきで述べているように、このような着想に至ったルーツも家族(関係)の存在抜きには語れまい。個人的には本書には収録されていないが、太刀川氏がおばあちゃんとの再会時の笑顔をfacebookで挙げていたことをよく覚えている。デザインを太刀川氏は「形によって美しい関係をつくること」(11頁)と定義するが、その笑顔と今回の進化思考の生みの親はまさに家族(関係)であり、そのことへのある種「返歌」のように思えてならない。

ともあれ、創造性の仕組みを生物の進化に当てはめ体系化した「進化思考」の理論書であり、ハウツー本であり、太刀川氏の頭の中が垣間見えるまさに令和版解体新書という贅沢な一冊に仕上がっている。ぜひご一読をオススメしたい。

(参考)https://www.amazon.co.jp/進化思考――生き残るコンセプトをつくる「変異と適応」-太刀川英輔/dp/4909934006



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