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キックボードで婆さん轢き殺しちゃった

キックボードで婆さん轢き殺しちゃった

 

「ねぇ、あんた結構飲んでたけど大丈夫なの?タクシー呼ぶ?」
 夜二十一時、子供の頃からの友人である真美の家で宅飲みをしていた私は今帰路に就こうと玄関で靴を履いていた。
「大丈夫大丈夫、私キックボードでここまで来たから」
 そう言うと私は玄関に立てかけておいた電動キックボードに触れた。
「だから言ってんの、こんなもん酔ったまま乗ったら転ぶかもよ?」
 真美はまるで母親のように私を心配している。
「大丈夫だって、なんたって電動よ電動、スイーっと乗って帰るだけなんだから」
 私がそう言うとまだ奥で飲んでいる友人たちが笑いながら平気平気と私に追従した。
「はぁ……じゃあホント気を付けてよ?何かあってからじゃ遅いんだから」
「心配しすぎだっての、じゃあね」
 私は軽く手を振ると外に出た。
 
 十二月に入り夜の外は冷えていた、酔って火照った体にはちょうどいい気持ちよさと言える。
 私は早速キックボードに乗ると電源を入れ、アクセルを入れながら地面を蹴った。
 ……大通りに出るとまだ多くの車が走っており、酔ったこの状態では少々怖い。
 それでもしばらくは我慢して走ったのだが結局私は、車通りのない路地に移動することにした。
 
 それからしばらくダラダラと走り、ようやく子供のころから慣れ親しんでいる路地に入った、家はもうすぐそこだ。
 この路地は夜中になると人がいなくなり車など滅多に来ない。
 そのことをよく知っているからかここに来て私の緊張は一気にほぐれ、いつしかキックボードの速度を最高速度まで上げていた。
 ふと腕時計を見るとまだ二十一時二十分……誰もいない路地を民家から零れ落ちる明かりが照らしている、酒が入りボーっとした頭に冷たい風が通り過ぎ、とてつもない眠気が襲ってくる。
 瞼が重くなる、体から力が抜けていくようだ、だがあと少しで家に着く。
 あと少し……あと少し……あと少し……あと少し……。
 ………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………ドギャッ!
 突然何かにぶつかった私の体は宙を舞っていた。
 瞬間、一気に眠気が覚める、そして体と顔面に今まで経験したことがない衝撃が走った。
 ……私は事故を起こしたのだとそこでようやく気が付いた。
 体は動かないが不思議と頭はスッキリしていたので目だけを動かし辺りを窺ってみる、すると私の後方で倒れている人物が目に入った。
「うぅ……うぅ……」
 微かなうめき声をあげるその人物……、それはどうやら婆さんのようだった。
 おそらくこの近所に住んでいる人なのだろう、何と間が悪い奴なんだと私はイライラし始めていた、するとそれが原動力になったのか少しずつ体が動くようになってきた。
 どうやら私は一時的に動けなくなっただけのようだ、だんだんと指先にも感覚が戻っていくのが分かりホッとする。
 ようやく立ち上がれるようになった私はこの後どうするか考えた、キックボードとはいえ人を轢いてしまった訳だし大学にバレたらかなり面倒なことになる。
 ……最悪退学。
 そう考えた私は怖くなり倒れた婆さんを放置して家に帰ることにした、そもそもこんな時間にフラフラと出歩いていた婆さんが悪い、それにもしかしたらこいつはボケていたり夢遊病だったんじゃないか、そう考えたらこいつの家族にも原因がある。
 私のせいじゃない……、私のせいじゃない……、私のせいじゃない……。
 そう自分に言い聞かせながら私はキックボードに乗り地面を蹴った。

 ……家に帰った私は両親に会いに行った。
「ただいま……」
「あ、お帰り……って恵!あんたその姿……何があったの!」
 母はボロボロになった私の姿を見てパニックになった。
 すると父もその声を聞きつけて書斎から出てくると私の元へやってきた。
「実は……………」
 私は二人に何があったのか全て話した、二人は何があろうと私の味方をしてくれる、きっと今回も……。
「……完全に隠し通すのは無理だろうな」
 私の話を聞いた父がぼそりと呟くとこちらを見た。
「とにかくお前はなにも心配せず今まで通り過ごしなさい、後は私が何とかするから」
 そう言うと父は書斎へと入っていった。
「とりあえずお風呂でも入ってきたら?」
 母にそう促され私は浴室へと向かうことにした。
 途中、書斎を覗くと父が電話をしていた、何を話しているのかは分からないが恐らく相手は警察関係者だろう。
 父は警察と繋がりのある仕事をしているからこういう時強みになる。
〝持つべきものは友〟という言葉があるが私に言わせれば、〝持つべきものは権力者の親〟である。

 ……翌朝、私は自転車でバイトに向かいながら昨日の事を思い返していた。
 あの後私が風呂に入っている間に事故の事は父が通報してくれたらしい。そして婆さんはというと救急車で運ばれ、その後どうなったのかはまだ分からない……との事だった。
 父はしきりに大丈夫だから心配するなと言っていたがやはり気になってしょうがない、気付くと私は昨日事故を起こしたあの路地の方へと自転車を走らせていた。

 事故現場はまだ黄色い規制テープが張られ警官が数人で捜査をしていた。
 私は何食わぬ顔でそこを通り過ぎようとした……すると若い警官が私に気付き交通誘導を始めながら声をかけてきた。
「すいませんね、昨日ここで事故があったみたいで」
「はぁ、そうなんですか。……あの、事故に遭った人は大丈夫なんですか?」
「いやねー、それが亡くなったらしいんですよ。だから事故が起こったときの状況が分からなくて困って……」
 まだ話している途中だったのだが上司らしき警官がそれを強制的に止めてしまった、どうやら若い警官は喋りすぎていたらしい、その後代わりに上司らしき警官が私に質問してきた。
「お嬢さんはこの辺りに住んでいるんですか?」
「え?は、はい。そうですけど」
 急に質問され思わず心臓が止まりそうになる。
「それじゃあお聞きしますけど、この辺りで電動キックボードに乗った人をよく見かけたりしませんか?あれってこの辺だとそこまで普及してないですし、乗ってたら目立つと思うんですけど」
 更に心臓が止まりそうになった。
「いや……、知らないです、すいません。あの……事故と何か関係があるんですか?」
「あーいや、ちょっとその辺はお話しできないんですけど。ご協力どうもありがとうございました」
 警官に行くよう促された私は怪しまれないよう指示通りその場を去ることにした。

 ……亡くなった、確かにそう言っていた。
 死因は間違いなく昨日の事故だろう、しかしいくら老人とはいえキックボードに轢かれたくらいで人は死んでしまうのだろうか。
 直接的な原因は事故だったとしてもやはり別の原因もあったんじゃないか?例えば……そうだ、持病があってスイッチ一つで死ぬ寸前だったとかなんとか……、それで私はその死のスイッチを押しただけ……みたいな。
 きっとそうだ、そうに違いない。私は貧乏くじを引かされただけだ、そう結論付けた私は遅刻しそうになっていたバイト先へ立ちこぎ全力疾走で向かった。

 その日の晩、バイトが終わり家に帰ると父が私の元へとやってきた。
「恵、昨日の事だけどな……とりあえず何とかなりそうだ、詳しいことは話せないがな。もう安心していいぞ」
「うん……ありがとう」
 私は父にお礼を言いながら自分の部屋に行こうとまだ話をしている父の隣を横切った。
「あーそうだ、あと一つ。あのキックボードだけどな……処分しといたから新しいのを買いなさい。次からは気を付けて乗るんだぞ」
「……はい」
 私は軽く頭を下げると部屋へと入った。

 翌々日、私はまた大学の友人達と居酒屋での飲み会に参加していた。
「今日さぁ、恵あんま元気なかったよね?なんかあったの?」
 友人の一人である恵梨香が今日の私の様子を見て質問してきた。
「うん、実はさぁ……」
 私は酔った勢いで友人たちに事故の事を全て話してしまった。
「ちょっ、あのテレビでやってた婆さん死亡事故の犯人って恵だったの⁉ていうか大丈夫なの?警察にバレたら捕まっちゃうんじゃない?」
「あぁ、それなら大丈夫。パパが全部もみ消してくれたっぽいから。ていうかテレビで報道してたんだね」
「昨日の夜報道番組でほんの少しだけどやってたよ、あとネットニュースにもなってたかな。情報少なすぎて地元の人くらいしかあんな記事食いつかないだろうけど。
 ていうかさ……恵のパパって凄くない?私もなんかやっちゃったらもみ消してもらおっか なーなんて」
 友人たちは好き勝手言って盛り上がり始めている、その姿を見ていたら私もあんな婆さんの事など、どうでもいいと思えるようになってきた。

「ねぇみんなで写真撮ろうよ」
 飲み会が終わりに近づいた頃、誰かがそんな提案をし私達は馬鹿みたいにテンションを上げた最高の一枚を撮影した。
「これSNSに上げとくね」
 そう言って私は自身のSNSにその一枚を、他のみんなもそれぞれ撮影した画像をSNSに上げた。
「あれ、そういえば今日真美来なかったね」
 私は撮った画像を見て真美がいないことに今更気付いた。
「あぁー、確か大学でも見かけなかったし風邪でも引いたんじゃない?」
 風邪か……、確かに最近かなり寒くなってきたしそうかもしれない。
 
 飲み会が終わり帰路に就いた私は最高にスッキリとした気分になっていた。
 さっきまではバイト中も講義中も寝るときも常にあの婆さんのうめき声や顔がチラついていたのだが今は酒の力もあってか、私の中にいた婆さんはどこかへと消え去っていた。
 ……今日は気分よく眠れそうだ、そう考えたらいつの間にか私は自転車をフルスピードで漕いでいた。

 翌日、起床した私はいつも通り友人から連絡が来ていないか確認するためにスマホを起動した。
 ……友人からは特に連絡は来ていないようだった。
 しかし代わりというわけではないがSNSからDMが来ているという通知が届いていた、まぁどうせまた変な男からのナンパDMだと思うが。
 私は自分の顔写真をアイコンにしたり友人と遊んでいる画像をSNSに上げたりしていたので、たまに出会い目的の変な男からDMが届いていたのだ。
 なので今回もきっとその類だろうと思いながら軽い気持ちで私はアプリを開いた。
 ……瞬間、私は自分の目を疑った。
 届いていたDMは一件や二件などではなかったのだ、数十……いや、もっとかもしれない。
 どんなにスクロールしても終わりが見えない、しかもその内容はどれも酷い誹謗中傷だった。
 死ね、人殺し、クズ、ブス、上級クソ野郎、異常者、キチガイ、首吊れ、ありとあらゆる罵声の嵐。
 一体何が起こって……その時私は昨日の恵梨香の話を思い出した。
 〝私が起こした事故がテレビやネットニュースになっていた〟確か恵梨香はそう話していた、しかしあの事故の事は父がもみ消したはず、私に繋がるような情報は一切出ていないはずなのだ。
 とりあえず私は何が起こっているのか確認するためにテレビを点けた……が、そうタイミングよくそのニュースをやっているわけがない、どうでもいいニュースに対して間抜け面したコメンテーターが馬鹿なことをほざいているだけだった。
 次に私はネットニュースを見てみることにした、事故現場の地名と日時を検索すると事故の記事はすぐに出てきた。
 記事の内容は昨日聞いた話の通り現場の情報と被害者である婆さんの情報だけ……、キックボードの事や私に繋がるような情報は一つもない。
 しかしなぜか記事のコメント欄にはキックボードの事や私の個人情報、父の職業などの書き込みが多々見受けられた。
 他に目立ったのは私の各SNSへのリンクを貼ったコメント……そうだ、SNSで拡散されたのなら元を辿れば情報をばら撒いた犯人が分かるはず。
 そう考えた私は早速拡散した張本人を捜すべくアプリを開いた。
「え?なんで……?」
 拡散したアカウントを特定するのは簡単だった、しかしその正体を知り、その事実を受け入れるのには時間がかかった、なぜなら拡散していたのは子供のころからの親友である真美だったからだ。
 真美がどうして……そもそも私が事故を起こしたのを知っているのは両親と昨日の飲み会に参加していた連中だけなのだ。
 ……とにかく考えていてもしょうがない、私は意を決し真美に電話してみることにした。
 …………………………………………………。
「………………」
 ……?電話は通じたようだが真美はずっと黙っている、仕方なく私から声をかけることにした。
「真美?聞こえてるよね、……えっとなんで電話したか分かる?」
「分かってる」
「……じゃあ聞くけどさ、あれ、なんなの。ていうかなんであの事知ってるの?」
「昨日の夜、恵梨香と電話で話してその時に聞いた」
 クソっ、あのおしゃべりブス野郎、大丈夫?とか言っておいてベラベラと……。
「そっか恵梨香に聞いたんだ、それじゃあさぁ……本題だけどなんでネットで拡散したわけ?私なんか悪いことした?」
 私はイライラが抑えきれなくなりつい声を荒げてしまった。
「悪いこと?したに決まってんでしょ、人轢いといて狂ってんじゃないのあんた。……はぁ、もういいよ、話すことなんてないから。どうしても気になるっていうなら私がSNSに上げた画像見て、それじゃ」
 真美は震えた声でそう言うと一方的に電話を切った。
 画像?気になった私は真美のアカウントが上げている画像を一枚ずつ見流し始めた。
 真美の画像リストは料理や旅行先、それに私や友人たちと遊んでいる画像で埋め尽くされている。
 しかしその中に一枚だけ異質な画像が残されていた、それは幼いころの真美と祖母が顔を寄せ合わせ笑顔で幸せそうに映っている画像だった。
 ……その画像を見た時私は全てを察した、真美が私を恨むのも仕方ないとも思えた。
 私が轢いた婆さんは、真美の祖母だったのだ。
 その事実に気づいた私は崩れ落ちるように床に座り込むと、持っていたスマホを壁に投げつけた。

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