私人逮捕してみた
私人逮捕してみた
切っ掛けは友人のぼやきだった。
「はぁ、こんな動画一つ上げるだけでこいつら相当稼いでんだよな」
「こんな動画ってどんな動画よ」
俺は昼飯を食いながら動画を見ていた悟のスマホを奪い取った。
「私人逮捕?なにこれ」
「一般人が犯罪者見つけて捕まえる動画だよ、最近流行ってんだけどお前知らないの?」
悟に上から言われ俺は少しイラっとした。
「知らねーよ、というか簡単に稼げるならお前もやったらいいじゃねーか」
俺がそう言うと悟は俯き何か考え込んだあと、パッと顔を上げ口を開いた。
「そうだな、お前の言うとおりだよ。あと一人くらい適当に声かけてやってみるか」
俺はこいつがまさか本気でやるとは思っていなかったのだが、金になるならと特に深くは考えず参加することにした。
それから一週間後、俺たちは追加メンバーである正則と共に駅のホームに続く階段の近くで盗撮犯が現れるのを待っていた。
日本は盗撮や痴漢が多いと聞いたことがあるが、いざ捕まえようと思うとなかなか遭遇することはない、結局俺たちは二時間廊下でダラダラと話し込んでいるだけだった。
「もう今日は無理じゃね、人も減って来たしそろそろ……」
俺がそう言い、この集まりを切り上げようとしたその時だった。
「おい、あれ見ろあれ!」
突然悟が小声で騒ぎ出すと目だけを動かし俺たちの視線を誘導した。
悟の目線の先にはスカートを履いた女性が一人廊下を歩いていた、そしてそのすぐ後ろに不自然なくらいその女性にピッタリと貼りつくように歩くフードを被った男。
……怪しい、怪しすぎる、しかも男は手にスマホを持っている。
しばらく二人にバレないように様子を窺っていると二人は階段を上り始めた。
そしてその瞬間、男がスマホをスカートの中を撮るように傾けたのを俺たちは見逃さなかった。
「あれ絶対そうだろ、行こう行こう!」
悟は撮影用のスマホを構えると俺たちに行くよう合図した。
しかし悟の合図よりも一瞬早く俺は駆け出していた。もたもたしていたらチャンスを逃してしまう。
俺は一気に階段を駆け上がるとまだ階段の途中にいた男に左斜め後方から飛びつきタックルした、すると、
……ガツッ!
勢いよく足の辺りに俺が飛びついたことで男はバランスを崩し横向きに倒れると、階段の角に側頭部を強く打ち付けたのだ。
……一瞬時が止まったように静かになる。
恐る恐る男の顔を見ると白目をむきながら痙攣を起こし口から泡を吹きだしていた。
これ……死……、一瞬嫌な考えが頭をよぎり俺は男を掴んでいた手を離してしまった。
ドサササササ!
すると男はまるで人形のように階段から転げ落ちて行った。
「竜也!」
前を歩いていた女が男の名前を叫び、慌てて階段を駆け下りていく。こいつらはどうやら見知った間柄だったらしい。
……下を見ると竜也と呼ばれた男の周りに数人の男が群がっていた、しかし何やら様子がおかしい、連中は何やら言い争いを始めていたのだ。
「だから俺は初めからこんな企画嫌だって言ったんだ!」
「今更何言ってんだよ!お前だって最終的には……」
連中の言い争いはヒートアップしていく、そしてその様子をじっと撮影している男、そこでようやく俺は気付いた。こいつらも動画投稿グループなんだと……。
きっとこいつらは俺達のような私人逮捕系動画投稿者にあえて捕まりその様子を動画にするつもりだったんだろう。
今にして思えば俺達は同じ場所でずっとチラチラ歩行者たちを監視していたし、いかにも動画投稿者ですといった出で立ちのスタビライザーを持って屯っていた。
恐らくその様子を見てこいつらは俺達の正体に気付き、ハメるために盗撮犯を装ったのだ。
しかし俺が無策に階段上で思い切り突っ込んだことによって仲間が負傷し計画が狂った、そんなとこだろう。
「何があったんですか⁉」
騒ぎを聞きつけたのか駅員が数人現れた、すると、
「いきなり〝あいつ〟が友達に体当たりしてきたんです!」
そう言って女はこちらの方を指さした。
あいつらではなくあいつ?不思議に思い辺りを見回すと悟も正則もいない、いつの間にかこの場に突っ立っているのは俺だけになっていた。きっと男が頭を打ったのを見て怖くなり逃げ出したんだろう。
……俺に声をかけず放置したまま。
駅員が俺に声をかけながら階段を上がってくる、周りには誰もいないし今なら逃げようと思えば逃げれるかもしれない。
だが俺は逃げるつもりはなかった、それよりも俺を置いて逃げたクソ共と下にいる連中を道連れにしたかった。
そのためには潔く捕まって全てぶちまけるしかない、なぜか俺は根拠もなくそんなことを考えていた。
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