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懲罰は日本の文化なのか

贋作の迷宮

贋作で逮捕された欧州の画家たちのノンフィクション『贋作の迷宮』をNHKBSで見た(再放送/8月29日10時~)。ゴッホやピカソ、マティスの贋作を200枚以上描いたジョン・マイヤットの半生を追う。少年時代は絵やピアノを習える比較的恵まれた生活を送っていただようだが、子供を抱えてシングルファザーになったのをきっかけに、家でできる仕事をするしかなくなり、美術講師をやめて家でひたすら贋作を描いた。
 彼の才能を見出した美術商によって絵はオークションにかけられ、「幻の名作、ゴッホの『麦畑』が発見された!」などと紹介されて数百万、数千万ドルという価格で落札されていく。彼は子供を学校に行かせることができ、生活を立て直すことができた。

その後も彼は贋作を描き続け、まあ、やりすぎたのだろう。ついに目利きに見つかり、告発されて逮捕される。自分らしい絵を描く、自分にしかできない題材を見つける、という絵描きならあたりまえの情熱を失っていたことに気づいた彼は、獄中で窓から小鳥をみつめるだけの日々を送っていた。
 私はもう、絵は描けない。

死をも考えた日々を救ったのは、刑務官だった。「刑務所暮らしの気をまぎらしてほしい」と、色鉛筆のセットを送ったのである。

そこまで見てふと思い出したのが、三年ほどまえ新宿で見た、死刑囚の表現展だった。これは実際見ていただくのがいちばんわかるのだが、誰でも知っている凶悪犯や、死刑囚が、気の紛れに描いた絵が展示されている。ドアの向こうに階段のある絵、木がうずまいている絵、ただ色がまじりあった抽象画……驚くのが、あまりにも達者なことだ。受刑者だから時間があるのだろう、という見方もあるかもしれないが、図画に苦しんだ経験がある人ならだれでもわかってもらえるだろうけれど、絵は才能で描くもので、センスがないと時間がどれだけあってもひょろひょろした情けない絵しか描けないのである。

死刑囚というキワモノ的興味はさておき、その数十点の美術展を私はとても楽しんだ。精密画あり、力強いデッサンあり、とにかく世界が絵の後ろに広がって楽しかった。

なぜ彼らはこんなに上手いのか。なぜこの才能を犯罪に「生かして」しまったのか……。江戸川乱歩は犯罪者を芸術家のように書くが、やはりそういうところはあるのだろう。そして、ネットには、この死刑囚表現展への賛辞と疑問があふれる。

こうした賛辞に、当局も気づいたのだろう。法務省は、受刑者が世間をさわがせるほど表現に力をそそぎ、楽しむことは、「よくない」として、色鉛筆の使用を禁止した。鉛筆と消しゴムだけで白黒の暗い絵だけ描けという。

受刑者を楽しませるために色鉛筆を贈るイギリスの刑務官と、受刑者が楽しむのは「罰にならない」として色鉛筆の使用を禁じる日本の法務。
最近話題のブラック部活も思い出してしまう。私が子供のころ、「走るのがいちばん遅かった奴は水を飲ませない」という体育の時間があった。今なら犯罪ものだが、「苦しい思いをしたほうが人は伸びる」という考え方がどうしてもあるのである。

色鉛筆禁止事件は、一死刑囚の訴えによって棄却され、彼らはぶじ鉛筆削りや色鉛筆を使えるようになった。本当によかった。次の展覧会も楽しみにしている。どうか、どんな色も自由に使って、私たちの前にその世界を見せてください。


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